むかし、「オーメン」という映画があった。


1976年に製作されたアメリカ映画で、6月6日午前6時に誕生し、頭に「666」のアザを持つ悪魔の子ダミアンを巡る物語だった。ウケたので、「オーメン2/ダミアン」、「オーメン/最後の闘争」「オーメン4」とシリーズ化し、リメイク版までつくられた。しかし、シリーズ化すると、だんだんつまらなくなるので、「最後の闘争」までしか見なかったし、内容はほぼ忘れてしまった。

「最後の闘争」は、ダミアンが大統領になるかならないかってストーリーだったと思う。そしたら、核戦争を起こして、人類滅亡の危機に直面してしまう。その頃はトランプのような人物が大統領になるとは夢にも思っていなかっただろうから…。ちなみに、トランプは1946年6月14日生まれだそうだ。w

なぜ、「666」なのかというと、『新約聖書』「ヨハネの黙示録」において“獣の数字”とされており、キリスト教を迫害したローマ皇帝ネロを指すらしい。皇帝ネロ(Nero Caesar)のギリシア語表記(Nerōn Kaisar)をヘブライ文字に置き換え(Nrwn Ksr)、これをゲマトリア(数秘術)で数値化すると、その和が666になるというのだ。


しかし、この映画のせいで、6月6日生まれの者は、「ダミアン」などと呼ばれ、いじめの対象となったにちがいない。

高校時代の部活の友人が(一方的に)好きだった女性が6月6日生まれで、彼女がからかわれたかはわからないが、すくなくとも彼はからかわれていた。彼の場合、彼自身が6月6日生まれでもないのにからかわれるわけだから、ホントに迷惑な話である。w

2017.06.06 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |



妹のピアノの教え子の父親が、勤続何十年かの記念で会社から贈られてきたバラ。しかし、家に飾る場所がないとかで、教え子の母親から妹が押し付けられた。w

しかし、その父親には見せていないとかで、あとで家庭不和の原因になるのではないかと思われる。orz

2017.05.26 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |





ヤマボウシの花が大きくなった。そして…





シモツケの花が咲いた。

このとき

庭木の剪定と施肥

の剪定と施肥がよかったようだ。

2017.05.23 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

この人は誰でしょう?



という質問に、

マカロン大統領!



と答えるアイドルがそのうち現われるだろう。w

2017.05.11 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

今年も、やまぼうしの花が咲きました。





2017.05.07 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

千葉県いすみ市にある陸繋島の「雀島」を15年ぶりにストリートビューで見たら、島が2つに割れていて、「夫婦岩」になっていた。


2002年9月12日の雀島


2014年4月撮影の雀島(夫婦岩)


大自然の力は強烈だな。

2017.05.03 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

混血といってもネアンデルタール人との混血なんだけどね。w

ネアンデルタール人遺伝子が私たち現代人にも受け継がれていることを証明したのはドイツ・ライプチッヒ・マックスプランク研究所のペーボさんたちだ。その結果、私たちアジア人、ヨーロッパ人、そしてアメリカやオセアニア人のゲノムにはネアンデルタール人遺伝子断片が点在していて、全ゲノムの2%程度に達する。

性的交流で子孫が残ると、その遺伝子は集団に受け継がれていくが、すべての部分が平等に受け継がれるわけではない。たとえば、生殖能力に悪い影響のある遺伝子は集団から消える。逆にネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子がアジア・ヨーロッパ人を自己免疫病から守る遺伝子として広く維持されていることなどもわかっている。

ネアンデルタール人との性的交流が私たちにもたらしたもの

混血に否定的なのが、南堂ちゃんだ。

ネアンデルタール人との混血はなかった(証拠)

しかし、ネアンデルタール人との混血を前提に書かれた論文を根拠に混血を否定するとはウルトラCだな。←古いw

なので、そのことを指摘したら、

後半の「自己免疫病から守る」は、馬鹿馬鹿しすぎる。「(外部の)病原菌から守る遺伝子」ならば意味があるが、「(内部の)自己免疫病から守る」は意味がないでしょうが。

と反論してきた。←想定内。w

そこで、なぜネアンデルタール人との混血が自己免疫疾患から守っているかを調べたので、書いておく。


Toll様受容体(TLR)は、動物の細胞表面にある受容体タンパク質で、人類の場合10種類あり、さまざまな病原体を感知して自然免疫を作動させる機能がある。しかし、これが暴走すると自己免疫疾患となる。代表的な自己免疫疾患である全身性エリテマトーデスは、TLR7、TLR9によるI型インターフェロンの産生が病態形成に関与していると考えられている。

ネアンデルタール人との混血を経験したヨーロッパ系(とアジア系)に特異的に見られるのは、TLR1シグナルに対する反応の低下に関わるSNP(一塩基多型)で、非混血のアフリカ系にはrs573618はAAとCA型しか見られないが、ヨーロッパにはCC型が存在し、CC型ではTLR1に対して反応する多くの遺伝子の発現が低下することを示している。

TLR1は、TLR2の補助受容体として機能し、細菌由来のトリアシル化リポペプチドを識別し、炎症性サイトカインを産生する。しかし、それが暴走すると、サイトカインストームとなり、多臓器不全で死に至る。混血のヨーロッパ系ではこれが抑制されている。

だから《逆にネアンデルタール人から受け継いだ遺伝子がアジア・ヨーロッパ人を自己免疫病から守る遺伝子として広く維持されていることなどもわかっている》になる。

ところで、敗血症、エボラ出血熱、鳥インフルエンザ、天然痘などは、ウィルスや細菌に感染することで、免疫機構が壊れ、サイトカインストームが起きて死に至る病である。ただし、TLR1は細菌にしか反応しないので(ウィルスはTLR3、7、8)、ヨーロッパ系だからといって、エボラ出血熱や鳥インフルエンザ、天然痘になりにくいというわけではない。敗血症はなりにくいかもしれないけどね。w

2017.03.22 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

本ブログの表紙を飾るおねえちゃんたちなんだが…

誕生月を基本に決めている。

*4月 【空き】
*5月 【空き】
*6月 【空き】
*7月 森保まどか 1997/7/26
*8月 松岡菜摘 1996/8/8
*9月 【空き】
10月 【空き】
11月 (指原莉乃 1992/11/21)
12月 入山杏奈 1995/12/3
*1月 神志那結衣 1997/1/24
*2月 橋本奈々未 1993/2/20
*3月 宮脇咲良 1998/3/19

さしこが( )に入っているのは、キレイなさしこを探すのがたいへんなので、べつの子が入ることが多いから。

そして、空きに推しをぶっ込む。2016年度はこんな感じだった。

*4月 森保まどか
*5月 森保まどか&今村麻莉愛
*6月 森保まどか
*7月 森保まどか
*8月 松岡菜摘
*9月 森保まどか
10月 入山杏奈
11月 指原莉乃
12月 入山杏奈
*1月 守屋茜&平手友莉奈
*2月 橋本奈々未
*3月 宮脇咲良

やっぱり、まどちゃん多いね。そして、1月にむりやり軍曹を入れたので、じーなが消えた。

2017年度は、欅ちゃんが加わったので、空きが減った。

*4月 【空き】
*5月 【空き】
*6月 【空き】
*7月 森保まどか
*8月 松岡菜摘
*9月 長濱ねる 1998/9/4
10月 【空き】
11月 守屋  茜 1997/11/12
12月 入山杏奈
*1月 神志那結衣
*2月 斎藤ちはる 1997/2/17
*3月 宮脇咲良

ななみんの穴をちはるさんで埋められるか?w

2017.03.18 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

井上靜氏が、読書量がゼロの大学生がいることへの新聞の論調に、批判的な記事を書いた。

読書は必要なことなのか

彼は、立花隆氏の議論から、本をつかって調べ物をする「本に当たる」行為と、趣味の「読書」を区別し、ここで問題になっているのは趣味の「読書」だから、とくに心配することはないとの主張だった。

以下は、その記事に書いたコメントなのだが、問題はそんなに単純ではないと思う。なお、青字はあとから付け加えた部分である。


「読書」するにしても、「本に当たる」にしても、文章の内容を読み取る能力がなければ意味がない。

ところが、学校で行われている「国語」の授業は、すでにその能力を身につけていることを前提に、この文はどういう意味だ、作者は何を言いたいのか、などを論じていて、肝心要の文章の内容を読み取る能力を育成していない。

文章を読み取る能力を育成するのに「読書」の習慣は重要で、「読書」量の多い人間の方がその能力を身につけている者が多い。後述するような、文章を読み取る能力を育成する訓練を受けることなく、この能力を身につけている人たちを知っているが、その多くは「読書」の習慣がある人だ。

このあたりは、HKT48の「青い鳥文庫」派のメンバー(森保まどか、宮脇咲良、田島芽瑠、「卒業」した若田部遥)が、そろって頭が良く、とくに宮脇は文章表現にもすぐれていることからもわかる。

自分は、小学校の高学年になるまで、「読書」することがなく、たまたま母親の知人が本を処分するからと大量の本をくれたことから「読書」の習慣ができた。しかし、役に立つ能力を身につけたのは、予備校の「現代国語(当時)」の授業を受けてからであって、人によっては「読書」してもこの能力が身につかないことはある。

オイラが文章の内容を読み取る能力を育成する訓練をしてくださったのは、以下の2人の先生だ。

堀木博礼先生との出会い
藤田修一先生との出会い

また、木下是雄氏の『理科系の作文技術』は、理系・文系を問わず、そして、文章を書く技術にかんする本だが、文章の内容を読み取る能力にも役立つ本である。

木下是雄『理科系の作文技術』& 清水幾太郎『論文の書き方』
国語教育について

以前、ある掲示板で「○○が××と書いているのは、△△という意図があるからだろう」と書いたら、「そんな意図なんてあるもんか」と反論された。「じゃあ、別にどんな意図があるのか?」と聴いたら、「意図があって書くわけがない」と返事がきた。どうも彼は、人が文章を書く際、なんらかの意図があって書いているということを理解できていないようなのだ。

この人の場合、学校の「国語」の授業をちゃんと受けていなかったのだろう。なぜなら、作者の意図は何か?という質問は学校でも尋ねられるから。

「読書」が減ることよりも、文章を読み取る能力をもった人が減る方がはるかに問題だが、「読書」習慣がなくなると、この手の能力をもたない人が増えるんじゃないかと心配になる。

2017.03.13 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

これはmixiにも書いたが、昨日(3/1)の正午前、わが家に電話がかかってきた。母親が出たのだが、女性の声で「○○急便です。代引きの商品をお届けしますが、これからうかがってよろしいでしょうか?」母親が「はい」と返事すると、「3,650円、ご用意願います。」こんな内容だったそうだ。ふつうは誰が注文した商品なのか言うはずなのに、言わないので変だとは思ったそうだ。

しかし、2時間経っても誰も来ず、オカシイので、まずは妹に連絡を取った。これは、妹がよく通販を利用しているからなのだが、代引きはほとんど利用していない。妹も知らないというので、つぎにオイラに連絡があった。「お前かい?」って聴かれたけど、心当たりがないので、「いや、ちがう」と答えた。

家に帰って、ひょっとしたら、代引き詐欺なんじゃないのか?って話になった。しかし、被害がなかったので、警察には通報しなかった。

母親は、もう80代なのだが、見かけも若いが、声もそんなにお婆さんの声ではない。だから、騙せないと判断して、来なかったんじゃないのか?という話になった。


20年ほど前の話だが、平日に家にいたことがあって(理由は忘れてしまったw)、2階から降りてきたら、母親が「オレオレ詐欺から電話があった」というのだ。聴くと、「○○です。お金を用意してくれ」と言ったので、「○○はいま家にいますよ」と言ったら、電話を切られたそうだ。

相手はオイラの名前を名乗ったのだが、むかし大学の学科名簿を金に困って売ったバカがいて、ダイレクトメールが山ほど送られてきたことがあった。それでオイラの名前を知ったのかもしれない。あと、教員名簿って、けっこう売りに出されるんだそうだ。そっちからかもしれない。

10年以上前、楽天の顧客データが流出したことがあったが、その直後も怪しげなメールがたくさん届いた。


…というわけで、みなさんも気をつけて下さいね。

2017.03.02 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

オイラは、「偽科学批判」には批判的だが、ブーメランが何かに当たったら、そこで落ちることは疑っていない。w

 オーストラリアのアボリジニ族の狩猟道具から玩具のブーメランが生まれたが、これはよく誤解されていて、標的に命中したうえ戻って来るという都合が良すぎる武器として活劇に描かれることがあるけれど、そんなことはあり得えない。ほんとうは回転することで弧を描き戻って来るから反復して投げることで鳥などの獲物を追い込むためのものだ。

     (中略)

 ところが、誰が最初に勘違いしたのか、他人を批判した内容が自らにも当てはまるという意味で「ブーメラン」と言っている人たちがいる。もちろんいわゆるネットスラングであり、使っているのは程度の低い「ネトウヨ」ばかりである。

 ところが、これを産経新聞はサイトの見出しに使用していて、しかもネトウヨと同じように政府に媚びて「民進党の批判はブーメラン」と記載してしまう。これは、喩えとして不適切であるうえ、内容が記事にも論説にもなっていない。ただの提灯持ち、それもヘタクソなものだ。

     (中略)

 これだけなら、一部の愚か者のやっていることですむが、総理大臣がよく口にするから日本は末期的だ。「ブーメラン」という間違った喩えのネットスラングを使用するだけで充分みっともないが、しかも「天に向かってブーメランを投げているようなもの」と身振りまで交えて国会で言っていた。この人は「天に唾はく」というよくある喩えを知らないのだろうか。

 これだから「云云」を「伝伝」と読み違えたりもするのだろうし、上に投げれば何でも落ちてくるが横に投げて戻って来ることに意味があるブーメランを、この人は知らないのかもしれない。

「ブーメラン」というバカなネットスラング

しかし、ブーメランは、たんに横に投げただけでは、戻って来ないらしい。



ブーメランは、投げ方やブーメラン自体の調整が必要で、戻ってくるのはけっこうたいへんなのだ。この人は、ブーメランを売っている人なので、さすがに上手いが、シロウトが投げるとこんな感じになる。



この人たちは、スクラップロゴスという芸人さんだそうだが、川に落ちたブーメランはどうなったんでしょうか?w

2017.03.01 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |

1/26(木)からアクセス数が激増していて、理由がわからなかったんだけど、この記事が原因らしい。

「福島県民お断り」は事実か

どっかの掲示板に貼られてるのか、はたまた検索エンジンの上の方に出ているのか、よくわからないけどね。

店の駐車場に停めてあった車に「福島県民お断り」のステッカーが貼られていたのを見たという作文は、事実誤認に基づくのではないか?と書いたら、「福島県民は嘘つきと決めつけている」「福島県民を差別している」ってコメントが来た。

そもそも「事実誤認」と「嘘つき」は同じではないし、たとえこの中学生が「嘘つき」だったとしても、福島県民全体が「嘘つき」とはならない。「事実誤認」を指摘するのが差別だって理屈もよくわからん。学校の先生や研究者は、いつも差別してるってことになるな。

オイラが書いてもいないことをあげつらって批判されても困るんだよね。

オイラ的には、欅ちゃんのファンが大挙して来たのかと思って喜んでいたんで、たいへん残念なキモチである。w

2017.01.30 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(10) |

トリは、恐竜の子孫ではなく、恐竜そのものだそうだ。




これに、復活wした南堂ちゃんがイチャモンをつけていた。

鳥は恐竜か?

分類学用語と日常語のちがいだと書いているが、そもそも言葉は二重の恣意性をもっているので、その区別はあまり意味はない。二重の恣意性とは、シニフィエ(意味)とシニフィアン(音声)の結合の恣意性と、分節(言葉の区別=世界の分け方)の恣意性だ。

前者は、「にゃあ」と鳴く小型のほ乳類を、日本語では「ネコ」というが、英語では“cat”、ドイツ語では“Katze”、スペイン語では“gato”と読んでいる。つまり、ラングによってシニフィエとシニフィアンの結合が恣意的であるということだ。

後者は、日本語は「チョウ」と「ガ」を区別しているが、フランス語はどちらも“papillon”で区別がない。ただし、日本語も本来は区別がなく、英語の“butterfly”と“moth”の区別を輸入したという説がある。逆に、日本語の「雪」を表わす言葉が、エスキモー語では52種類もあった(今は3~5種類に減った)。

海獣(海のケモノ)は、クジラやイルカ、ジュゴンやマナティー、アザラシやアシカなどが含まれるが、分類学的には、クジラやイルカはウシやカバの仲間、ジュゴンやマナティはゾウの仲間、アザラシやアシカはクマやイヌの仲間だそうだ。だからといって、「クジラをウシと呼ぼう!」というのは、バカバカしい。

そもそも人間は、世界を恣意的に区別して、恣意的に名前をつけているのだから、「トリを恐竜と呼ぼう!」というのはバカバカしいことだ。ちなみに、もとのツイートは「鳥は恐竜そのもの」とは書いているが、「トリを恐竜と呼ぼう!」なんて書いてない。南堂ちゃんが勝手にそう書いているだけである。

2017.01.03 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |



プロフィール写真が、あかねん(守屋茜)にダッコされるオイラになり、ますますキモイぞ。w

2016.12.13 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

建築エコノミスト氏が書いた『魁!! クロマティ高校』の説明が変です。

つまり、「魁!!クロマティ高校」は、偏差値中心、エリート文化中心主義を批判する意味では、レヴィ・ストロース的であり、神山と共にフィールドワークをしていくことが読者の役目でもあるのです。

「魁!!クロマティ高校」の哲学的考察 3

『魁!! クロマティ高校』は構造主義哲学で描かれていると書いているのですが、これってホントなんでしょうか。

そもそも彼のいう「構造」がかなり変です。

学ラン、襟開け、パンチパーマ、リーゼント、スキンヘッド、頭髪脱色、マユ剃り、ミケンにシワ、ガン付け、ダラダラ歩き、ニラミ返し、ペッタンコカバン、そういったものが「不良の構造」ということになるようです。

「魁!!クロマティ高校」の哲学的考察 3

これらは、不良の「構造」というよりも、不良の「記号」です。このようなカッコと行動をすることは、自らが不良であるというアイデンティティを持ち、他者(一般人や不良仲間)から不良と見なされるための「記号」なのです。

「記号」は、シニフィアン(意味するもの)とシニフィエ(意味されるもの)が結びついたもので、上記のようなカッコや行動はシニフィアンであり、それらによって意味されるもの、すなわち不良がシニフィエとなります。

「構造」は、「記号」のように見た目でわかるものというより、目に見えないもので、「記号」の秩序を形づくっています。この場合は不良の行動規範のようなものを指します。たとえば、売られたケンカは買わないといけないとか、上位の者の命令は下位の者は従わなければならないが、上位の者は下位の者を必ず守らなければならないとか、タイマンでの決闘を申し込まれたら、大勢で迎え撃ってはいけないなどが不良の行動規範=「構造」です。

不良マンガというのは、不良の「記号」をつけていればよいのではなく、不良の「構造」=行動規範を身につけた者のマンガなのではないでしょうか。『魁!! クロマティ高校』は、不良の「記号」を負ったキャラが登場しますが、彼らの行動は不良の行動規範に従っているようで、じつはそうでもない。むしろ、不良の行動規範をおちょくっており、それを解体するような話が多いのです。上記の記事にこんな台詞があります。

「そろそろうちのクラスでも最強の男ってのを決めよーぜ!!」

「特に俺らは個性が強えから上でシキってくれるヤツがいねえとまとまんねぇしな!!」

最強の男ってクラスごとで決めることかよ!ってツッコミを入れたくなりますよね。

『魁!!クロマティ高校』は、キャラに不良の「記号」をつけてはいるが、基本はギャグマンガであり、不良の「構造」=行動規範を解体させています。構造主義というより、むしろポストモダニズム・マンガなのではないでしょうか。


ところで、不良=ヤンキーというと、AKB48の「マジすか学園」というのがあります。アイドルがやっているから、ヤンキー・ドラマをおちょくっていると思われがちですが、じつはそうではありません。このドラマの主人公が口にする「マジ」は、まさに不良の行動規範=「構造」だからです。

このドラマ、シリーズになっていますが、話の「構造」は3つに分けられます。

   1.転校生がテッペンを目指す。
   2.学園を敵(ライバル校)から守る。
   3.プリズンからの脱出。

この3つです。では「マジすか4」以降はどうなっているかというと、このようになっています。

   4.1と同じ。主人公が代わった。
   5.2と同じ。敵はヤクザ。
   6.2と同じ。資金稼ぎでキャバ嬢になる。

3は、不人気だったので、後続作品がありません。

前田がメガネを外すと強くなるとか、さくらがセーラー服のネクタイを外すと強くなるとか、メガネやネクタイが拘束具の「記号」だったりするのもオモシロイです。

2016.11.28 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

脳科学者の茂木健一郎氏が小学校の算数教育に苦言を呈している。

昨日、小学校の算数のテストで、「3.9+5.1=9.0」と書いたら、減点されたというツイートが流れてきて、とてもびっくりした。これははっきり言って一種の子どもに対する「虐待」である。これ以外にも、小学校の算数には謎の奇習があると聞く。

かけ算の順序、足し算の順序、という「問題」があって、2x3=6は正解だが、3x2=6は不正解、同じように2+3=5は正解だが、3+2=5は不正解、という「世界」があるのだという。詳細はアホらしいので書かないが、もし興味がある方は検索してみて欲しい。

数学的には、かけ算の順序や足し算の順序などは、どちらでもいいことはトリビアルな問題で、つまりは自然言語の世界と数式の世界をどのようにマッピングするか、ということで、そんなもん、どんなマッピングが良いかは趣味の問題で一つの型を押し付けることではない。

ある程度数学がわかっている人にとっては、「小数点問題」「かけ算の順序」「たし算の順序」問題はトリビアルに意味がないから「瞬殺」の話し(議論する必要すらない)であるが、小学校の算数で、そのような奇習がまかり通っていることは国の恥と言うべきことだろう。

小学校の算数にまかり通っている「奇習」は、子どもたちに対する「虐待」である

まず、小数問題の正しい答えはこうなる。

>× 3.9+5.1=9.0
>○ 3.9+5.1=9

つまり、“.0”の場合、“0”は省略されるってこと。これはルールだ。茂木氏のようにくだらないルールに従うな!となると、

>100-20=080
>0.53+0.27=0.80

なんて答えも○にしなければならなくなる。ちなみに、下の問題は「小数第2位までの概数で求めなさい」とあったら、○である。


かけ算と足し算の問題は文章題らしい。でないと、×をつける理由がないからだ。

たとえば、「箱にりんごが2個入っています。箱は3箱あります。りんごはぜんぶで何個あるでしょう?」の式は

>○ 2×3=6
>× 3×2=6

となる。“かける数”と“かけられる数”があるからね。箱に入っているりんごの数2が“かけられる数”で、箱の数3が“かける数”だ。

同じように、たし算には“たす数”と“たされる数”、ひき算には“ひく数”と“ひかれる数”、わり算には“わる数”“わられる数”がある。“たす数/たされる数”と“かける数/かけられる数”は入れ替えても、答えは同じだが、“ひく数/ひかれる数”と“わる数/わられる数”を入れ替えたら、答えはちがってしまう。


「究極の論理は数学である」などと言われるが、算数や数学は論理を学ぶ場でもある。これは、算数や数学のルールに従って計算することで、論理的な思考を身につけるということだ。だから、ルールに従うのはバカバカしいなどと言うことは、論理的な思考は必要ないと言っているのと同じなのだ。こんなことを言う科学者って、何なんでしょうね。

2016.11.22 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(6) |

愛らしい動物って紹介されてますが…。


人間で「こんな障がい者が見つかった」って紹介したら、人権問題ですよね。

2016.10.23 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

これはスゴイ。


岩の隙間にたまった砂を実体顕微鏡で覗いてみたらすごいことになっていた「気が遠くなるな」「楽しい」

2016.10.21 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

《「琵琶湖の水止めたろか!」を実際にやったらどうなるかシミュレーションしてみた結果》という Togetter まとめ。



続きを読む

2016.10.18 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |