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また太郎が日本語をまちがえたそうです。w

麻生首相、「心ずかい」バレンタインのお返しで


あまりに「当たり前すぎて」なんのインパクトもない。orz


こっちは少しはインパクトがあるかな?

「麻生首相には著書が3冊あります」と笠井信輔が手に持った。「このうち2冊目の『とてつもない日本』がブックランキング1位になりました」。この現象には出版界もびっくりだが、「実は裏に仕掛けがありました」

     (中略)

秋葉原へいって若者に聞いてみると、「麻生さんの本、みんなで買おうっていう書き込みがあった」「買いましたよーとブログに写真を載せる人が沢山いた」という。

笠井アナ「裏に仕掛けが…」 麻生首相本が「1位」

複数枚購入とは、ジャニーズじゃないんだから…。(爆)


『とてつもない日本』といえば、オイラの知っている某書店で平積みになってました。ただし、養老孟司さんの

『バカの壁』



『超バカの壁』

に挟まれてましたが…。

2009.03.14 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(10) |

…という本を読んで、池田信夫氏が丸山眞男について語っています。

丸山が生涯を通じて闘ったのは、彼が晩年の論文「歴史意識の『古層』」で語った日本人の精神的原型だった。それは「つぎつぎに・なりゆく・いきほひ」と要約される、超越的な価値観をもたず、その場のなりゆきに流されやすいニヒリズムである。若いころの丸山は、こうした近代的主体の欠如が戦争になだれこむ原因だったと考え、受動的な「である」ことの倫理に主体的な「する」ことの倫理を対置した。

     (中略)

これは文化的決定論だという批判もあるが、丸山の指摘はウェブ上の言論によく当てはまる。匿名掲示板に見られるのは、主体性が欠如し、空気を読んで多数に同調する古い日本人である。彼らは表の世界では、民主主義とか市場経済などの主体性を原則にした制度を受け入れているが、本当はそういうシステムはきらいなのだ。何かあると「市場原理主義」を攻撃して政府の温情主義を求める人々にも、主体性への嫌悪がみられる。

丸山眞男を読みなおす

前半で書かれていることは、ふつうの丸山眞男理解としても、正しいとされています。つまり、「主体性が欠如し、空気を読んで多数に同調する古い日本人」が、アジア・太平洋戦争になだれこんだ(「引き起こす」は主体的なので「なだれこむ」がふさわしいw)ということです。

後半で書かれていること、ここは池田氏の主張ですが、「古い日本人」と変わらぬ日本人が今でも「ネット・イナゴ」となって主体性を原則にした制度を嫌悪しているというのです。

ところで、このような「主体性のなさ」は、ほんとうに「古い日本人」の特性なのでしょうか? リースマンが『孤独な大衆』で論じているように、むしろ「現代人」の特性ではないのか?と思えるのですが…。

リースマンは、各時代に支配的な社会的性格について、中世では「伝統指向型」が支配的であり、近代初期では幼少期に植えつけられた価値観で行動する「内部指向型」が支配的であるのに対して、現代社会では、他者の行動に注意をはらい、その行動に応じて自己の行動を決定するという「他人指向型」が支配的であると論じています。そのため、現代社会は、社会の均質性は高く見えるが、社会的連帯性はなく、各人の内面には孤独感が潜んでいるのです。

ちなみに、丸山眞男の影響力が強かった時代では、『孤独な大衆』も、「他人指向型」は悪く、「内部指向型」がよいのだ!と理解されていました。「内部指向型」は、親によって幼少期に植えつけられた価値観(これはトラウマとして心に刻み込まれる)にしがみつき、頑固で狂信的だ、とリースマンは言っているのですが…。

丸山眞男が「古い日本人」の特性と考えた「主体性が欠如し、空気を読んで多数に同調する」傾向は、じつは古いものではなく、むしろ新しく形成されたものだったのではないのか?というのがオイラの主張なんです。

2009.03.14 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |