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元ちとせ・坂本龍一 / 死んだ女の子

おはようございます。

今日、8月9日は長崎原爆の日です。

午前11時2分、
市内では鎮魂のサイレンが鳴り響き
お年寄りも子どもも
男性も女性も

みんなが心を一つにして
手を合わせ平和を祈ります。

私たちは戦争と原爆の恐ろしさを
祖父母から教えられています。

小学校高学年では
特別授業で原爆資料館を見学して
平和学習を学びます。

今年もこの日を迎えて
世界平和への誓いを新たに

黙祷します。

長崎出身のアイドルなら、今日(8/9)はこれくらいのことを書く。

オイラは政治家の使う「唯一の被爆国」という言葉がキライだ。だって、ヒバクしたのは、ヒロシマやナガサキの人で、日本人全員がヒバクしたわけではない。また、太平洋や中央アジアの人びとも核保有国の核実験でヒバクしてきたから。あと、先の大戦で迷惑をかけた近隣諸国民に対しての「私たちも犠牲者なんですよ」アピールの言葉にも聞こえるから。

ヒバクシャでなければ、ヒバクのほんとうの恐ろしさや痛みはわからない。しかし、ヒバクシャでなくても、他人の感情を自分の心の中に写しとり、それと同じ感情を自分の中に起こそうとする能力(これをアダム・スミスは“同感”と呼んだ)があるのなら、「唯一の被爆国」の国民たることができるだろう。

しかし、そうでないことは、「唯一の被爆国」の国民が広島平和公園の千羽鶴を焼くという事件で露呈した。ほんとうに「唯一の被爆国」の国民だったら、同感する能力があるのなら、そんなことできないはずだ。

逆を言えば、同感する能力があれば、外国人だってこんな詩を書けるのだ。この詩を書いたのは、ナーズム・ヒクメット(1901~1963)、トルコの詩人だ。この詩を初めて知ったのは、伊藤秀一(著)『解放の世紀』(講談社現代新書、1977年)で、その冒頭に掲げられていた。

スミスは、“同感”する能力によって社会の秩序と繁栄が導かれることを『道徳感情論』で示した。日本人はこの能力を失ってしまったのか? オイラたちに欠けているものが何かをこの詩は示している。

2013.08.09 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) |