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「軍師 官兵衛」でも完全スルーだった鳥取城址のある鳥取市が、こんなキャラを考えていたとは…。

 鳥取城跡のマスコットキャラクター「かつ江(渇え)さん」が、その見た目や名前から波紋を広げている。羽柴(豊臣)秀吉による鳥取城の兵糧攻め「鳥取の渇え殺し」(1581年)に巻き込まれた民衆をイメージし、右手にカエルを持つ女性のイラストで、7日午後に市のホームページ(HP)で公開を始めると9日朝までに6万3000件以上のアクセスがあった。市民から「不快だ」などと批判の声も寄せられ、市教委は同日公開を中止した。

 かつ江さんは、鳥取市教委の公募に市内の男性が応募し次点の優秀賞に選ばれた作品。7日からHPで画像を公開して2次利用も認めたところ、アクセスが急増。一方で「行政が飢餓をちゃかしている」「同じ名前の人もいて不快だ」などの声も。市教委は「飢餓を揶揄(やゆ)しているわけではなく、兵糧攻めを考える上でふさわしいと思い採用した」と説明。今後、イラストはそのままで名前だけを変え公開し直すという。

 また市教委はかつ江さんの名前付きのイラストを使い、鳥取城跡を紹介したパンフレットを既に3000部作製しているが、「このままでは配布できないので対応を考える」としている。【川瀬慎一朗】

鳥取城:飢餓キャラ「かつ江さん」 市民の批判で公開中止

戦国時代の代表的な兵糧攻めといえば、「三木の干殺し、鳥取の渇泣かし(渇え殺し)」なんだけど、「渇え殺し」だから「かつ江」はさすがにマズイだろ。

拒食症予防キャンペーンのキャラとして再利用したら、もっとマズイけどね。

2014.07.10 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(2) |

台風8号が南関東直撃なんだが…。orz



勢力ダウン、スピードアップは、良い兆候だ。

2014.07.10 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

【飛ばし注意】このニュースには驚いた。もちろん放射線治療を拒否したことにだよ。

 音楽家の坂本龍一(62)が中咽頭がんを患っていることをスポーツニッポンが10日付紙面で伝えた。同紙によると、今年6月に喉の違和感を感じ、精密検査を受けたところ7月初めにがんであることが判明したようだ。10日中にも公表し療養生活に入る。療養中は演奏などの活動は休止するが、楽曲創作は続けるという。

     (中略)

 咽頭がんの治療は、手術や抗がん剤などの方法がある。どれを選択するかは不明ではあるものの、同紙によれば、反原発運動の先頭に立ってきた立場から放射線治療を拒否する考えを主治医に伝えているようだ。

 また、今回の報道を受けてネットでは驚きの反応を示しており、大手掲示板ではこの件に関するコメントが多数投稿されている。内容をみると、励ましの声が多くみられるがその一方で、放射線治療拒否との報道に「がん治療と反原発は話が別だろ」「反原発と医療行為の放射線治療とどう関係あるの?」という声も寄せられている。

坂本龍一「咽頭がん」反原発の立場から放射線治療拒否も…ファン「治療と反原発は別」

現在の放射線治療には、リニアック(線形加速器)を用いることが多いので、原発のような核分裂反応をともなうわけではない。だから、「がん治療と反原発は話が別だろ」「反原発と医療行為の放射線治療とどう関係あるの?」の方が正論なんだよね。

反原発をアピールする手段として、放射線治療を拒否するみたいだけど(ただ、スポーツ新聞の報道なので、話を盛ってる可能性はある)、治療者側にしてみたら、「風評被害」だよな。w

てか、ガンが見つかったってことは、X線検査は受けてるってことでしょ。そっちは拒否しないのかな? オイラ、反原発だけど、X線検査を拒否したことはないよ。この前も歯医者でX線画像を撮られたし…。

もしかして、龍一さん、「放射脳」なのか?



変な内容だと思ったら、「飛ばし記事」でしたとさ。

坂本龍一の咽頭がん報道「反原発だから放射線治療拒否」はスポニチの飛ばし記事でした

ちなみに、「飛ばし記事」とは、新聞・雑誌などで、裏付けを取らずに不確かな情報や憶測に基づいて書かれた記事のこと。念のため…。


リンクがキレてたら…

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2014.07.10 | └ 福島第一原発事故 | トラックバック(0) | コメント(0) |

「本能寺の変」の原因の最有力説なのに、「軍師 官兵衛」でも、「歴史秘話ヒストリア」でも、シカトされてたな。w

 明智光秀が主君・織田信長を討った本能寺の変(1582年)の直前、光秀と近しかった土佐の長宗我部元親(ちょうそかべ・もとちか)が、光秀の重臣斎藤利三(としみつ)に送った手紙が見つかった。岡山市の林原美術館と県立博物館が23日、発表した。信長が一方的に変更した四国政策を当初拒んでいた元親が翻意し、受け入れるとした内容で、四国政策をめぐる信長と光秀の確執の解明に役立つ史料だ。

 日本史上最大の謎のひとつ、本能寺の変の動機については、個人的な怨恨(えんこん)説や天下取りへの野望説、黒幕説(室町幕府最後の将軍足利義昭ら)など諸説があるが、近年では信長の四国政策転換で光秀が面目をつぶされたとする説が有力だ。

 県立博物館などによると、信長は当初、元親と友好関係を築き、その四国征服を容認。元親の正室は利三の縁戚にあたるため、光秀が元親との取次(とりつぎ)役(外交官)を担っていたが、その後、四国統一に向け急速に勢力を広げる元親を警戒した信長が政策を変更。変(6月2日)の前、土佐と、阿波の南半分のみの領有を認めると命じられたことに、元親が激怒。光秀は信長と元親の間で板挟み状態になったとされる。

本能寺の変、なぜ起きた 謎に迫る長宗我部書簡見つかる

昨夜(7/9)の「歴史秘話ヒストリア」は黒幕説の検証だった。前将軍・足利義昭とか、朝廷とか、イエズス会とか、結局、どれも黒幕になるだけの証拠はなかった。しかし、みなさん、黒幕説=陰謀論が好きですね。w

「軍師官兵衛」は光秀の誤解説だった。「日の本に王は二人も要らん」という信長の台詞なんだが…。

   信長:オレは世界を目指すぞ
   光秀:天皇に取って代わるのか!

誤解で殺される信長、誤解で破滅する光秀。主観的に見ると悲劇だが、客観的に見るとバカっぽい。wwwww

光秀といえば、小朝さんの「いよいよ光秀があの台詞を言います。STAP細胞はあります!」はオカシかった。(爆)


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2014.07.10 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |