FC2ブログ


7月15日に奇妙なことがあったので、書こうと思う。


オイラの下の妹はオペラ歌手をしている。去年、大学時代の恩師から頼まれ、K市にある教会で開かれるチャリティ・コンサートで歌を披露することとなった。

去年6月18日(日)午前10時に妹は母とコンサートに出かけた。コンサートは、午後2時からはじまり、1時間ほどで終わった。

ドヴォルジャーク「わが母の教え給いし歌」、同「白銀の月よ」(歌劇「ルサルカ」より)、山田耕筰「中国地方の子守歌」の3曲であったが、アンコールで歌った「アヴェ・マリア」がいちばん好評だった。

午後4時、わが家にK駅から電話があり、母のSuicaが落とし物として届いているので、取りに来てほしいとのことだった。妹のスマホに電話したが、移動中らしく留守番電話になっていたので、電話するようにメッセージを残した。妹は、乗換駅で降りたところで電話をよこし、事情を説明したらK駅にSuicaを取りに戻った。このとき妹は正常だった。

午後5時、夕飯について妹に電話をすると、妹の様子が変だった。母がSuicaを落としたことを忘れていたのだ。

午後6時過ぎに帰宅したが、妹はコンサートについて記憶がなかった。帰宅後の出来事もしばらくすると忘れてしまった。妹は、記憶がないことが不安で、「今日は何曜日?」「今日は18日?」「今日はちゃんとコンサートができた?」と何度も尋ねてきた。母は妹の異変に泣き出した。

脳梗塞や脳出血だと怖いので、それを調べる簡単なテストさせたが、そうではなさそうだ。あまり寝られなかったと言っていたので、それが原因かと思った。記憶に必要な脳内物質アセチルコリンは睡眠中に分泌されるので、とにかく寝かせつけようと思った。

しかし、寝かせても、すぐに起きてきて、カレンダーの前に立って、「今日は何曜日?」「今日は18日?」「今日は…」を繰り返した。

翌日、記憶力は元に戻り、新しいことは記憶できるようになったが、前日のコンサート会場に着いてから寝るまでの記憶が完全に無くなっていた。1年以上たった現在でもこの間の記憶は戻っていない。

…とこんなことがあったわけだが、今年もまたやってほしいとの要望が来た。

続きを読む

2018.07.18 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(2) |

神経内科専門医のmarugametaro(ツイッターではbokemontaro)氏のブログ記事に載っていたM先生の葬儀での出来事。

 ところで、神経内科の先輩で、くも膜下出血で亡くなったM先生がいるが、亡くなる1年前に、東京でのある研究会があった時に、たまたま同じホテルにとまり、夕食を一緒にした。その時の話題として、死んだら人間の魂はどうなるのかなという話をしていたが、彼は難しい質問だねと言われた。その時、もし先生が死ぬようなことがあったら、何か合図でもしてもらえませんかと、不謹慎なことを言ってしまった。その1年後に亡くなられたが、1年前のことを思い出し、葬儀の最中に何か起こるのではないかと期待した。すると、昼間ではあったが、急に寺の鶏がコケコッコーと鳴きはじめた。何度も異様な程、やかましく鳴き、その鳴きかたがM先生にそっくりだった。彼は時々、急に突拍子もなく、雄叫びをあげるのが特徴だった。僕は思わず、隣にいた同僚に今の鶏の鳴き方はまるで、M先生にそっくりだなといったら、その同僚も同じことを思っていた。しかし、偶然の可能性があるので、少し様子をみていた。M先生の教え子が遺体と対面し始めたらピタッと、鶏の鳴き声がやんだ。それで僕は確信した。約束を守ってくれたと、有り難く思い合掌し、ご冥福を祈った

臨死体験を立花隆氏に質問した

父親が亡くなったとき、オイラと妹もこんな体験をしたことがある。

遺体から寝息とイビキ

この話よりも、その前に書いてある立花隆氏の『臨死体験』にかんする議論の方がオモシロイ。

『臨死体験』には、立花氏が実際に体験した変性意識に入るさまざまな方法が書いてあり、オウム真理教にようなカルト集団は超常体験を利用して信者を獲得するわけだが、超常体験≠超常現象の実在の証明ではないことを理解するのに役に立つと思う。

オイラ自身は、登山と心霊スポット巡りで変性意識状態に入りやすくなることを経験的に知っているので、2002年8月以降、この2つはやらないようにしている。w

2018.07.12 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |



「怪談図書館」の桜井伸也館長が経営するコンビニで
防犯カメラに映っていた不思議な映像(約13分間)。
   ↓   ↓
怪談図書館 特別編

起きた事件の説明(約18分間)。
   ↓   ↓
週刊怖い図書館 第28回

2018.05.23 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |



怪談図書館の「週刊怖い図書館」と聴いていたら、上行寺(じょうぎょうじ)東遺跡の破壊と細郷道一横浜市長急死の話が出てきた。

週刊怖い図書館 第27回 38:00

横穴式住居?なんて言っているが、正確には上記のとおり、上行寺東遺跡のことだ。



上行寺東遺跡とは、神奈川県横浜市金沢区六浦にある中世の遺跡で、現在、洲崎町にある龍華寺の前身で、源頼朝が文治年間(1185~1190年)に六浦山中に創建した浄願寺の跡であると言われている。



1984年にマンション建設の事前調査において発見された。鎌倉の外港的役目を果たしていた六浦湊を望む凝灰石の岩山にあり、「やぐら」と呼ばれる中世期独特の横穴式墳墓群と、頂上部には阿弥陀如来とみられる石窟仏を納めた「やぐら」と寺院跡とみられる遺構が発見された。

しかし、横浜市教育委員会は、横浜の歴史は「開港」とともに始まるので、それ以前の歴史は無視する!という歴史観wに基づき、歴史学者や市民団体の反対を押し切って、マンション建設を認めてしまった。表向きの理由は遺跡について書かれた文献が存在しないことだが、バブリーな時代の風潮に乗ってマンション建設は強行され、遺跡は破壊されてしまった。



現在では、申し訳程度に、遺跡上段部の一部分が強化樹脂製のレプリカ(つまりはハリボテ)wとして隣接地に(つまり別の場所に)復元されている。


怪談(『ムー』に載っていたw)では、細郷市長は遺跡の破壊=マンション造成中に急死したことになっている。

しかし、実際には、1989年11月に右足付け根のリンパ節にはれが見つかり、東大病院に入院した。治療が長引く見通しとなったことから、1990年の市長選に出馬しない意向を表明した。同年2月15日、任期満了を待たず、心不全のため74歳で死去した。つまり、任期中の死ではあったが、闘病中だったので急死とは言えない。

ていうか、マンションができて3年くらい経過しているので、造成中に急死っていうのも事実ではない。

ただし、反対運動をしていた人たちの間で「祟り」と言われていたのは事実である。なぜそんなことを知っているかというと、当時、大学院生だったオイラは、遺跡が破壊される直前に、ここに見学に行き、反対運動をしていた市民団体や研究者から話を聞いていたからだ。

彼らの話だと、遺跡の発掘もテキトーで、中世や近世の発掘の専門家を排除して、縄文時代とか弥生時代の発掘の専門家にやらせてしまい、凝灰岩の表土を完全に剥いでしまった。つまり、荒らされた状態の遺跡しか、研究者は見ていないのだそうだ。

この遺跡は、金沢八景駅から200m南の小高い丘の上にあり、東側に鎌倉の外港・六浦湊のあった平潟湾が入り込み、西には鎌倉に通じる朝比奈の切通しが遠望できる。まさに交通の要衝にあたる場所だったのだ。

そんな遺跡をバブリーなマンション建設のために壊してしまったのだから、反対派からしたら「祟り死に」くらいしろよ!ってキモチだったろう。だから「祟り」のウワサが広まったんじゃないのか?


しかし、いくらレプリカだからって、ゴミやタバコの吸い殻を捨てるのは良くない。



「祟り死に」するぞ!w

2018.05.08 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(6) |

ねるの疑問「目の悪い人にも幽霊が見えるのか?」



まどちゃんの答え「目の悪い人には幽霊もぼんやり見える」



ただし、インターフォン越しで見たので、肉眼で見る場合とは異なるかもしれない。

オイラの場合、人間の形をしている幽霊を見ることはほとんどない。赤ん坊の頭くらいの黒い球が空中に浮いていたり、妹の額に亡くなったばかりの妹の知人の顔がプリントされていたりと、なかなかエグイ見え方だった。

2018.01.06 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

大槻義彦氏がワラカしてくれた。w

23日放送の「ビートたけしの超常現象(秘)Xファイル」(テレビ朝日系)で早稲田大学名誉教授・大槻義彦氏が、超能力を見破れなければ「名誉教授の称号を返上します」と宣言。番組中では見破れなかったものの、収録後には解明できたとして、返上を拒否していたことがわかった。

同番組に出演するため、相手の考えを瞬時に読み取る"マインドスキャナー"の能力をもつティモン・クロース氏が緊急来日。スタジオ出演者たちの前で超能力を披露した。超常現象否定派の大槻氏は、ティモン氏に自身のiPadの暗証番号を当てるよう宣戦布告し、もしも当たったら「早稲田大学の名誉教授の称号を返上します」と自信満々に語っていた。

だが、大槻氏があらゆる手を講じても、ティモン氏に暗証番号を当てられてしまう。大槻氏はその場でマインドスキャナーを見破ることができず「名誉教授は返上します。ただし1カ月考えます」「私のブログに1カ月考えて、(マインドスキャナーの)からくりが分かったらそれを書きます」と悔しそうに話したのだった。

一方で、番組収録後と思われる12月10日、大槻氏は自身のブログを更新していたのだ。マインドスキャナーについて「そんな超能力あってたまるか!」「『マインドスキャナー』には初めからウソがある」と指摘する。

大槻氏は、ティモン氏がマインドスキャナーと言いながら実際には暗証番号を紙に書かせていた点に着目。暗証番号を書いた紙のそばにiPadを置いていたことから「なんとiPadの表面には見事に紙の裏の数字が写るのだった」とトリックを推理した。そして紙には和数字を書くべきだったと悔やみつつ、「当然のことながら『脳のスキャン』などという超能力は否定されました」と断言。「大学の名誉教授の称号など返上しません」と記していた。

大槻義彦氏 番組内で名誉教授の称号返上と宣言も、収録後に拒否

《暗証番号を書いた紙のそばにiPadを置いていたことから「なんとiPadの表面には見事に紙の裏の数字が写るのだった」とトリックを推理した》←どういうことなんだろう。そんなこと可能なのか?とむしろ疑ってしまう。

この人、以前から山口敏太郎に、プラズマの技術を米軍に売ったとボロクソに叩かれたり、宇宙からの電波の中に地球上の言語ではない言語が確認されていると言ったとバラされてたりしているので、またやらかしたんだろうな。w

2017.12.31 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」という映画が注目されているらしい。

 自己免疫性脳炎「抗NMDA受容体脳炎」は、体内で生じた抗体が脳を攻撃し、精神症状が表れたり昏睡(こんすい)状態に陥ったりする病だ。岡山県和気町に住む中原麻衣さん(当時24歳)は2006年暮れ、挙式を翌春に控えて突然この病気に襲われた。2歳上の婚約者、尚志(ひさし)さんや家族の献身的な看病によって麻衣さんは病を克服し、8年後に尚志さんと約束通り挙式した。夫婦が連名で著した闘病記「8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら」(主婦の友社)が話題となり、人気俳優の佐藤健さん、土屋太鳳さんのダブル主演による映画化も決定。結婚式の様子を撮影した動画「8年越しの結婚式」はユーチューブで100万回以上再生された。実は、抗NMDA受容体脳炎の仕組みが解明されたのは、麻衣さんが発症した直後。病気の成り立ちから診断技術の向上、治療法が確立するまでの過程を、麻衣さんは身をもって体験した。戸惑いながらも回復を信じて取り組んだ、家族と医療スタッフによる「もう一つの物語」を報告する。【照山哲史/デジタル報道センター】

抗NMDA受容体脳炎 8年越しの花嫁・もう一つの物語(1)いちるの望みの「悪魔払い」

ここから「悪魔憑き」「狐憑き」と呼ばれる現象は「抗NMDA受容体脳炎」で説明できるという論調がある。

 口を突き出すなどの奇妙な形相に、ベッドから転落するほど激しく手足をばたつかせる。さいたま市内に住む柳恵子さん(26)は米国留学中の2011年、意識を失ったままこんな症状に突然襲われた。医師の診断は「抗NMDA(エヌ・エム・ディー・エー)受容体脳炎」。かつて少女に取りついた悪魔に神父が挑む映画があったが、描かれた少女は今ではこの脳炎にかかっていたとされる。以前なら「悪魔に取りつかれた」として祈とう師が扱っていた奇妙な病は、今では医学によって治る病気になっている。現在は、自転車に乗り、縄跳びもできるほどに回復してきている恵子さん。「映像を見てもらうことで、病気への理解が深まれば」と、家族が闘病中に撮影した動画を提供してくれた。

抗NMDA受容体脳炎 女性を突然襲った難病 「理解深めて」家族が闘病の動画

「かつて少女に取りついた悪魔に神父が挑む映画」って「エクソシスト」のことでしょ。「描かれた少女は今ではこの脳炎にかかっていたとされる」って、あれはフィクションで、1949年に起きたメリーランド悪魔憑き事件(マウント・レーニエの悪魔憑き事件)を元にウィリアム・ピーター・ブラッティが書いた小説を映画化したものだ。そして、悪魔憑きになったのは、少女ではなく、少年である。

映画で描かれていたのは、

 1.ラップ音
 2.ポルターガイスト現象
 3.人格変容
 4.異常行動
 5.未知の外国語を話す
 6.体に文字が現れる

などであり、抗NMDA受容体脳炎で起きるのは、3と4だけであろう。

メリーランド悪魔憑き事件は、1949年8月に『ワシントン・ポスト』に掲載されたレイモンド・J.・ビショップ神父の日記が元になっており、詳しく知りたい人は

伝説のホラー映画「エクソシスト」にはモデルになった実際の事件があった?~「メリーランド悪魔憑き事件」とは?

を読んでほしい。

問題は、悪魔憑きとなった少年がイタズラ好きだったということだ。引用するのは、高橋ヨシキ[著]『悪魔が憐れむ歌』(洋泉社、2013年)でこのことを知った人が「エクソシスト トゥルー・ストーリー」について書いたブログ記事である。

ただ、問題は、マウント・レーニャにロビーくんはいなかったこと。
コテージ・シティにいたのだ。
詳しくは、高橋ヨシキさんの「最終報告『エクソシスト』」(『悪魔が憐れむ歌』収録)を参照されたいが、ともかくホントかなあ?と怪しんだジャーナリストのマーク・オプサスニックが調べてみると、ロビーくんはたんなるイタズラ好きの少年で、歯の間からツバを飛ばしていた(当時、ガキの間で流行っていた)だけだった?!
劇中にボウデン神父の助手として登場する神学生のハローラン(演じたのはマイケル・マクラクラン)はもちろん実在の人物で、オプサスニックは電話インタビューに成功して以下のような事実を聞き出している。
ロビーくんは知らないラテン語を話したと言われているが、それは神父たちの使うラテン語をマネしていただけで、とくにオッサンの声で話したりはしておらず、ツバはたくさん吐いていたが、肌に浮き上がった文字はまるで口紅で描いたようだった・・・。
この事件が最初にメディアに登場したのは、49年8月10日付のワシントン・ポスト。
語る匿名の聖職者は半笑いである。
しかしその10日後に同じワシントン・ポストに載った記事では不気味なものに脚色されており、それを読んで戦慄した男がいた。
『エクソシスト』の原作者、ウィリアム・ピーター・ブラッティである。

トゥルー・ストーリーなのか?『エクソシスト トゥルー・ストーリー』

「8年越しの花嫁」を「エクソシスト」に絡めて語るのはやめた方がよいと思う。未知の難病に苦しみ、治療によって回復した人とイタズラ少年を同一に論じてはならないからだ。


リンクが切れてたら…

続きを読む

2017.12.15 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

BSプレミアム「幻解!超常ファイル」で、犬鳴峠&犬鳴村と津海岸集団(橋北中学校)水難事故の実話怪談をやっていた(ちょっとだけホワイトハウス)。

みなさん、心霊現象ってお好きですか?
私は苦手です。
だって恐いじゃないですか。幽霊なんて、絶対に出くわしたくないですし、ホラー映画は予告編でさえ直視できません。
そんな私がプロデュースする「幻解!超常ファイル ダークサイド・ミステリー」、満を持しての心霊現象スペシャルは、全国に1000か所以上あると言われる「心霊スポット」や、実際の事件や証言者がはっきりしている「本当にあった実話怪談」を、徹底究明します。

まず心霊スポットは、「日本最恐!」あらゆる心霊現象が多発すると噂の某所に挑みます!
もちろん夜に行くのは恐いので、それは民放さんにお任せして、正々堂々真っ昼間の取材です!
あ、昼間だからってなめたらいかんですよ。昼間に取材をするということは、地元の人たちにしっかりお話を伺い、なぜ心霊スポットと呼ばれるようになったかをきっちり調べるということ。
すると、いろんな意外な実態が白日の下で明らかになってきました。本当に驚きです。
民放さんでは見られない、「本当に衝撃的な心霊スポットの真実」とはいったい!?

そして、本当にあった実話怪談。
昭和30年、海岸での水泳の授業中に、女子中学生36人が同時に水死するという悲劇的な事故が起きました。その時なんと、「防空頭巾をかぶった女の幽霊に足を引っ張られた」と、生徒が証言しているのです。
そこで事故の原因や当時の時代状況を詳細に調べ、そして当時目撃証言をした女性に改めてお話を伺ったところ、「え?それって○○○○ってことですか!?」と聞き返したくなるほどの証言が飛び出しました。実話怪談の真相は果たして!?

というわけで、恐がりだからこそ、しっかり調べてスッキリ納得!「幻解!超常ファイル」、お楽しみに!

(番組プロデューサー 渡辺圭)

File-22「戦慄の心霊現象 追究スペシャル」(幻解!超常ファイル)

続きを読む

2017.09.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(2) |



大島てる氏の語る最凶事故物件



が、比較的近所にあって笑えない。w

東京都足立区の某所なのだが、すぐ隣の道を自転車で走ったことがあった。

ここでは、

  1.屋上で住人が首吊り自殺。
  2.3階で住人同士のケンカで傷害致死。
  3.2階の住人が1階のオーナーを刺殺。
  4.その後、山中で自殺。

と4人が亡くなっており、全フロア事故物件というシロモノだ。

2017.08.28 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |





山口敏太郎日記「マツコの知らない世界」心霊ビジネス編
  番組放送後 山口敏太郎コメント



プロレスで例えるな!w

大竹まこと「ゴールデンラジオ」2017年6月9日
  山口敏太郎 超常現象は本当にあるのか?



室井佑月、オモシロすぎ!w

2017.07.28 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

山口敏太郎氏談「テレビで放送される心霊写真・心霊動画はすべてインチキ」「本物は(放送コードに引っかかるので)放送できない」。

TBS系で19日に放送された番組「生き物にサンキュー&世界の怖い夜 合体3時間SP」で合成の心霊写真が使われたと、元画像の持ち主がTwitterに投稿し、波紋を広げている。

「世界の怖い夜」は、背筋の凍る怪奇現象など、科学では解き明かせない不思議世界を紹介する人気シリーズ。第19弾となる19日の放送では、ロンドンブーツ1号2号の田村淳を司会に、「恐ろしい噂がある廃ホテルに潜入!」「心霊研究家 池田武央氏が選ぶ最恐動画ベスト」などを紹介した。

問題となっている写真は、心霊写真のどこに霊が写っているかを当てるコーナーで、とある展望台で友人と撮影した写真として紹介された。肩を組んだ3人の男性の後方、手すり下部の暗闇にぼんやりと女性の姿が浮かんでおり、心霊研究家の池田武央氏は「この場所で事故死した女性の霊 この世に強い未練を残している」とコメントしていた。

しかし、放送を見た画像の持ち主やその友人は、番組で使用された画像と元画像を並べてTwitterに投稿。元画像には、霊らしきものは写っていないことを明らかにした。画像の無断使用と加工に持ち主は、「おれはTBSを許さない。」と怒りをあらわにしている。

BIGLOBEニュース編集部 7月20日(木)12時36分
TBS「世界の怖い夜」で放送の心霊写真は合成か 元画像には霊が写っておらず持ち主は怒り

放送した写真には…



女の顔が映っている。



しかし、元画像には…



何も写っていない。



ガンマ補正してもやはり写っていない。

元画像の持ち主はお怒りのようだ。


池田武央氏は胡散臭いので、この人の出る心霊番組は基本的に見ない。w

2017.07.20 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |



大阪千日前怪談

で紹介した実話怪談のうち、千日デパート火災にかんする怪談は、実際の千日デパート火災と矛盾する点が多々ある。


1.各階で多発する心霊現象

実話怪談だと、千日デパート火災後に建てられたビルの各階で心霊現象が多発している。

しかし、実際に死者が出たのは、下表のとおり、7階のアルサロ・プレイタウンだけであった。

続きを読む

2017.06.08 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

稲川淳二氏の実話怪談「生き人形」の怪異の一つに、生き人形の手足がねじけていたというのがある。



この舞台では、右手右足にケガをするスタッフが続出するという怪談である。

ところが、最近、「生き人形ブログ」というブログを見つけ、そこにあった資料を読んでいたら、どうも最初からねじけてつくられていたのではないか、という疑問がわいてきた。

「生き人形」で稲川氏が座長として演じた舞台「呪夢千年」(永久保貴一氏のマンガでは「呪女十夜」となっている)の脚本を書いた佐江衆一氏が『朝日ジャーナル』に書いた「魂の核心を撃つ手負いの思想」という、石牟礼道子[著]『天の魚』にかんする記事がある。

呪夢千年と水俣病(公害問題)との関係について

佐江氏は、1934年に東京都台東区蔵前に生まれ、1944年に宮城県白石市に疎開し、その後、生家は東京(下町)大空襲で焼失した。栃木県小山市の母の実家に移り、その後、茨城県古河市に住んだ。1952年、栃木県立栃木高等学校卒業後、日本橋の丸善に入社した。翌年、中央労働学院に入学し、中野重治、徳永直、佐多稲子等に学び、学芸専門科を卒業した。その後、詩人、小説家として活躍し、1975年「呪夢千年」の脚本を書いた。

稲川氏の「生き人形」では、脚本執筆直後に火事になり、家が全焼したことになっている。ちなみに、永久保マンガでは「斎藤潤」という名前で登場する。

続きを読む

2017.06.02 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

1988年7月21日の朝日放送「早熟半熟なまたまご」で「激冷え稲川淳二の怪談・恐怖の生き人形」というタイトルで「プラスα」の動画の一部が放送された。そのときの動画。



ここに出演していた霊能者・カメリアマキさんは生き人形を「磁石みたいな存在」と語っている。

「あのお人形が何であったのかということなんですけども、結局、悪い霊が憑いた、悪霊が取り憑いた、そういう呪われた存在であるという以上に、一種の、あれ、磁石なんですね。自分の周りにある存在の、心の暗い部分、悲しい部分、弱い部分、そういうのを全部受け入れ、吸収し、本人に返してしまうという、なんか磁石みたいな存在なんですよね。だから、その人形自体には罪はない。お人形自体にはけして悪気はなかったんです」

これ、長久保貴一[著]『続・生き人形』(集英社、2012年)での、H師匠(ほしのさん)の語る生き人形とよく似ている。

続きを読む

2017.05.29 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

最近、YouTubeを見たら、「生き人形」関連の動画がたくさんアップされていた。そして、ネットを調べたら、検証サイトまであった。

生き人形BLOG 稲川淳二の生き人形怪談関連情報まとめ

「生き人形」では、久慈霊運(長久保貴一氏のマンガでは久郷霊水)氏が少女人形を霊視し、「戦前に赤坂[赤坂区、現・港区の一部]にあった青柳って料亭の7歳になる女の子。この子 空襲で右手右足が飛んでますよ」って答えているんだけど、そんな料亭がホントにあったのかという検証まで載っている。

赤坂の料亭「青柳」の謎

ところで、赤坂が空襲にあったのは、いつなのか? 意外とみんな知らないんだよね。人によっては、1945年3月10日の東京大空襲だと思っている人もいるくらい。でも、ホントは同年5月25~26日の「山の手大空襲」なのだ。

東京は、1944~45年にかけて何度も空襲を受けてきたけど、大きなものは以下の4つだ。

  1945年3月10日 東京(下町)大空襲 死者95,000人
  同年4月13~14日 城北大空襲 死者2,459人
  同年4月15~16日 城南京浜大空襲 死傷者4,004人
  同年5月25~26日 山の手大空襲 死者3,242人

このうち、東京(下町)大空襲が、いちばん有名で、死者もダントツだった。しかし、焼失したのはいわゆる「下町」と呼ばれている東京東部地域で、赤坂など山の手は空襲を受けていない。



赤坂を含む山の手が大々的に焼失したのは、5月25~26日の「山の手大空襲」だった。



ちなみに、オイラの亡父も空襲の経験があるが、それは4月13~14日の「城北大空襲」だった。

…というわけで、「生き人形」の女の子が亡くなったのは、3月10日の「東京(下町)大空襲」ではなく、5月25~26日の「山の手大空襲」の可能性が高い。

2017.05.27 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

事故物件

例の部屋の住人が聞こえてくる音を録音してアップした。



小さくて聞き取りにくいが、モーター音のようにも聞こえる。しかし…


題目のように聞こえる人が多いみたい。

2017.05.21 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

正確には、隣が事故物件。w



これはヤバイ。w



ニュースになってるじゃないか!?w

東京で家賃4万円台の好条件物件に入居→毎夜お経のような声がしてくる上に、隣室で腐乱死体が発見されていたと発覚 「お経動画」公開にTwitterが戦慄

2017.05.20 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

これは、もともとgooブログの方にあったのですが、こちらに再掲します。

高田衛は、その著書『お岩と伊右衛門~「四谷怪談」の深層』(洋泉社、2002年)の第1章「女はなぜ幽霊になるのか」で、諏訪春雄の『日本の幽霊』(岩波新書、1988年)をあげ、それぞれの時代の幽霊観はその時代の地獄観に連関することを指摘している。ここでは、高田の書を用いて、近世の地獄絵図で示された近世の女性観を示し、「女はなぜ幽霊になるのか」を考えてみたい。




●熊野比丘尼がひろめた地獄絵図

日本に具体的な地獄思想を啓示・普及したのは、源信の『往生要集』であった。しかし、もう一つ、熊野比丘尼が唱導した地獄がある。『熊野観心十界図』(『熊野の絵』、『熊野観心十界曼荼羅』ともいう)である。現在は資料の散逸し、ほとんど重視されることがないが、熊野比丘尼の唱導した「地獄極楽」は近世において一般的であった、と高田も考えている。

萩原龍夫・著『巫女と仏教史―熊野比丘尼の使命と展開』(吉川弘文館、1983年)によれば、熊野比丘尼は室町時代から絵解きを中心に地獄極楽の唱導を行った。近世前期頃から、都市においてはしだいに零落し、「色比丘尼」化して街娼化したが、地方においては『熊野観心十界図』を携行して、長く旅の唱導者として、小寺院などと結びつきながら活動していた。

この地獄絵は、中央上部に「心」の字を置き、その上に半円形の「山坂」を描き、その上を歩く子供、男女、老人を描いて、人生を示している。また、図の中心部には「盂蘭盆(うらぼん)の施餓鬼(せがき)」と「賽(さい)の河原と地蔵」が大きく描かれている。そして、主部に罪人を裁く閻魔王や獄卒たちが描かれ、下部には「八寒地獄」「剣の地獄」「衆合地獄」など、いろいろな地獄が描かれている。

しかし、注目すべきは、その他に「不産女(うまずめ)地獄」、「両婦(ふため)地獄」、「血の池地獄」が描かれていることである。この三つは、女の地獄であって、男が堕ちる地獄ではなかった。

続きを読む

2017.03.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |



これは、もともとgooブログの方にあったのですが、こちらに再掲します。もともと3つの記事だったのですが、ここでは1つにまとめます。


以前、「東海道四谷怪談」(以後、「四谷怪談」)のもととなった「四谷雑談(よつやぞうたん)」を紹介しました。しかし、「四谷怪談」については、説明しませんでした。「四谷怪談」は四世・鶴屋南北によって書かれ、1824年に上演された歌舞伎の演目です。ここでは、『お岩と伊右衛門~「四谷怪談」の深層』(高田衛・著)を用いて、その概要を紹介します。

「四谷怪談」の初演は、1702(元禄15)年の赤穂事件*1を題材とした「仮名手本忠臣蔵」(以後、「忠臣蔵」)*2とともに、2日がかりで演じられました。ストーリーがわかりにくかったので、再演からは1日上演になりました。ストーリーがわかりにくいにもかかわらず、そのようにしたのは、「忠臣蔵」が義士の話であるのに対して、「四谷怪談」は不義士の話として、裏表の関係にあるからです。

*1 赤穂事件【あこうじけん】
  播磨赤穂藩主・浅野内匠頭長矩(「忠臣蔵」では"塩冶判官[えんやほうがん]")切腹の原因をつくったとして、旧藩士のうち47人が1702(元禄15)年12月14日、江戸幕府高家・吉良上野介義央(同じく"高野師直[こうのもろなお]")邸を襲撃した事件。元家老・大石内蔵助良雄(同じく"大星由良之介")ら襲撃浪士は、翌年2月4日、幕府から切腹を命ぜられた。

*2 仮名手本忠臣蔵【かなでほんちゅうしんぐら】
  浄瑠璃。11段。時代物。2世竹田出雲・三好松洛・並木千柳(宗輔)合作。1748(寛延1)年8月14日より11月中旬まで大坂竹本座初演。赤穂義士の仇討事件を太平記の世界に移して脚色、先行の義士物を集大成した。全段を四季に配し、時代と世話が調和し趣向に富み、人物の配置と造型が秀逸で、忠義と恋と金銭の葛藤、人情・世態風俗の描写に優れ、浅野家臣に対する世間の共感を得て、上演回数は極めて多い。興行中、人形遣い吉田文三郎と竹本此太夫が対立して、此太夫が豊竹座へ移り、竹本・豊竹両座の芸風が混淆した。同年12月歌舞伎でも初演。以後小説・実録類の一系譜となった。

続きを読む

2017.03.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |

これは、もともとgooブログの方にあったのですが、こちらに再掲します。



「東海道四谷怪談」は四世・鶴屋南北によって書かれ、1824年に上演された歌舞伎の演目である。しかし、その題材として「四谷雑談(よつやぞうたん)」という実録小説が存在する。もちろん、内容はちがっているが、ここでは「四谷雑談」が収録された『日本怪談集・江戸編』(高田衛・編)と『お岩と伊右衛門~「四谷怪談」の深層』(高田衛・著)を参考にして、その概要を説明する。


●お岩と伊右衛門の結婚

四谷左門町に住む御手先組同心・田宮又左衛門は、律儀な人で頭からもよく思われていたが、目を病んで勤務困難となり、お岩という成人した娘がいたので、聟をとって隠居しようとした。4~5年、適当な人を探したが、お岩の性質が悪いせいか、誰ひとりとして聟入りを承知する者がいなかった。お岩は、21歳で疱瘡をわずらい、顔がひきつり、髪はそそけだって白くなり、腰は屈曲し、目はつぶれてたえず涙がにじみ、声は狼のごとく、その姿かたちは醜く不快感を与えるひどいものとなった。

又左衛門は、娘を心配しながら、51歳で死去した。跡目を継ぐ男子がいないので、あらためて聟探しをしたが、誰ひとり来てもよいという者はおらず、組のなかでは、出家して尼になるか、他家に奉公に出して別に適当な人に田宮家の跡目を継いでもらうしかない、という者もいた。お岩は猛烈に反発し、聟をとって跡目を継ぐべき自分を外に出して、他人に跡をゆずるとは何事か、と目を血走らせて激昂し、口もきかず、そっぽを向く始末であった。

組の者たちは、下谷金彩に住む「小股潜りの又市」という嘘つきの名人に人探しを頼んだ。又市は、摂州浪人で31歳の美男・伊右衛門という、大工・建築の術にすぐれていた男を、お岩の姿を見せず、嘘八百をならべて、強引に聟入りさせた。挙式後にお岩の顔姿を見て、伊右衛門は愕然なったが、もう遅かった。田宮家は伊右衛門を跡目にしたのである。

続きを読む

2017.03.17 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |