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人間は無意味なものを見ると、それに意味を与えたがる。その滑稽さを笑うブログ記事のはずなんだけど…。

元厚生事務次官殺害事件は、やはり頭のおかしい男の場当たり的な犯行のようだ。ワイドショーでは朝から晩まで、いろんなコメンテーターがこの事件の「意味」を解説しているが、それは無駄である。「犬の仇討ち」というシュールな動機も、本当かどうかはわからない。むしろ統合失調症のような疾患を疑ったほうがいいだろう。
   (中略)
犯罪に過剰な意味づけを行なう傾向は、私の印象ではオウム事件のころから顕著になってきたと思う。カルトというのは集団的な精神病で、それが犯罪を引き起こすのもありふれた現象だ。それに無理やり「日本社会の病理」とか「安全神話の崩壊」などという意味を与え、破防法まで動員して大騒ぎした。

「意味づけ」の病

なぜか、自ら「統合失調症=精神病」と意味づけをしてしまっている。w


人間は「本能が壊れた生き物」だと指摘したのは、フロイトだったと思う。オイラは、丸山圭三郎氏経由で、そのことを知った。

人間は、コトバを手に入れ、世界を意味づける力を得た。しかし、逆をいえば、コトバを介さなければ、世界を認識できない。コトバは音(シニフィアン)と意味(シニフィエ)とが結びついたものであるから、意味のないもの=コトバにできないものは認識できない。しかし、認識できないものを認識できないままにしておくことは不安だ。その不安ゆえに、人間はすべてのものに意味を与えようとする。これが「意味づけ」の病だ。

だから、「正常」な人間は、「正常」に《壊れている》のだ。(爆)


オモシロイのは(といっては失礼なのだが…)、「正常」に《壊れている》人間が、統合失調症=精神病にかかり、再度壊れると、リアルな現実が迫ってくるそうだ(斉藤環さんの指摘)。

そのリアルな現実は、意味を失っているため、ものすごい不安と苦痛を人間に与える。無意味を生きなければならない不安と苦痛のなかに統合失調症患者はいるというのだ。


オイラの大学時代、友人にKという男がいた。ある教室で授業の開始を待っていたとき、一人の学生が、Kに近づき、「お兄さん、こんにちは」と言った。もちろん、彼はKの弟などではない。

その後も、彼は、不安そうに教室に入ってきては、キョロキョロと何かを探し、Kを見つけると、そばに来て「お兄さん…」と言うのだった。

このことは、Kには耐えられないことだったが、みんな「おい、弟が来たぞ」などと、Kをからかったものだった(ヒドイことをしたと今では反省しているが…)。

その後、彼は、学部のある別のキャンパスに移ったらしく、Kの前に現れることはなくなった。

彼が精神病にかかっていたかどうかは不明なのだが、Kをお兄さんだと妄想していたこと、かれの混乱した行動、不安げな顔つきなどを考えると、その可能性はかなり高いんじゃないかと思う。


ちなみに、下の妹には統合失調症の友人(女性)がおり、上の妹が勤めていた会社にも統合失調症の社員がいた。

前者は、ある男の子と付き合っているという妄想を抱いおり、妹が大学生のころ、失踪事件を起こしている。

後者は、もっと悲惨で、会社の机の上に飛び乗り、自らのズボンのバンドをはずして振りまわし、その挙句、バンドが額に当たって出血していたそうだ。結局、休職となったが、その後も会社に現れては支離滅裂の行動をとっていた。


しかし、かの殺人犯には、不安も感じられなければ、支離滅裂の行動を取っているわけでもない。逮捕されたときは堂々としていたし、犯行も計画的で周到に準備されている。

オイラには統合失調症とは思えないのだが…。

2008.11.28 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |