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「五十にして天命を知る」(論語)





井上陽水 / ワカンナイ

2012.09.17 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(2) |

先日(9/15)、NHK土曜ドラマスペシャル「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」の第2回が放送された。

負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~ | NHK土曜ドラマスペシャル

今回は、広田弘毅(佐野史郎)がA級戦犯容疑で裁判にかけられ、妻が自殺した。そして、鳩山一郎(金田明夫)が、日本自由党総裁として首相指名を受ける直前、公職追放となった。ちなみに、このとき鳩山が後任総裁としたのが吉田(渡辺謙)である。


鳩山一郎は、立憲政友会の議員だったが、ロンドン軍縮条約の批准に反対し、民政党の浜口雄幸首相を「統帥権干犯」だと攻撃した。これが浜口首相狙撃事件の遠因となるのだが、事件後傷の癒えない首相に執拗に登院要求を行い、これが原因で首相は死去してしまう。また、斎藤実内閣で文部大臣だったとき、滝川事件(京都帝大の滝川幸辰の刑法学説を右翼が自由主義的だと攻撃した事件)が起きたが、滝川の免職を要求し、拒絶されると、文官分限令により一方的に休職処分とした。

鳩山自身は、自由主義者で軍部の暴走を嫌い、1942年の「翼賛選挙」では、議会主義を守るために、反対の立場から立候補している。だから、軍国主義者ではない。しかし、ライバル政党の党首を追い落とす絶好の機会に直面したり、文部大臣になったりして、調子に乗ってしまったんでしょうね(弟の秀夫と比べられて、“愚兄賢弟”などと言われていたので、その反動もあるかもw)。

ちなみに、統帥権干犯問題も滝川事件も日本史の教科書に載るほどの事件だから、めちゃくちゃ悪目立ち。GHQに軍国主義者とみなされて、あわれ公職追放となってしまった。まあ、彼が首相にならず、吉田が首相になったんで、今の日本があるわけなんで、何と言っていいのかワカンネ。w

ちなみに、彼は、お坊ちゃんだったけど、下々にはウケが(・∀・)イイ!! 番記者に対しても、吉田は横柄たったが、鳩山はお茶を振る舞っていたようだ。

首相となってからは、日ソ国交回復に尽力し、日本の国連加盟を成功させている。また、彼の「改憲論」は、冷戦下での「対米従属」とは異なる道を模索するものであったので、サヨクの人ももっと評価してあげてね。(爆)

2012.09.17 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

先日(9/15)、NHK土曜ドラマスペシャル「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」の第2回が放送された。

負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~ | NHK土曜ドラマスペシャル

今回は、広田弘毅(佐野史郎)がA級戦犯容疑で裁判にかけられ、妻が自殺した。そして、鳩山一郎(金田明夫)が、日本自由党総裁として首相指名を受ける直前、公職追放となった。ちなみに、このとき鳩山が後任総裁としたのが吉田(渡辺謙)である。


広田弘毅は、福岡県の農家の出身で、石材店を経営していた広田家の養子となり、その後、外交官をめざして一高・東京帝大へと進み、外務省に任官した苦労人。外交官時代に幣原喜重郎の「幣原外交」の影響を受け、斎藤実・岡田啓介内閣の外務大臣となると「協和外交」を唱え、対中融和外交を展開した。

しかし、首相となると、のちに日独伊防共協定に発展する日独防共協定を結び、日本をナチス・ドイツに接近させた。また、軍部大臣現役武官制(陸海軍大臣を現役の軍人に限る制度)を復活させたことで、軍部の要求を受け入れない内閣を、軍部大臣を辞任させることで、軍部がつぎつぎと倒せるようになった。その結果、内閣は軍部の対外強硬的な要求を受け入れざるをえなくなり、太平洋戦争に突入することになった。

戦後、A級戦犯として訴追されると、公判では沈黙を貫き、弁護人を通じて「高位の官職にあった期間に起こった事件に対しては喜んで全責任を負うつもりである」という言葉を伝えた。1948年、死刑判決が下り、処刑された。

“ノリ”の近衛さんとちがって、最期が潔かったので、城山三郎の『落日燃ゆ』のように、持ち上げられることが多い。しかし、トラウトマン工作を失敗させた張本人であり、交渉に立ち会った石射猪太郎(いしい いたろう)から「この人が平和主義者であり、国際協調主義者であることに少しも疑いを持たなかったが、軍部と右翼に抵抗力の弱い人だというのが、私の見る広田さんであった」。「広田外務大臣がこれ程御都合主義な、無定見な人物であるとは思わなかった」などと言われている。
*  トラウトマン工作とは、日中戦争の際、近衛内閣が行ったドイツを仲介とした中国国民党政府との和平工作。戦況が日本に有利だったので、要求のハードルをどんどん上げてしまい、結局、交渉を決裂させてしまった。和平が成立していたら、戦争の泥沼化、さらには日米開戦が避けられたのではないか、と言われている。
ちなみに、妻が自殺したのは、ドラマのとおり、自分の父が国粋団体(玄洋社)の幹部であり、それが裁判に影響すると思ったからである。

2012.09.17 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(2) |

先日(9/15)、NHK土曜ドラマスペシャル「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」の第2回が放送された。

負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~ | NHK土曜ドラマスペシャル

今回は、広田弘毅(佐野史郎)がA級戦犯容疑で裁判にかけられ、妻が自殺した。そして、鳩山一郎(金田明夫)が、日本自由党総裁として首相指名を受ける直前、公職追放となった。ちなみに、このとき鳩山が後任総裁としたのが吉田(渡辺謙)である。

じつは、前回(第1回)、近衛文麿(野村萬斎)がA級戦犯容疑で自殺した話があったけど、近衛さんがめちゃくちゃ悲劇の人って描かれていた。でも、実態はそうでもないんだよね。

近衛は、ものすごく期待されて首相になったんだけど、日中戦争(1937~45年)がはじまると、戦争したいのか、したくないのか、イミフな行動が多かった。たとえば、盧溝橋事件の停戦協議が成立したのに、突然、「北支派兵声明」を発表した。その後、「事件不拡大」を主張しながら、軍部に頼まれてもいないのに、軍事予算をつぎつぎと閣議決定した。トラウトマン工作(ドイツを仲介とした和平工作)では、戦況が日本に有利だと、要求のハードルをどんどん上げ、交渉を決裂させてしまう。有名な「爾後國民政府ヲ對手トセズ」の声明はこの直後に出した。このとき和平が成立していたら、戦争の泥沼化、さらには日米開戦にならなかったのではないかと言われている。

その後も、国家総動員体制の確立ため企画院を設置したり、のちに日独伊三国同盟に発展する日独伊防共協定を結んだりした(第1次内閣)。さらに、日独伊三国同盟を締結したり(第2次)、アメリカとの関係を一気に悪化させる南部仏印進駐を行った(第3次)。

第二次世界大戦の前半、ナチス・ドイツの快進撃が続いていたとき、「バスに乗り遅れるな」という言葉が流行った。勝ち馬に乗れ!ってことなんだけど、乗っちゃったんですね。近衛さん…。

しかし、戦後になると、一転、「手記」を発表し、「支那事変の泥沼化と大東亜戦争の開戦の責任はいずれも軍部にあり、天皇も内閣もお飾りに過ぎなかった」と釈明し、重光葵や昭和天皇からも批判されている。また、マッカーサーから憲法改正を頼まれたりしたんだけど、『ニューヨーク・タイムス』に「(ナチスの)ゲーリングに憲法を起草させるのと同じだ」と揶揄された。そうこうしているうちに、A級戦犯として訴追されることが決まり、服毒自殺した。

なんか、近衛さんって“ノリ”で生きてるんだよね。w ナチス・ドイツがウケてると、ヒトラーのちょびヒゲつけてみたり、アメリカに占領されると、マッカーサーに会いに行っちゃったり…。でも、ノリで政治されてもね。国民が困るでしょ。

2012.09.17 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

「東スポ」に載ったよねちゃん(米沢瑠美)の記事。

 AKBを卒業したことにより、米沢は恋愛禁止という鉄のおきてを守らなくてもいい立場になったが、現在の恋愛は?「私にその余裕はないんですね。それ(恋愛)をしているぐらいだったらもっと学びたいことがあって、もっとしたい仕事があって、今は自分の方が大切なんだと思います。AKB時代も(彼氏が)いたことは全然あるので。(恋愛を)表に出してしまったことによってガッカリさせてしまった人がたくさんいるので、今ちょっとその勇気がないですね」

米沢瑠美が語ったAKB時代の恋愛“彼氏はいました”

まあ、そんなところなんでしょうね。フツーに健康だったら…。w

これで激怒してるねら~はホントにキモイなあ。

2012.09.17 | 48/46グループ | トラックバック(0) | コメント(0) |

本日(9/17)未明のNHK「MJ presents 前田敦子卒業スペシャル」のロングインタビューであっちゃん(前田敦子)が発言。


ゆうこ(大島優子)、はるごん(仲川遥香)と同居している!

期間は、東京ドーム・コンサートの前あたりから、9月末まで。

…という内容だった。w

で、あのとき、3人だったってワケなのね。wwwww

2012.09.17 | 48/46グループ | トラックバック(0) | コメント(0) |

昨日(9/15)、NHK土曜ドラマスペシャル「負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~」の第2回が放送された。

負けて、勝つ ~戦後を創った男・吉田茂~ | NHK土曜ドラマスペシャル

この回には、日本国憲法制定の過程が半分くらい登場するのだが、まったく描かれていない話がある。それが題名にある憲法研究会の「憲法草案要綱」だ。

GHQから新憲法制定を命じられた幣原内閣は、憲法問題調査委員会(長は松本烝治)に「憲法改正要綱」(松本案)をつくらせた。しかし、大日本帝国憲法(明治憲法)とほとんど同じで、天皇大権・天皇の不可侵性・天皇の統帥権が含まれていたため、GHQが拒否し、代わりに「マッカーサー草案」を提示した。政府はこれをもとに「憲法改正草案要綱」を作成し、最初の男女平等普通選挙で選ばれた衆議院と貴族院による審議・修正を経て、日本国憲法は制定された。

日本国憲法は、「マッカーサー草案」がもとになっているから、つまりアメリカがつくった憲法だから、改正が必要である、と改憲論者は主張している。

しかし、じつは「マッカーサー草案」は、憲法研究会の「憲法草案要綱」を参考にして、GHQ民政局が作成したものなのだ。この憲法研究会とは、若手の憲法学者やジャーナリストの集まりで、1945年12月に「憲法草案要綱」を作成した。この草案は、天皇を「象徴」とする点など、「マッカーサー草案」への影響が数多く認められる。

あと、帝国議会での修正などは、今後のドラマに登場しそうもないのでここで書いておくが、たとえば、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活を営む権利」などは、「憲法草案要綱」にはあったが、「憲法改正草案要綱」ではなくなっており、議会での修正で日本社会党の申し入れで追加(実際は復活)している。

だから、当時の日本人がマジメに議論してつくった憲法なんだけど、そのあたりの話はスルーされるんだろうな。

2012.09.17 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |