FC2ブログ
大河ファンは、来年の大河「いだてん 〜東京オリムピック噺〜」はないことにして、再来年の大河「麒麟がくる」に話題が移っている。w




続きを読む

2018.11.23 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

日本の「自己責任論」の起源は江戸時代までさかのぼるという議論。



この手の議論で違和感を感じるのは、世界史的に見ても、社会保障が、「救貧」から「防貧」に変わったのが1880年代のビスマルクの社会保険で、「自己責任」から「社会全体の問題」になったのが1942年の「ベバリッジ報告」だということ(以下参照)。





江戸時代は、差別が当たり前の身分制社会であり、武士が支配する封建国家なのだから、社会保障がないのがアタリマエ。救恤(困っている人を助けること)は権威主義的・温情主義的に行われたであろうことは想像できる。エリザベス救貧法だって、失業者は「怠け者」だから、働ける者は強制労働させられ、働けない者だけ最低限の生活を保障するというものだった。

「自己責任論」が問題なのは、人々が平等とされる市民社会で、生存権が保障されている福祉国家で、このような議論がなされていること。

2018.11.20 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

まさかのオジゴねた開陳…。w


下の「鳥羽天皇関係系図」を見てもらうとわかるんだけど、鳥羽天皇は白河天皇の孫にあたり、崇徳天皇はひ孫にあたる。



ところが、崇徳の母・待賢門院(藤原璋子)は、藤原公実の子であるが、白河の養女として育てられ、鳥羽に入内した。『故事談』によると、養女となっている間に白河と男女の間柄になり、それを鳥羽に押し付けたが、生まれた子=崇徳は白河の子ということになっている。鳥羽から見たら、祖父の子どもであるから「叔父」なのに、自分の「子」とされているから、「オジゴ(叔父子)」と呼んで嫌っていたという話なのだ。

この話、和歌森太郎[著]・カゴ直利[絵]『学習漫画 日本の歴史』(集英社、1968年)の(おそらく)4巻「源氏と平家の戦い 鎌倉時代」で読んだことがある。もちろん、小学生相手に上記の話を書くわけにはいかないので、ずっと、なんで「オジゴ」と呼ばれているのか、さっぱりわからなかった。大人になって、安田元久[著]『日本の歴史 7 院政と平氏』(小学館、1974年)を読んだら、説明が載っていて、「そうだったのか!」と膝を打った(池上彰ふう)。←ウソ

白河にかんしては、崇徳だけでなく、平清盛も落胤であるという話があるだけでなく、側近とも男色関係があるなど、性的に奔放だったらしい。w


「英雄色を好む」などといわれているが、天智天皇(中大兄皇子)が弟・天武天皇(大海人皇子)と額田王を争った話は有名だ。しかし、それだけでなく、叔父・孝徳天皇の皇后である実の妹(間人皇女)とデキてしまい、間人に捨てられた孝徳がそのことを恨んだ歌を残している。天智が母・斉明(皇極)天皇の死後も長らく皇太子のままで政治を執っていたのは、間人との関係が続いていたからで、間人の死後、皇位についた。

あと、こっちは藤原不比等が天智の落胤という説がある。『竹取物語』に出てくる「車持皇子」は不比等がモデルといわれており、不比等の母が庫持氏で、父が天智だったから「皇子」がついたらしい。w

2018.11.18 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

百田尚樹氏の『日本国紀』がクソなのは事実だが、内容がぜんぶマチガッテいるわけでもない。



荻原重秀が「信用貨幣論者」であったことは、日本近世史ではかなり前から主張されている。

※ 貨幣と通貨は、厳密には違うが、ここでは同じ意味で使う。

驚くべきことに、彼は当時、「本来、お金というのは何でもいいわけで、瓦でもいいのだ」といっている。考えてみれば、お金というのは不思議なもので、それを出している国に対する信頼と、皆がそれをお金と信じて使うかどうかということ、この二つの条件さえ整えばどんなものでもいいのである。現に我々もただの紙切れをお金と信じて使っている。そういう「通貨の本質」を最初に見抜いて通貨政策に応用したのが、荻原重秀だった。

大石慎三郎[著]『将軍と側用人の政治』(講談社現代新書、1995年) 92~98ページ。

また、鋳造貨幣(金貨・銀貨・銅貨)と信用貨幣(紙幣・手形・小切手)の違いと、本位貨幣(価値が一定量の金属と関係づけられた貨幣)であるか否かには直接関係はない。金(銀)本位制では、金(銀)と紙幣の交換が保証された紙幣(兌換紙幣)が発行されていた。逆に、鋳造貨幣が使用されていても、その額面が実際に含まれている金属の価値と大きく異なっていれば、不換紙幣と同じである。500円玉は鋳造貨幣(銅合金=ニッケル黄銅)であるが、今の日本は銅本位制ではない。

そもそも論として、ケインズは信用貨幣論者ではあるが、彼以前から信用貨幣は存在しており、荻原重秀がケインズ理論のような財政・金融政策を実施したわけでもないので、「ケインズの先駆」と書くのは不適切である。また、金(銀)本位制は(兌換)紙幣の発行を前提としているので、鋳造貨幣を使っている段階で金銀本位制うんぬんというのもオカシナ話で、議論に混乱を招いたのも百田氏の責任である。

《荻原重秀は「実物貨幣(物質そのものに価値がある貨幣)」から「名目貨幣(実用的な価値はなく、法律で価値を付与した貨幣)」に移行させた》くらいの表現がいちばん混乱しないと思う。

2018.11.14 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



   ♪あっちを立てる気もないし
     こっちを立てる気だってまるでない





アンビバレント / 欅坂46


百田尚樹、愉快なヤツ。w

2018.11.13 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



BSテレ東で放送している「天下騒乱 ―徳川三代の陰謀」がけっこうオモシロイのでビデオに録って見ている。まあ、もうすぐオシマイなんだけど…。w

新春ワイド時代劇 天下騒乱~徳川三代の陰謀:テレビ東京

土井利勝(西田敏行)、荒木又右衛門(村上弘明)、柳生十兵衛(中村獅童)の3人が主人公で、徳川家康の死(1616年)から鍵屋ノ辻の決闘(1638年)をあつかう。

土井利勝が徳川家康(山崎努)の隠し子だとか、2代将軍秀忠(山下真司)の妻・お江代(かたせ梨乃)が、家光(池内博之)を排除して、忠長(海東 健)を将軍につけたくて「天下騒乱」の陰謀をめぐらすなど、フィクションだらけなんだけど、それはそれでオモシロイ。

ちなみに、前半をほぼ見逃したので、後半の鍵屋ノ辻の決闘に至る部分しか見ていない。

続きを読む

2018.11.08 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

社会学者の倉橋耕平氏が2018年10月24日の『朝日新聞』の「耕論」に下記の記事を書いた。



これを読んで激高したよしりんがつぎにようなブログ記事を書いた。

漫画家をなめてるエセ学者・倉橋耕平

続きを読む

2018.10.26 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



朝ドラ「まんぷく」の主人公の夫が憲兵隊から受けた拷問はデッチアゲだとネトウヨがツイートしているらしい。

事実だと反論している人が当然現れた。


オイラは、今年6月に亡くなった日高六郎の『戦後思想を考える』(岩波新書、1980年)を読んでいたので、もっと酷いことが行われていたことを知っている。哲学者・三木清を疥癬に感染させて殺したことだ。

以下の文章はそのことについて書かれた同書の部分(1~5ページ)である。

続きを読む

2018.10.23 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



南堂ちゃんがこの記事

NHK の地震番組 MEGAQUAKE

のコメント欄で

 2011年の地震では、仙台の地下街が水没したという報道がなかったので、不思議に思っていたが、事実が判明した。

> 仙台駅は国内の大都市圏のなかでは例外的に地下街がない(地下通路はある)。
  → http://j.mp/2OtxJjN

 そうだったのか。仙台は幸運だった。
 他の都市では、そうは行くまい。

などと書いていたので、

地下街の有無とは関係なく、海岸線から10km内陸で、標高36メートルの仙台駅には津波は来ない。

津波は、名取川から広瀬川を遡ったが、海から約10kmで標高9mの東北本線鉄橋まで到達しなかった。

とコメントしておいた。オカシナ反論があるかと思ったら、素直に認めたので、逆に驚いた。w

実際には、もっと下流の国道4号線(仙台バイパス)の千代(せんだい)大橋までしか到達しなかったわけだが…。

浸水範囲概況図13(PDF 1.8MB)

仙台藩の城下町・仙台もそうだけど、古代の陸奥国府・多賀城も標高が高く(30m)、大津波を想定していたように思える。実際に貞観地震の津波は多賀城には到達しなかったわけだから…。

陸奥国府が多賀城に移る前の郡山遺跡は標高10mくらいで、東日本大震災の津波は避けられたが、もっと大きな津波だと危なかったかもしれない。

この遺跡のさらに内陸にある蛸薬師堂(仙台市太白区長町)は、1611年の慶長三陸地震の大津波で「観音様に蛸がついてこの地に打ち上げられた」との伝説がある。

蛸薬師堂の言い伝え

ただし、名取川から広瀬川を上ってきた津波が、瑞鳳殿付近で蛇行する河道に阻まれ、それ以上進めずに溢れ出したのかもしれない。

貞観地震の津波での末の松山については

末の松山浪こさじ

で簡単に書いたが、もっとくわしい記事が

セフティ 臨時号 東日本大震災 p.12

にある。

これには慶長三陸地震の波切不動堂(仙台市宮城野区榴ヶ岡)、念佛田と波凪(仙台市宮城野区岡田)、浪分神社(仙台市若林区霞目)についての記事もある。蛸薬師堂については載っていないが…。

2018.08.02 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

「女王 未央」の主人公・李未央(馮心児)のモデルとされているのは、文成帝の皇后となった文成文明皇后(馮皇后)である。

このドラマ、未央は、李常茹や李長楽の陰謀によって何度も殺されそうになり、そのたびに濡れ衣を晴らすのだが、何度もそうなるので、いいかげん周りも気付けよ!とツッコミを入れたくなる。w

しかも、モデルがいるんだけれども、史実はまったく違う展開なので、そちらからもいろいろツッコミを入れたくなる。

最大のツッコミどころは、拓跋濬は452年に皇帝となるのだが、そのときの年齢が満年齢で12歳。



12歳には見えない。w

馮皇后にいたっては10歳だった。



10歳には見えない。wwwww

このドラマの本筋部分は、史実だと、主人公の2人とは関係なしに展開するのだ。

続きを読む

2018.06.24 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

以前、書いたBS12の

王女未央

がいよいよクライマックスなんだが…。

李未央(馮心児)を演じるティファニー・タン



が、乃木坂46の白石麻衣に似ていたり(正確には白石麻衣が似ているんだがw)、南安王・拓跋余を演じるヴァネス・ウーが



長谷川博己に似てたりして、べつな意味で楽しめる。w

どーでも(・∀・)イイ!!ことだけど、中国の南北朝時代(5世紀)にドレッドヘアーってイミフなんだが…。wwwww

続きを読む

2018.06.22 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

「荻上チキ Session 22」で2016年02月19日に放送された「今夜決定!最高の大河ドラマはコレだ!」。



荻上チキ(メインパーソナリティ)…「独眼竜政宗」推し
南部広美(アシスタント)…「峠の群像」推し
春日太一(映画史・時代劇研究家)…「翔ぶが如く」推し※
武田一顯(TBSラジオ国会担当)…「武田信玄」推し

※ 「独眼竜政宗」と「武田信玄」を先に言われてしまったので



春日氏による大河ドラマの時代区分

I期
【特徴】試行錯誤
【作品】1「花の生涯」(1963)~6「竜馬がゆく」(1968)

II期
【特徴】豪華重厚ドラマ
【作品】7「天と地と」(1969)~10「新・平家物語」(1972)

III期
【特徴】新しい視点
【作品】11「国盗り物語」(1973)~21「徳川家康」(1988)

IV期
【特徴】近現代もの
【作品】22「山河燃ゆ」(1984)~24「いのち」(1986)

V期
【特徴】集大成
【作品】25「独眼竜政宗」(1987)~29「太平記」(1991)

VI期
【特徴】NHKエンタープライズ期
【作品】30「信長 KING OF ZIPANGU」(1992)~33「花の乱」(1994)

VII期
【特徴】大産業化
【作品】34「八代将軍吉宗」(1995)~40「北条時宗」(2001)

VIII期
【特徴】自滅期…ホームドラマ化・ファン離れ
【作品】41「利家とまつ~加賀百万石物語~」(2002)~48「天地人」(2009)

IX期
【特徴】再び試行錯誤…画面4:3→16:9
【作品】49「龍馬伝」(010)~

大河ドラマ一覧



番組が選んだベスト10

*1位 平清盛
*2位 独眼竜政宗
*3位 新撰組!
*4位 龍馬伝
*5位 花神

*6位 黄金の日日
*7位 獅子の時代
*8位 太平記
*9位 国盗り物語
10位 八重の桜

11位以下は…

続きを読む

2018.06.14 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

番組名放送年主演
1花の生涯1963井伊直弼…尾上松緑
2赤穂浪士1964大石内蔵助…長谷川一夫
3太閤記1965豊臣秀吉…緒形拳
4源義経1966源義経…尾上菊之助
5三姉妹1967むら…岡田茉莉子
るい…藤村志保
雪…栗原小巻
6竜馬がゆく1968坂本竜馬…北大路欣也
7天と地と1969上杉謙信…石坂浩二
8樅ノ木は残った1970原田甲斐…平幹二朗
9春の坂道1971柳生宗矩…中村錦之助
10新・平家物語1972平清盛…仲代達矢
11国盗り物語1973斎藤道三…平幹二朗
織田信長…高橋英樹
12勝海舟1974勝海舟…渡哲也→松方弘樹
13元禄太平記1975柳沢吉保…石坂浩二
14風と雲と虹と1976平将門…加藤剛
15花神1977大村益次郎…中村梅之助
16黄金の日日1978呂宋助左衛門…市川染五郎
17草燃える1979源頼朝…石坂浩二
北条政子…岩下志麻
18獅子の時代1980平沼銑次…菅原文太
苅谷嘉顕…加藤剛
19おんな太閤記1981ねね…佐久間良子
20峠の群像1982大石内蔵助…緒形拳
21徳川家康1983徳川家康…滝田栄
22山河燃ゆ1984天羽賢治…松本幸四郎
天羽忠…西田敏行
23春の波涛1985川上貞奴…松坂慶子
24いのち1986岩田未希…三田佳子
25独眼竜政宗1987伊達政宗…渡辺謙
26武田信玄1988武田信玄…中井貴一
27春日局1989春日局…大原麗子
28翔ぶが如く1990西郷隆盛…西田敏行
大久保利通…鹿賀丈史
29太平記1991足利尊氏…真田広之
30信長 KING OF ZIPANGU1992織田信長…緒形直人
31琉球の風1993啓泰…東山紀之
32炎立つ1993藤原経清・泰衡…渡辺謙
藤原清衡…村上弘明
33花の乱1994日野富子…三田佳子
34八代将軍吉宗1995徳川吉宗…西田敏行
35秀吉1996豊臣秀吉…竹中直人
36毛利元就1997毛利元就…中村橋之助
37徳川慶喜1998徳川慶喜…本木雅弘
38元禄繚乱1999大石内蔵助…中村勘九郎
39葵徳川三代2000徳川家康…津川雅彦
徳川秀忠…西田敏行
徳川家光…尾上辰之助
40北条時宗2001北条時宗…和泉元彌
41利家とまつ~加賀百万石物語~2002前田利家…唐沢寿明
まつ…松嶋菜々子
42武蔵MUSASHI2003宮本武蔵…市川新之助
43新選組!2004近藤勇…香取慎吾
44義経2005源義経…滝沢秀明
45功名が辻2006千代…仲間由紀恵
山内一豊…上川隆也
46風林火山2007山本勘助…内野聖陽
47篤姫2008篤姫…宮﨑あおい
48天地人2009直江兼続…妻夫木聡
49龍馬伝2010坂本龍馬…福山雅治
50江~姫たちの戦国~2011江…上野樹里
51平清盛2012平清盛…松山ケンイチ
52八重の桜2013新島八重…綾瀬はるか
53軍師官兵衛2014黒田官兵衛…岡田准一
54花燃ゆ2015杉文…井上真央
55真田丸2016真田信繁…堺雅人
56おんな城主直虎2017井伊直虎…柴咲コウ
57西郷どん2018西郷隆盛…鈴木亮平
58いだてん~東京オリムピック噺~2019金栗四三…中村勘九郎
田畑政治…阿部サダヲ

2018.06.14 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

遺跡破壊で横浜市長が祟り死に

でコメントをいただき、いろいろ調べていたら、上行寺東遺跡の発掘等を記録した動画がYouTubeにアップされていたので、貼りました。

上行寺東遺跡(横浜市金沢区)の記録

中世の六浦津に立地した寺院址とやぐら群からなる重要な遺跡でしたが、昭和の終わりにマンション開発のため破壊されました。制作者の一ノ瀬烱次さんの御承諾を得ましたので、記録動画を公開いたします。30年前の映像ですが、静止画とは違った臨場感があります。

また、中世史研究者の保立道久氏が遺跡保存運動のパンフレットに書いた文章を自身のブログに再録していたので、リンクをはっておきます。

上行寺東遺跡の保存うんどうパンフレットに書いたもの。

2018.05.11 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

名古屋城天守閣の木造復元(エレベーターなし)に奈良大学の千田嘉博教授が苦言を呈している。


続きを読む

2018.05.09 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |


4月29日(日)に放送されたNHKスペシャル「大江戸」第1集「世界最大!! サムライが築いた“水の都”」で、玉川上水を実際に掘った玉川兄弟を完全無視しててワラタ。

2020年のオリンピック・パラリンピックを前に、国内外から熱い注目を集める東京。そのルーツの町「江戸」をめぐり、新たな発見や研究が相次いでいる。150年前、1868年にその名を失った“日本史上最大のロスト・シティー"江戸。その知られざる姿を、ドキュメンタリーやドラマ、高精細のCGなど、多彩な演出で描く3回シリーズ。

第1集は、巨大都市建設の物語。小さな田舎町だった江戸は、徳川家康が幕府を開いてから100年ほどで、世界最多100万の人口を抱える大都市に成長した。その原動力はどこにあったのか? 最近、江戸初期の都市計画を描いた最古の図面や、幕末期の江戸を写した写真が見つかるなど新たな発見が相次ぎ、その変遷が詳しく分かってきた。江戸は、水を駆使して造り上げた、世界に類をみないユニークな都市だった。巨大な“水の都"江戸誕生の秘密に迫る。

シリーズ「大江戸」第1集「世界最大!! サムライが築いた“水の都”」

水道奉行の伊奈忠治と忠克親子を持ち上げ、サムライすごい!って話だったが、私財を投げうって上水を完成させた庄右衛門・清右衛門兄弟を完全無視する説明は噴飯もの。ちなみに、玉川兄弟の活躍は、東京では小学校4年生の社会で習うので、違和感を感じた人はオイラだけではないはず。兄弟は、この功から、幕府から「玉川」の姓を名乗ることと、上水の管理を認められた。しかし、兄弟の死の40年後、子孫はその職を取り上げられた。

2度の失敗の後、老中・松平信綱の家臣・安松金右衛門が3つの案を出し、第3案で完成させたこともまったく触れられていなかった。野火止用水を完成させたのも、この金右衛門だった。それにしても、信綱はめちゃくちゃ悪く描かれていて、ホントにヒドイと思った。w

この手の「○○すごい!」って番組にろくなものがない。○○には、ニッポンとか、サムライとかが入るんだけど、日本がホントにすごかった高度成長~安定成長~バブルの頃は、こんな番組はなかった。「貧すれば鈍す」とは、今の日本の姿だ。

2018.05.02 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



さっきまで、放送大学テレビ特別講義

薩摩硫黄島の熊野三山と「平家物語」

を観ていた。

平清盛と対立した後白河法皇が側近たちと平氏打倒の陰謀をめぐらした鹿ケ谷事件で、藤原成経、平康頼、俊寛が鬼界ヶ島に配流された。

ナビゲーターの野中哲照(國學院大學)教授が、

  1.平家物語の鬼界ヶ島は薩摩硫黄島なのか?
  2.三人はどこに居住したのか?
  3.三人が勧請した熊野神社(本宮、新宮、那智の滝)はどこか?

の3点について、実際に島を訪れ、検証した。

詳しくは

硫黄島の熊野三山

を読めばわかるのだが、簡単に説明すると、以下のとおりになる。



1.平家物語の鬼界ヶ島は薩摩硫黄島なのか?

屋久島、(馬毛島を含む)種子島、口永良部島、竹島、硫黄島は、日本の支配下にあったが、トカラ列島(と黒島)は、黒潮の流れが強く、船での行き来が困難だったので、日本の外と見なされていた。日本の最果ての地である硫黄島は、大罪を犯した(とされる)三人の配流地にふさわしい。また、鎌倉時代後期に成立した延慶本『平家物語』の記述と硫黄島の地形・地勢がひじょうによく似ている。

2.三人はどこに居住したのか?

島の北部にある大谷(ウータン)である。島の南の独立峰(稲村岳)から北に五十余町(約5km)離れたところに住んでいた。三人は海を見ながら都のほうを眺めていた。元気をなくした俊寛が岩のはざまで休んでいた。以上の条件を満たすのが、本土が見える島の北岸で、大きな岩のある場所=大谷となる。

3.三人が勧請した熊野神社(本宮、新宮、那智の滝)はどこか?

新宮は熊野川が熊野灘にそそぐ場所にある。硫黄島には長浜川が東シナ海にそそぐ場所に熊野神社があるので、新宮は熊野神社である。

本宮は新宮から熊野川をさかのぼった屈曲点にあるので、長浜川の上流の屈曲点に硫黄島の本宮もあるのではないか。そう考えると、俊寛堂のある場所がふさわしい。俊寛堂は昭和初期まで「御祈大明神社」と呼ばれていた。

硫黄島に滝があるのか? まとまった雨が降ったあとには、稲村岳東麓の展望台から、滝を望むことができる。滝といってもいろいろな種類があり、那智の滝は直瀑で、滝全体の約1割にあたる。この滝も直瀑である。那智の滝は那智大社から見ると、左上から右下に伸びる尾根によって滝つぼが見えない。この滝も同じような尾根に滝つぼを隠されている。

これらの三地点は、稲村岳の周りに集まって、トライアングルを形成している。熊野三山も同じようにトライアングルを形成している。



ちなみに、この番組、次に放送されるのは9月30日(日)の21:30~22:15だそうで、5か月も先になってしまう。w

2018.04.28 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



4月8日放送のNHK「西郷どん」が叩かれている。

  なんでこんなバカな放送をしたのだろうか。「西郷どんと斉彬 密着120日」と称して出来損ないのメイキング放送だ。そもそも時代劇とは何百年も前の出来事を、それらしく俳優に扮装させ、盛大な大ウソをついて、見ているお客をその時代に引きずり込む行為である。1か所でも現代が画面に素のままで出てきたら、その瞬間に白ける。騙されてあげようと努力している視聴者たちに、わざわざ、「ちょん髷姿のこの男たちは、実は背広を着て仲良くやっている俳優仲間なんだよ」と地を見せてイメージを壊す意味は全くない。

西郷どん・斉彬の「地」見せられすっかり鼻白・・・時代劇のお約束破りにへそ曲がり視聴者は「もう見るの止めにするワイ」 <大河ドラマ 西郷どん スペシャル~鈴木亮平×渡辺謙が対談>(NHK総合)

オイラ的には…


島津斉興・斉彬親子のロシアン・ルーレット


橋本佐内の瀉血


で、すでにトンデモ認定していたんだが…。

ちなみに、ロシアン・ルーレットは「ディア・ハンター」のパクリ、瀉血は、18世紀以降は効果に疑問をもたれ、この時代(19世紀半ば)には行われなくなっていた偽医療と放送直後から叩かれていた。w

大河ファンのオヤジ、オバちゃんは、メイキングを放送したから怒るんじゃなくて、時代考証がテキトーだから怒るんだと思う。

2018.04.10 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



BS12で「王女未央」という中国時代劇をやっていて、「世界史」に疎い妹が時代背景がまったくわからないので教えてくれというので、調べて教えてあげた。ちなみに、妹が「世界史」に疎いのは、不勉強だったからではなく、高校の世界史教師がガチサヨで、世界史の授業をせず、サヨク話を開陳していたからであって、ソイツの責任である。



王女未央 BIOU

中国史の「南北朝」時代は、北魏による華北統一(439年)から隋による中国統一(589年)までだが、均田制を導入し、大同から洛陽に遷都して漢化政策を行った北魏の孝文帝は、どの「世界史」の教科書にも載っている。しかし、彼の治世の前半は、馮皇后(太皇太后)が支配しており、均田制は彼女によって導入された。このドラマの主人公・李未央=馮心児は馮皇后がモデルである。

ドラマでは、李未央は北涼王の娘ということになっている(下図)。



しかし、下記のとおり、馮皇后は北燕の皇族であった。

主人公の李未央(馮心児)のモデルとなったのは、北魏の文成文明皇后(馮太后)。父・馮朗の家系は五胡十六国時代から南北朝時代初期にかけて遼東を支配した北燕の皇族であったが、この北燕は北魏により滅ぼされ、馮朗は北魏に降って重用されていた。しかし馮朗は罪を問われて誅殺され、身寄りをなくした幼い馮太后は、北魏の太武帝の左昭儀(後宮における称号で皇后に次ぐ地位)だった叔母の馮氏に従って後宮入りした。その後、太武帝の孫、第5代皇帝・文成帝の皇后となった。

見どころ

このドラマのキャッチフレーズに「衝撃の再生回数230億超え!」とある。BS12は昨年も「武則天 -The Empress-」(唐の則天武后の時代劇)を放送していたが、「中国時代劇歴代視聴率No.1」とある。



武則天 -The Empress-

どうも、美人で頭が良く苦難を乗り越えて出世する女性のドラマが中国人は好きらしい。w

2018.03.22 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



結城秀康は、安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将、大名。徳川家康の次男として生まれ、越前北ノ庄藩初代藩主で越前松平家宗家初代。

3/11(日)に放送されたテレ東「池の水ぜんぶ抜く」で、大阪府枚方市山田池公園の続編(最初の放送は昨年11月)に、ギギという魚が登場した。



正式にはギバチ(義蜂、学名:Pseudobagrus tokiensis)という。ナマズ目ギギ科に分類され、地方によりギギュウ、ギンギョなどと呼ばれる日本固有種だ。

なんで、それが結城秀康なのかというと、彼の幼名は「於義伊(おぎい)」あるいは「於義丸(おぎまる)」といい、この魚と顔が似ているから付けられたというのだ。母親の身分が低かったとか、正室・築山殿の悋気を恐れたためとかいわれているが、要は家康に嫌われていたらしい。だから、長男・信康が切腹させられた後も、三男の秀忠が後継者となり、彼は豊臣秀吉の養子(実際は人質)に出された。秀吉に実子・鶴松が誕生すると、こんどは結城晴朝の養子となった。関ヶ原の戦いで、上杉景勝への抑えとして宇都宮に陣取り、その功により越前北ノ庄68万石の大名となった。

しかし、家康の後継者になれなかったのは無念だったらしく、つぎのような話が残されている。秀忠が徳川氏の家督を継いだとき、秀康は伏見城代を務めていた。出雲阿国一座を伏見城に招いて、阿国の歌舞伎を絶賛した後、「天下に幾千万の女あれども、一人の女を天下に呼ばれ候はこの女なり。我は天下一の男となることかなわず、あの女にさえ劣りたるは無念なり」と漏らしたという。

そんな秀康に秀忠も気をつかっていたらしい。鉄砲を所持したまま江戸に向かおうとして碓氷峠の関所で止められたとき、秀康は、自家が徳川家中で別格扱いであるのに、それを知らずにいた不届きな関守を成敗するとした。関守は江戸に伺いを立てたが、秀忠は、秀康に殺されなかっただけ幸いであったと言って事態を収めた。

そんなわけで、ギギを見ると、結城秀康を思い出してしまうのだ。w

2018.03.13 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |