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BPOだけでなく、WHOの勧告にも従いましょう。

 26日午後6時10分ごろ、横浜市青葉区新石川のマンションの住民から警備会社を通じ、「硫黄のようなにおいがする」と119番通報があった。駆けつけた消防署員らがマンション4階の1室で、この部屋に住む高校3年の男子生徒(17)が浴室で死亡しているのを見つけた。神奈川県警青葉署は男子生徒が、硫化水素ガスを発生させて自殺を図ったとみて調べている。

硫化水素か高3自殺 横浜、マンション住民一時避難

「危険、硫化水素発生中。絶対に開けないで」

この手の貼り紙を流行らせたのもマスコミでしょ。


リンクがキレてたら…

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2008.04.27 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |

…の全文(判決3日前の4月19日に開かれた)がコチラに掲載されています。

十字架を背負って《光市母子殺害・番外その11》
続・十字架を背負って《光市母子殺害・番外その12》

以下の引用部分はなぜか報道されないのです。自分たちにとって都合の悪い部分を報道しないのなら、もはや報道ではなく、プロパガンダでしょう。

◇最終弁論以降、個別の取材を控えているのはどういった理由からか

 最終弁論以降ではなくてですね、裁判所や弁護団の方々に脅迫状が届いたという一報を聞いたときから、私は個別の取材やそういったものを自重してます。極力メディアの前には登場しないでおこうというふうに思っています。

 非常に残念に思ってますのが、当然私がこういった発言をするんでいろいろと報道されるんですけれども、どうしても弁護団と私という対立軸で報道されるところが多くなってしまいました。それが本来の裁判の構図ではございません。裁判というのは裁判官がいて、その指揮下で検察と弁護側が双方の意見を闘わせて真実に近づく場です。本来そうであるべきものが裁判の外である場外で、私たち遺族とですね、弁護団との戦いのようにとらえられてしまったのは、私の痛恨の極みです。それをもってですね、それに扇動されて脅迫状を送ったなどということは、これは犯罪行為ですから許されません。私が思ったところではないですけども、私のこういった発言で犯罪行為を誘発したのであれば、それは自重しなければならないというふうに思っておりまして、そういった意味でですね、極力発言を控えるようにさせていただきました。

     (中略)

◇本村さんは記者会見のときにあえて表情を出さないようにしていると思うが、判決が終わった後の記者会見では笑ったりとか表情を出せるようになると考えるか

 笑うことはないと思いますけれども、私は山口地裁の1審の判決の後に取り乱しました。号泣しましたし、「加害者をこの手で殺したい」とメディアの前でするには不適切な発言をしました。それによっていろいろ賛同してくれる方もいらっしゃいましたけれども、殺人を予告した人間だとかですね、そういった批判や中傷を受けました。それはその通りだと思います。私は私人でございますけども、メディアの前で発言すると決めた以上、ある限度や適切なわきまえは持たなければいけないと思います。それを逸脱した発言だったと思いましたので、あれ以降ですね、そういったことがないように、そうならなかったこともありましたけれども、そういう思いでこういった場には臨ませてもらってます。

 被害者がメディアで発言するようになって犯罪報道は大きく変わったと思います。遺族や被害者に対して同情的な世論が形成されることは間違いないと思うんですけれども、ただ、そうではなくて、もっと裁判制度とか社会の問題とかいろんな社会の問題を考えることとしても事件の報道をとらえてもらいたという気持ちもありまして、殺人事件とか、そういった似たような凶悪事件はいっぱい世の中起こっているわけです。その中で私の事件だけが、こういうふうに注目されることは本当にうれしいことでもあるし、戸惑いでもあります。ただこういった事件がたくさんあるんだということと、それぞれに被害者がいて裁判があって、いろんな問題を抱えているんだ、この事件だけじゃない問題もたくさんあるわけですから、そういった点で社会にとらえてもらいたいという気持ちもありますし、メディアの方にもそういうふうに報道してもらえることが一番嬉しいかなと思っていますので、なるべく自分の感情を表に出さないように努めているところはあります。

     (中略)

◇加害者側の立場でいうと、厳しい家庭環境にあって、被告個人の責任はもちろんあるが、そういう家庭環境を生んだ社会の責任がないがしろにされる危険もあると思うが、どう考えるか

 それは非常に難しい問題だと思うんですけども、いろんな物事の考え方があると思います。犯罪は個人の責任なのか、それとも犯罪は用意したのか。それは刑法の古典刑法か近代刑法かどういう視点でものをとらえるか、犯罪を罰するのか、犯罪を犯した個人を罰するのかそれは刑法論になる議論になると思います。

 ただ僕が倫理観としてもっているのは、当然、人間いろんなものを背負って生きているわけです。すべてに満足されて生きている人間はいないと思います。そういった自らの環境の不遇さを理由に犯罪を正当化することはいけない、と思います。どんな不遇な環境であっても乗り越えなきゃいけないということを示すことが教育だと思いますし、そういう状況があったから仕方なかったよね、人を殺しちゃうよね、なんていうことにはならないと思うんですね。それは私は偽善だと思っています。それはそれでメディアの方はきっちりと伝えなければいけませんし、むしろそういった報道をすることで、自分自身の家庭に翻って自分の子供は大丈夫か、自分の教育はちゃんとできているか、ということを社会が考えることがメディアの意義だと思います。

 今回のBPOのご指摘もあったと思いますけれども、BPOの意見書は正論だと思います。被害者の意見と加害者・弁護側の意見、それぞれをやはり平等に社会に伝えて、視聴者の方に訴えかけることが必要だと思いますので、私もこういった発言をする立場でございますけども、最後にそれを編集して社会に知らしめるのはメディアの方の役目でございますので、むしろそこはメディアの方がよく考えてどうすべきなのかということを日々迷いながら、答えはないと思いますけれども、報道していかなければいけないことかなというふうには思います。

あと、犯罪被害者遺族よりも感情的に報道している番組の制作者は、本村さんの爪の垢でも煎じて飲んでください。



上杉隆さんも、今回の事件についてマスコミの異常な報道に、危惧をいだいたみたい。

光市母子殺害事件で暴走したマスコミ報道に危惧を覚える

オイラとはちょっとちがうけどね。

2008.04.27 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |