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原田実 著『幻想の多元的古代 ―万世一系イデオロギーの超克』(批評社、2000年)にオモシロイことが書いてあった。

著者の原田実さんは、古田トンデモ武彦さんの弟子筋の人で、現在では古田史学批判者となっている人だ。ある意味、古田さんのすべてを知る人物と言える。

その彼が、古田さんが歴史・考古学界から完全に無視されているにもかかわらず、シロウトにはモノスゴク支持されている背景をつぎのように語っている。

反社会カルトへの道

  学界が黙殺していても、トンデモ説の主唱者は、学界への怨み節を唸り続ける。黙殺それ自体が怨みの原因となりうることは言うまでもない。さらにトンデモ説の支持者は、学界の黙殺を、歯が立たないゆえの逃げと見なし、その怨み節に唱和する。

  自らも怨念で鬱屈した人はそうした怨み節に同調しやすい。いつの世にも、大衆には“偉大なる指導者”を求める傾向があり、それがナチズム・ファシズム・スターリニズムやカルト教団を育む温床となってきた。

  大衆と怨念を共有し、さらにそれを組織化することで“偉大なる指導者”は出現する。支持者たちは“偉大なる指導者”の肥大した自我の一部となることで、自ら偉大なものになったと錯覚できる。

  現代の高度情報化社会・管理社会は一面では絶えず疎外された人々を生み出す社会である。彼らは自らの卑小さにうちひしがれている。“偉大なる指導者”が現れる好機である。私たちはその一例をすでにオウム真理教事件に見た。

  最近の古田氏とその支援組織の動向もまたそのパターンにはまりこんでしまったようだ。もともと古田氏の論法には子供の集団的イジメに似たところがある。クラスで一人の子供が夕ーゲットに決まれば、その子供を悪者にするためにあらゆる強弁・詭弁が駆使される。イジメのリーダー役はクラスの英雄になり、そのまわりに取り巻きができる。

  ここで学校の教師が大人の分別で叱ればよいが、なまじ子供の自主性を尊重する(つもりで)民主的な(つもりの)教師ほど、イジメのリーダー役の指導力を評価し、そちらに肩入れしてしまったりする。ターゲットが自衛隊員の子だったりすると教師自らイジメを煽動しかねない。

  古田氏もまた、善悪二分法をはじめとする強弁・詭弁によって、他を執拗に攻撃し、そのまわりに取り巻きを作っている。それが一見、イジメに見えないのは、反権威・反権力のポーズを巧みにとっているからである。古田氏の熱心な支持者に人権派弁護士や日教組系教職員がいるのは偶然ではない。

  近年のイジメの深刻化には、高度情報化社会・管理社会への子供の過剰適応が影を落としている。

  一方、古田史学の人気の要因の一つとして、高度情報化社会・管理社会にあえぐ人々には、古田氏の著書を読むことが恰好のストレス解消になったということがある。

  古田武彦氏の読者になるとは、古代のロマンに遊びつつ、古田氏とともに学界の権威をやっつける(気分にだけはなれる)ということである。、

  古田氏の本を読むことで、どれほどの人が、自ら犯罪に走ったり、反社会カルトに入信する危険を免れてきたことだろうか。その社会的貢献は決して小さくないはずだ。

  しかし、古田氏は読者の怨念を浄化するわけではない。その怨念を我が身に集め、学界人士を罵倒することでそれを晴らしているだけだ。

  古田氏が怨念の依代としての任を果たしえなくなった時、古田史学原理主義から反社会カルトが芽生える危険性は弁えておくべきだろう。最近の古田氏および支援組織の動向には、すでにその怨念を制御しきれなくなりつつある徴候が見て取れるのである。

前掲書、293~295ページ


どうやらオイラはC氏を見くびっていたようだ。かなりヤバイ人みたいだな。w

考えてみたら、C氏がK氏のサイトの常連であることを考えてみたら、もっと早く気がついていたはずである。どうもC氏は、K氏や古田さん(さらに言うと、麻原祥晃)のような、ニセモノの「父親」を必要とする人間だったようである。

2008.08.06 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

胡なり!

有名な予言ですね。w


秦の始皇帝は、中国を統一したころから不老不死を求めて、方士を傍に近づけるようになった。あるとき、方士が持ってきた予言書に「秦を滅ぼすものは胡なり」と書かれているのを真に受けて、蒙恬に30万の兵を与えて胡(=異民族。北方の騎馬民族・匈奴のこと)を討たせて安心した。

始皇帝の長男・扶蘇は、聡明で知られ、父や多くの重臣達から将来を嘱望されていた。しかし、父の行った焚書坑儒に諫言したため怒りを買い、匈奴に対する国境警備の監督を命じられ、僻地の蒙恬の駐屯地へ遠ざけられてしまった。

始皇帝が死ぬと、弟・胡亥、丞相・李斯、宦官・趙高の謀略に遭い、後継者を胡亥とし、扶蘇には自害を勧める偽の詔が渡された。蒙恬はそれが偽書であることを看破し、扶蘇に進言したが、彼は「疑うこと自体義に反する」と主張してそれを受け入れず、偽書の命にそのまま従い、自ら命を絶った。

一方、胡亥は、即位前後から趙高の勧めにしたがって、公子高ら兄弟を含む皇族や重臣をつぎつぎと粛清した。彼は、始皇帝の陵墓や阿房宮、万里の長城の建築を急ぎ、匈奴の侵攻に備えるべく大規模な徴兵を行ない、人心の反発を買う。陳勝・呉広の乱をきっかけに、秦に敵対する勢力の蜂起が続き、秦はついに滅亡してしまう。

胡とは、匈奴ではなく、胡亥のことだった。


さて、何のメタファーでしょうか。(爆)

2008.08.06 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

さっそく本領発揮ですか?(爆)

       、z=ニ三三ニヽ、   
      ,,{{彡ニ三ニ三ニミヽ   ..
     }仆ソ'`´''ーー'''""`ヾミi   .
     lミ{   ニ == 二   lミ|    .
.      {ミ| , =、、 ,.=-、 ljハ   
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       `!、 , イ_ _ヘ    l‐'   .
       Y { r=、__ ` j ハ─ ......
.  r‐、 /)へ、`ニニ´ .イ /ヽ  ....
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  l / / /〉、_\_ト、」ヽ!   
  /|   ' /)   | \ | \  ..

麻生氏、「ナチス」に例え民主批判? 本人は否定


リンクがキレてたら…

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2008.08.06 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |