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「パッション」がらみで、キリスト教、とくにカトリックの儀式と、当時、地中海で広く行われていた犠牲儀式との関係について書いておこう。なお、その内容は下記の本にもとづいている。

谷泰(たに・ゆたか) 著『カトリックの文化誌~神・人間・自然をめぐって』日本放送出版協会、1997年

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2006.07.08 | | トラックバック(0) | コメント(0) |

メル・ギブソン監督作品の「パッション」見ちゃいました。痛い映画ですね。ホントに痛そう。暴力&流血シーン満載で、とてもイエスの生涯の最期の数日間を描いた作品とは思えません。

でも、それはキリスト教を知らない日本人の感想で、キリスト教の本質を、ある意味、忠実に描いたとてもオモシロイ作品です。

イエスはパンをとり祝福してこれを裂き、弟子たちに与えていわれた、「取って食べよ、これは私のからだである」。また杯をとり感謝して彼らに与えていわれた、「みなこの杯から飲め。これは罪の許しを得させるようにと、多くの人のために流す私の契約の血である」。

最後の晩餐に臨んだイエスの言葉です。弟子たちにみずからの肉と血をパンとぶどう酒に象徴して与える。象徴的行為がカトリック教会と正教会(ギリシア正教会あるいは東方正教会)の中心的儀礼であります。映画の中でこれでもかと流されるイエスの血。その象徴的意味を再認識させる映画でした。

この映画が封切られたとき、メル・ギブソンがキリスト教原理主義者であることを知らされ、少々驚きました。しかし、見てみると、いかにも原理主義者らしい映画です。マグダラのマリアが娼婦であるという、いまではカトリック教会も否定してしまった説を採用しているところも、原理主義者らしいです。w

2006.07.08 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |