人が亡くなると、その日の翌日から4か月以内に「準確定申告」をしなければならない。


じつは、3か月以内に「相続放棄」の手続きもしなければならず、そのための書類を集めるのもたいへんだった。「相続放棄申述書」を家庭裁判所に提出するんだけど、それ以外に以下のものが必要だ(子の場合)。

  1.被相続人の住民票除票又は戸籍附票
  2.申述人(放棄する方)の戸籍謄本
  3.被相続人の死亡の記載のある戸籍(除籍、改製原戸籍)謄本
  4.収入印紙800円分(申述人1人につき)
  5.連絡用郵便切手

相続の放棄の申述

「連絡用郵便切手」は家庭裁判所ごとに異なるので、いちいち聴かなければならず、メンドくさかった。あと「相続財産の概略」がホントに概略なので、借地の場合や(悪名高い)かんぽ生命「特別還付金」(自動的に相続財産になる!)をどう書いたらよいのかわからず、何回も電話してしまった。

で、結局、相続放棄をほのめかしていた上の妹が放棄しなかったので、いろいろ動いたオイラだけがバカを見た。orz


さて、「準確定申告」と言っても、普通の確定申告と同じなので、同じ用紙を使う。父親の場合、本年は年金しか収入がなく、しかも2回(年金は2か月に1度)しか支給されていなかったので(5月分は日割り)、所得金額の段階で0円となった(65歳以上の高齢者は年収120万円以内なら所得0円となる)。ちなみに、昨年の確定申告もオイラが代わりに行った。

笑っちゃったのが、第二票(下)の「所得から差し引かれる金額に関する事項」のところ。去年は「後期高齢者医療保険」と「介護保険」に分けて書いたんだけど、見本を見たら「源泉徴収票のとおり」でよかったんだ。よく見本を読んでおけばよかった。orz

この中でいちばんメンドくさかったのが、この付票。



相続人の「相続財産の価額」を時価で書けってあるんだけど、土地の時価なんて売らなきゃわからないから、評価額で書いた。ちなみに、父親の場合、土地の借地権と金融機関への預金がすべてで、そこから葬儀費用を差し引いて計算した。まあ、正式の相続税の申告は半年後なんだけどね。

2015.09.04 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

東京ではお盆は7月13~16日。父親が亡くなって最初のお盆なので、新盆であった。

お盆には、正式には精霊棚をつくるんだけど、たいへんなので仏壇で行った。


仏壇の飾り


午前中のお供え物


午後のお供え物


正式には、笹竹に綱を張り、ホオズキと昆布を下げるんだけど、庭の笹を飾り、ホオズキを渡した。馬と牛は、キュウリとナスではなく、まこものゴザといっしょにホームセンターで売っていたワラ?でつくったものを飾った。ちなみに、わが家の仏像は、真言宗なので、本来は大日如来のはずなのだが、なぜか薬師如来。

午前中の飾りは、スイカとスーパーで売っていたお盆セットのブドウと野菜。提灯はホームセンターで8,000円弱で売っていた電池式LEDライト。

午後の飾り(15日)は、妹がつくったご馳走とコンビニで買ってきたとろろそば。13日はネギトロ巻きとサーモン寿司、14日はいなり寿司、15日はとろろそばをお供えした。いなり寿司とそばは父親の好物。

13日の午前9時にお坊さんが来てお経をあげるというので、それより前に迎え火を焚き、お寺に行って提灯に火をつけて、お迎えした。ところが、お坊さんはなかなか来ず、10時近くになってきた。ふだんはお茶を飲まないと聞いていたのだが、朝からあまりに暑かったので、冷茶をごくごく飲んでいた。

本日(16日)は、雨の間を狙って、送り火を焚き、提灯に火をつけてお寺まで行き、台風で風が出るので、お花はあげず(逆にダメになったお花を処分した)、お線香だけあげて帰ってきた。帰ってきたとたんに、大雨が降り出して、なんとかセーフだった。

2015.07.16 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

6月20日(土)、父親の四十九日法要と納骨式を行った。参列者は、家族と父の兄弟姉妹とその配偶者、その子ども(イトコ)に限った。以下はその費用。

項目費用備考
お布施100,000
納骨30,000石材店
戒名彫り33,000石材店
花代6,600寺用意
卒塔婆代24,0006本
斎代42,3309人
返礼費9,7203世帯
 合計245,650

例によって、格式の高いw菩提寺のお布施は高い(相場の倍!)。そして、石材店の費用も高い(相場の1.5倍?)。葬儀の費用と合わせると、300万円を突破し、葬祭費用にと父親にかけていた簡易保険金が消えた。orz

2015.06.21 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

南堂ちゃんが認知症の徘徊への対応について論じていた。

不明老人と顔認識技術

この記事に、コメントしたので、こちらにも載せる。

認知症の症状は「中核症状」と「周辺症状」に分けられる。「中核症状」は、認知症そのものの症状で、記憶障害、見当識障害、判断力障害、実行機能障害、失認、失行、失語など[記事末に説明あり]。「周辺症状(行動・心理症状 BPSD)」は、中核症状から派生する症状で、徘徊、暴力・暴言、食行動異常(異食、過食、拒食)、失禁・不潔行為、睡眠障害、介護抵抗、無為・無反応など「行動症状」と、幻覚、不安・焦燥、抑うつ、妄想など「心理症状」に分けられる。このうち、「中核症状」は抗認知症薬で進行を遅らせることしかできないが、「周辺症状」は介護と治療によって改善することができる。

逆をいえば、徘徊を含む周辺症状は、介護と治療の失敗で産み出されているという側面がある。

介護の立場では、周辺症状は、便秘、脱水、発熱、慢性疾患の悪化、季節の変わり目、薬など、体の不調を訴える「非言語的表現」であると考えられている。このうち、徘徊の原因は発熱がいちばん多い。周辺症状が起きたら、排便、脱水、発熱の順でチェックをして、必要があれば医師や看護師に連絡する。精神安定剤を飲ませて落ち着かせたり、鍵のかかる部屋に閉じこめると、寝たきりになったり、症状が悪化する。

治療の立場では、中核症状を遅らせるための抗認知症薬が周辺症状を引き起こすことがある。周辺症状のうち、徘徊、暴力・暴言、過食、不眠、介護抵抗、幻覚、妄想などを「陽性反応」、無為・無反応、抑うつなどを「陰性反応」と呼んでいる。現在、日本で使用されている抗認知症薬は4種類(アリセプト、レミニール、リバスチグミン、メマリー)だが、うち3種類(メマリー以外)は陽性反応を引き起こす。すでに陽性反応の周辺症状がある患者に、これらの薬を投与すると、ますます周辺症状が悪化する。同時に、抑制系薬剤を投与する必要があるのだが、それを知らない医師が多い。

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2015.06.14 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

3B juniorの12歳のメンバーがヘリウムを吸って死にそうになった事故の詳細がわかったそうだ。

 同学会が公表した報告書によれば、事故発生は、メンバー5人が同時にガスを吸い、1人の声が変わるというロシアンルーレットのようなゲームの収録中。Aさんが鼻をつまみ、司会者の合図でヘリウムガス入りのスプレー缶を吸引したところ、約4秒後に右手を震わせ始め、後方へ卒倒。受け身を取れずに後頭部を強打し、全身性の強いけいれんを起こしたという。

 病院に救急搬送されたAさんは、意識障害が遷延したためICU(集中治療室)へ。その後、意識状態と左半身のけいれんに改善が徐々にみられたものの、入院6日目に再度けいれん。空気塞栓症や、高次脳機能障害を残す可能性があると判断され、転院。以降は、高圧酸素療法が続けられたという。

12歳アイドル“ヘリウム事故”壮絶現場……「BPOで審議を」日本小児科学会の提言にテレビ朝日はどう応えるか

いろいろ疑問のあった事故だけど、集中治療室の実態を知った今なら、そのたいへんさがよくわかる。と同時に、つぎのような記者の発言の“うさんくささ”にも気がつくのだ。

「Aさんの容態など、不明点が多かった同事故だが、今回の報告書により、テレビ朝日の発表以上に壮絶だったことがわかる。これにより、ネット上では、事故を詳細にしようとしなかった局側や制作会社、続報を深く伝えようとしなかったマスコミにも、疑問の声が上がっています。一方、Aさんは現在、3B juniorのライブに参加するまでに回復。後遺症の心配は残りますが、同グループのブログでは彼女の笑顔を見ることができます」(芸能記者)

集中治療室に入院すると、患者の家族からキーパーソンを選び、医師はその人だけに病状を説明をする。だから、患者の家族に嫌われている(と思われる)テレビ局や制作会社は詳しい情報を得られなくなる。詳細に説明なんてできるわけないのだ。

集中治療室に入院すると、家族でも面会時間に制限がある。父親が入院した大学病院では、昼2時間と夜1時間半だけ。家族のうち集中治療室に入れるのは2人までで、多い場合は代わり番こになる。そして、15分間、キーパーソンだけに担当医による病状説明がある。キーパーソンになり、病状が安定しないと、ほぼ毎日、病院に行かなければならなくなる。けっこうしんどいよ。しかも、救急搬送や緊急手術があると、それすらなくなるのだ。看護師が代わりに説明してくれることもあるけど、医師じゃないので限界がある。

キーパーソンになると、医師の「この管を抜いたら死にますが、よろしいですね」に同意しなければならないときがある。父親の場合、人工透析装置の管を抜くことの同意を求められた。同意して抜いた後に、意識が回復し、再びつけられたけどね。まあ、結局、死んでしまったが…。

こんなこと、家族が集中治療室に入らないと、知ることはない。ゆえに、いいかげんなコメントがまかりとおるわけだ。

2015.05.26 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

介護現場の人手不足と学生が介護職を敬遠しているとの記事。

 介護福祉士を育てる大学・短大や専門学校などの全国の養成課程の数が、ピークだった2008年度の507課程(434校)から、13年度の412課程(378校)へと、わずか5年で約2割減っていることが、厚生労働省や日本介護福祉士養成施設協会(東京都千代田区)への取材で分かった。介護需要の高まりで現場の人手不足が続く一方で、学生は介護職を敬遠し、養成機関が危機にひんしている格好だ。

介護士課程2割減:給与の低さや過酷労働で学生敬遠

父親の介護を4か月半くらいしたが、うち約4週間ほどの「下の世話」はけっこうたいへんだった。

父親が何回か「お漏らし」したが、大便と尿、それぞれたいへんさがちがった。大便が、下着につくと、洗っても色が落ちない。漂白剤を使わないとダメなのだ。尿は、その臭いが堪らなかった。尿は、漏らしてすぐはあまり臭わないが、しばらくすると臭い出すのだ。その臭いは、いちどかぐと、忘れられない臭いで、味噌や醤油と同じ成分が含まれているらしく、食欲がいちじるしく減退する。「介護ダイエット」で体重が5kgほど減った。w

最初にその臭いに気づいたのは、父親を物忘れ外来に連れて行ったときだ。おそらく前日にお漏らしして、その臭いが最高に臭っているときだった(○○医師、ごめんなさい)。しかし、なんの臭いなのかわからなかった。翌日になると、臭いがしなくなっていた。そして、気づいたのは、そのつぎの日に入浴させようと脱がしたら、お漏らしの跡が残っていた。その翌日、認知症で有料老人ホームに入所している伯母を訪ねたら、隣の部屋からあの臭いがしていた。尿の臭いのする職場ってだけで、介護職のたいへんさがわかる。

この時期(昨年12月上・中旬)は、父親の認知症状が最高潮だったときで、子どもの幻覚を見たり、食事したことを忘れて不満を訴えたりしていた。お漏らしは、寝ているときだけではない。以前、腎臓・ぼうこうガンの手術をした大学病院の泌尿器科に行って、検尿中、いきなり「便が出た」なんて言ったのだ。家に帰ってみたら、大量の大便が…。さっそくフロに入れ、大便をトイレに捨て、下着を水につけて、翌日に洗濯した。

この認知症状は、関節リウマチの痛み止めを飲むようになったら、改善された。父親は、前立腺肥大で尿が出にくく、その出をよくする薬を処方されていたが、ぜんぜん飲んでいなかった。飲むと、朝方に尿が大量に出るので、それで不眠を訴えていた。池袋のクリニックで同じ効能の別の薬を処方されたが、それはちゃんと飲んでいたので、朝、不眠を訴えることがあった。

再び、お漏らしが始まったのは、父親が肺炎にかかったときだった。しかし、症状が関節リウマチと同じだったので、見逃してしまった。このときのお漏らしも、関節リウマチの痛みでトイレに行けず、お漏らしをしていたと思っていた。

父が倒れ、救急搬送されて、集中治療室に入った。オイラは介護から解放された。「下の世話」をした期間以外は、朝晩の食事の世話(昼は他の家族がした)と入浴を見守ることだけしかしていなかった。しかし、それをしなくてよくなったと思ったら、ヒドイ話だが、内心ほっとした。介護ってそういうものなのだ。

この間に、伯母のケア・マネージャーと、その同僚(父親の介護認定の手続きをしてもらったが、介護保険を一回も使わないで父親は亡くなった)と知り合ったが、どちらも女性で親の介護をきっかけにこの仕事をするようになったと言っていた。

介護はこの人たちの使命感に支えられているのだ。だから、最低でも他の仕事と同額の給与は支払われるべきだと思う。


リンクがキレてたら…

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2015.05.26 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(4) |

葬儀代の請求書が来たので、載せておく。葬儀代はけっこうかかるのだよ。orz

項目費用備考
祭壇料650,000
御寝棺料120,000
火葬料80,000町屋葬祭場
霊柩車38,000
本体合計800,000888,000のはず!
カラー遺影写真35,000
ドライアイス処置料36,000
会葬礼状9,000
供車39,000マイクロバス1台
供物・盛菓子20,000祭壇用
宰領80,000手続き・事務手数料
付帯品合計1219,000
搬送業務30,000病院~自宅
搬送業務20,000自宅~斎場
受付テントの設営40,000
人件費60,000
付帯品合計2150,000
合計1,169,000本体+付帯品1・2
葬儀費用1,262,520税込み
生花194,40016,200(税込み)×12
式場使用量216,000税込み
飲み物代18,360通夜と告別式 税込み
料理246,456通夜と告別式 税込み
休憩室料と茶菓子38,598町屋葬祭場
搬送要員心付9,0003人
配膳心付12,0004人
霊柩車心付4,0001人
バス心付3,0001人
火夫心付5,0001人
中居心付3,0001人
立て替え払い555,414葬儀屋の
返礼品126,360香典返し39人分
総計2,138,694葬儀費用+生花+立て替え払い+返礼品

ネットでさがした葬儀社はこの半額だった。しかし、諸事情から地元の葬儀屋さんに頼むこととなった。また、僧侶が嫌がるとの理由で、安い祭壇は使えなかった。

これに菩提寺への「お布施」が加わる。戒名代と通夜・告別式での儀式代なのだが、700,000円だった。これはかなり高い。その理由は格式がある寺だから…。w お布施を安くしたかったら、格式の高い菩提寺はやめたほうが(・∀・)イイ!!(爆)



香典代は「お布施」とほぼ同額だった。香典代は「お布施」とほぼ同額だった。このあとも四十九日法要・納骨、高額の香典への返礼、一周忌、三回忌とおカネが出て行く。orz

2015.05.19 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(3) |

葬儀が済んでも、しなきゃならないことがたくさんある。とりあえず、死後2週間でしなければならないことは以下のとおり。


死後7日以内
・死亡届
・死体火・埋葬許可申請

死後速やかに(国民年金は14日以内)
・年金受給停止の手続

死後14日以内
・後期高齢者医療保険証の返納
・介護保険証の返納
・住民票の抹消届(死亡届を提出すると末梢される)
・世帯主の変更届


それぞれ必要な書類があるので、それらを揃えるのもたいへん。

「年金受給停止」手続きには、死亡診断書と年金証書が必要なんだけど、「未支給年金請求」手続きになると、それに加えて戸籍謄本と住民票(除票)と振込先の預貯金通帳が必要になり、「遺族年金請求」手続きになると、さらに課税(非課税)証明書が必要になる。

「年金受給停止」手続きは、生計をともにする家族なら誰でもできるが、「未支給年金請求」手続きは、配偶者→子→父母→孫…とできる順位が決まっており、「遺族年金請求」手続きだと、配偶者である母親でないとできない(子は18歳まで)。ちなみに、上記の預貯金通帳や課税(非課税)証明書は、支給される者(わが家では母親)のものである。

相続放棄(死後3か月以内)とか、所得税準確定申告(死後4か月以内)とか、相続税の申告(死後10か月以内)とか、まだまだやることがあるのだ。


こちらのサイトがたいへん参考になった。

死亡にともなう各種の届け・手続

2015.05.15 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(2) |

…というニュースが流れた。

  「ボク、ドラえもん」と独特のしわがれ声で初代ドラえもんを26年間務めた声優の大山のぶ代(78)が認知症であることを、夫の俳優・砂川啓介(78)がきのう13日(2015年5月)にラジオ番組で明らかにした。2分前のことを覚えていることができず、得意だった料理もダメだという。

  番組はTBSラジオの「大沢悠里のゆうゆうワイド」(月~金あさ8時30分)で、2週間前の収録という大山の声は、「きょうは砂川さんの歌を聴いてくれてありがとう。それではまた会いましょう。バイバイ」と変わらぬドラえもんだ。これは砂川の新譜CDにつけたメッセージだった。

ドラえもん・大山のぶ代「認知症」!2分前のことを覚えてられない・・・

この記事で、高木美保さんが「ただ、早く発見すると進行を遅らせることができるんです」と言っているが、それはアルツハイマー型認知症であって、大山さんは脳血管性認知症の可能性が高いから、それはちがうかなと思った。脳血管性認知症の場合、早期発見よりも予防が大切だ。生活習慣病の改善、禁煙、節酒、運動不足の解消などが予防につながる。つぎの脳梗塞を起こさなければ、認知能力は低下しないはずだ。

認知症とは、認知機能に障害を起こす病気の総称で、アルツハイマー型認知症、脳血管性認知症、レビー小体型認知症、前頭側頭型認知症では原因がそれぞれ異なる。それ以外でも、二次性認知症といって、原因となる疾患が70種類ほどある。代表的なものでは、正常圧水頭症、慢性硬膜下血腫、急性硬膜下水腫、ヘルペス脳炎、クロイツフェルト・ヤコブ病、甲状腺機能低下症、アルコール依存症などがあげられる。脳腫瘍やビタミンB12欠乏症でも認知症になる。

亡くなった父親も認知症となったが、甲状腺機能低下症になっていたので、食事に気をつけるようにしたら、しだいに改善された。甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモン(TSH)の値は正常範囲におさまった。ただし、日にちにかんする見当識は、風邪で熱を出した数日間を除き、回復しなかったが…。

認知症=アルツハイマー型認知症とは限らないのだよ。

2015.05.14 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

父親の病気にかんして、印象的だったことがらを書いているんだけど、とくに「これは…」と思ったのは、医師の能力差だった。


父親が、体の痺れと痛みを訴えたとき、近所の病院を受診した。そして、問診とともに、血液検査を行った。下表はその一部である。



炎症反応(CRP)があって(9.15 H)、白血球数(WBC)に異常がない場合(4100)、リウマチなど免疫異常を疑うべきなのに、父親は半年以上痛み止めしか処方されなかった。

イトコが父親の病気は線維筋痛症にちがいないというので、その専門医に連れて行った。線維筋痛症の専門医は多くはリウマチの専門医であることが多い。そうしたら、一回の血液検査で、抗CCP抗体の数値が異常に高い(389 H)ので、8~9割の確率で関節リウマチですと診断された。下表はその一部である。



その後、MRI画像診断で滑膜の炎症がわかり、関節リウマチに間違いないと言われた。


リウマチになると約3割が甲状腺機能低下症になる。そして、甲状腺機能低下症から認知症を発症することがある。父親が認知症状を示したとき、手足のむくみ、末端部の体温低下、乾燥肌など典型的な甲状腺機能低下症の症状が出ていた。また、血液検査でも脳下垂体から出る甲状腺ホルモンの分泌を促すホルモン(TSH)が高かった(10.500 H)。



ちなみに、父親は貧血であり、これも甲状腺機能低下症と相関関係を示すらしい。また、甲状腺機能低下症と診断するには、TSHだけでは不十分で、甲状腺から分泌されるホルモン(free T3 と free T4)の値も必要である。



ところが、物忘れ外来の医師は、MRI画像診断のみで、「あなたのお父さんはアルツハイマー型認知症です」と言って、甲状腺機能低下症との関係はいっさい考慮してくれなかった。たしかに、父親の脳は萎縮をしていたが、数値的にはぎりぎりセーフだった。

コウノメソッドで有名な河野和彦さんの

コウノメソッド 2014(PDF)

には、応急措置として、全員に甲状腺機能検査を行う(TSH, freeT3, freeT4)。その結果を受けて、「甲状腺機能低下が見つかったら、軽症(TSH 20 以下)にはチラージン25μgを開始。重症なら狭心症の有無を聞いてなければチラージン50μgを処方して、2か月後に再検しチラージン用量を調整する。TSHが高くfreeT3, freeT4 が正常域なら橋本甲状腺炎が疑われるので毎年再検する。いずれ低下してくる。甲状腺機能亢進が稀にいて、そのせいで陽性症状が強くなっている場合がある」とある。


父親は肺炎から敗血症を引き起こして亡くなったが、そのときの症状は関節リウマチの悪化にしか見えなかった。だから、医者が誤診しても仕方ないことってあるんだと思ったが、上の2例は酷いなと思っている。

2015.05.13 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(2) |

「天然ちゃん」は、死ぬときも、みんなを笑わせてしまう。父の場合、「パパ! は~い」事件として、家族・知人の間で語り継がれるだろう。

5月6日(水)午前3時30分、父が集中治療室に入って25日目、いよいよダメなので、家族と親族を集めることとなった。オイラの家族に電話をすれば、他の親族に伝わるようになっていた。父のところに行くと、血圧が下がり、呼吸も浅く、いよいよダメなのは、オイラでもわかった。

じつは、前日5日の午前4時に呼び出されたが、父の容態は一進一退で、「長期戦」になりそうだったので、午後3時に妹を残して家族・親族に帰ってもらった。妹は午後8時まで臨時の待合室で待ち(集中治療室へはそうそう入れない)、そのあとオイラに代わっていた。

看護師さんから「呼びかけてあげてください」と言われた。父のことはふだん「オヤジ」と呼んでいたが、本人はそれが嫌らしく自分で「パパ」と呼ばせたがっていた。50過ぎのおっさんが80過ぎのジイさんを「パパ」と呼ぶのは、あまりにアレだが、本人の最期の希望なので、「パパ!」と呼びかけた。

集中治療室は、他の患者さんもいっしょに寝ている。その中には意識が混濁している人もいる。そのうちの誰かが、自分が呼ばれていると勘違いして、オイラの「パパ!」に反応して、「は~い」と言い出したのだ。

亡くなりそうな患者の息子が「パパ!」って呼ぶと、ぜんぜん関係ない患者が「は~い」って答えているのだ。起きていた患者さんはオカシかったにちがいない。しかし、笑うわけにはいかない。じつに微妙な雰囲気が漂い始めた。

しかし、呼びかけないと、血圧が下がってしまうので、こっちは必死に呼びかける。そうすると、「は~い」の声が…。オイラは何をやっているんだ!と思った。

そして、こんなときに限って、なかなか家族・親族が来ない。30分以内で来るはずなのに、来ないのだ。いちばん早く着くはずの叔母は、睡眠導入剤を飲んでいて、起きられなくなっていて、40分後に到着した。また、母と妹は、タクシー運転手が道を何度もまちがえ(ナビ使えよ!)、50分後に到着した。

かくして、家族・親族がそろって10分後、医師が診断して、午前4時30分、父の死が確認された。

親が死んだのだから笑えないはずなんだけど、この事件を知らせると、大概の人が笑うんだよね。

2015.05.13 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(0) |

5月6日(水)未明、父が亡くなりました。享年84歳でした。


父は、多くの病に罹ってきました。若いころに十二指腸潰瘍、上の妹が生まれたころに椎間板ヘルニアになり、還暦の頃にC型肝炎であることがわかりました。ここ10年でも、網膜剥離と白内障、腎臓・膀胱ガンなどの手術を受けておりました。

15年前から、父の姉が認知症になり、その介護のため、父は家族とは別に住むようになりました。去年の2月頃、両腕から先と両ももから下に痛みと痺れを感じるようになりましたが、病院に行っても、原因がわかりませんでした。11月に専門クリニックで関節リウマチとわかり、その治療に専念することになりました。

治療はうまく行っており、今年の1月から3月には痛みと痺れはコントロールできていました。ところが、3月末から再び痛みを訴えるようになりました。リウマチは、免疫の病気で、治療するには免疫抑制剤を処方することになります。そのため、感染症に気をつけなければならなかったのです。しかし、痛みの現れ方がリウマチと同じだったので、リウマチが悪化したものと思ってしまいました。

4月12日(日)、私が父の元を訪ねると、父が意識を失って苦しんでおり、大学病院の医療センターに救急搬送し、集中治療室に入りました。肺炎を起こし、敗血症になっているとのことでした。その後、2週間、病状は変わらず、回復の見込みがないので、受けていた人工透析を外すことになりました。ところが、透析を外した後、意識が戻っていることがわかり、再び透析を開始、病状が好転するかに思えました。

しかし、感染性心内膜炎と多臓器不全を起こしており、十二指腸潰瘍で縫い合わせた胃から出血し、肝機能が低下して黄疸が現われるようになりました。5月5日(火)未明には家族・親族が集められました。父は、それから1日がんばって、5月6日(水)に亡くなりました。


 「天然ちゃん」で、家族にいろいろ迷惑をかけてきた父ですが、それでも亡くせば哀しいものです。じつは、父の治療中、いろいろなことが起きたので、そのことも書いていこうと思います。それも父への供養だと思いますので…。

2015.05.10 | └ 父の病気と死 | トラックバック(0) | コメント(2) |