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南堂久史氏が、例によって、まちがった「世界史」知識をドヤ顔で開陳している。

 中世の欧州では、学問というものが存在しなかったし、学問を教える学校というものも存在しなかった。なぜか? そこに存在したのは、ラテン語学校というもので、ラテン語の文法などを教える学校だけだった。

 [前略]文字言語としては、ラテン語だけがあったが、ラテン語を覚えることだけがすべてであり、ラテン語で何かを考えるというようなことはなかった。何かを考えるとしたら、自国の言語で考えるしかないのだが、自国の言語には文字がないので、文字表現が不可能だった《この部分は「文字言語はあったが、学問に関する限りは、ラテン語を主体とするものだった」と修正》

 要するに、中世の欧州では、文字言語が存在しなかったのである。これが決定的に文明を遅らせた原因だった

    [中略]

 ルネッサンス期になると、ラテン語学校の教育から、人文主義の教育へと移行して、学校は学問を教えるようになった。このときようやく、西洋文明が開化した。

なぜ中世アラブは先進国だったか?

おいおい、12~13世紀の「普遍論争」を知らないのか?

「普遍論争」とは、神や普遍という観念が事物に先行して存在するとする「実在論」と、実在するものは個々の事物だけで神とか普遍とかは抽象(名だけ)にすぎないという「唯名論(名目論)」が対立し、アンセルムスらが「実在論」を、アベラール、ウィリアム・オブ・オッカムらが「唯名論」を支持し、論争を繰り広げた。論議は信仰と理性の問題に拡大したが、13世紀にアリストテレス哲学の導入でトマス・アクィナスが解決したとされている。

この論争に登場する人物たちが「ラテン語で何かを考えるというようなことはなかった」とは到底思えない。オイラは、大学の哲学の授業で、アンセルムスが書いた神の存在証明の文章(もちろん日本語に訳したもの)を読まされた。なんか騙されたような気になったが、文章自体はひじょうに論理的だった。少なくとも、まちがった知識で妖しげな記事をつぎつぎと書いているどこかの誰かさんよりはちゃんと考えていると思った。w

この時期は、中世の温暖期(10~14世紀)と重なり、二圃制から三圃制への移行と純粋(地代)荘園の成立など農業生産力が高まり、十字軍の遠征、商業の発展、中世都市の成立、イスラーム世界からの学問の流入などがあった。このため、上記のように、スコラ哲学がさかんになり、大学が誕生し、英雄叙事詩が生み出された。そして、ロマネスク建築様式が完成され、ゴシック建築様式が始められた。これらを総称して「12世紀ルネサンス」という。

西ヨーロッパには、いわゆる「ルネサンス」(14~16世紀)以前にも、この「12世紀ルネサンス」と「カロリング・ルネサンス」(9世紀初め)が存在した。「カロリング・ルネサンス」は、カール大帝の保護・奨励による古代文化復興運動で、イギリスからアルクインがまねかれてラテン語の普及に努め、またローマ風教会建築もさかんとなった。ちなみに、ローマ字の小文字がつくられたのはこのとき。

「カロリング・ルネサンス」や「12世紀ルネサンス」が高校「世界史」の教科書に載るようになったのは比較的新しいが、「普遍論争」なんて、オイラが高校生のとき(35年くらい前)には、すでに教えられていたぞ。南堂ちゃんは「世界史」の時間は寝ていたのかな。w

2014.10.29 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



…になっていた昨夜(10/28)の「AKBINGO」のもりぽ(森保まどか)。w

透明のアクリルに口紅を唇に塗って絵を描き、それを当てるというゲーム。《鼻が高すぎて絵が描きにくそう》という前評判どおり、なつ(松岡菜摘)は2つしか当てられなかった。鼻に口紅がついた段階で線が二重になる(アゴで三重)。w

末摘花の君は、「源氏物語」に出てくる女性で、光源氏の愛人の一人なのだが、「髪は素晴らしいが、座高が高く、やせ細っていて顔は青白い、中でも鼻が大きく垂れ下がってゾウのよう、その先は赤くなっているのが酷い有様」などと描かれている。

大和和紀さんの『あさきゆめみし』のこの絵



が有名だ。鼻はすこし似ている。てか、ボス(田中菜津美)の方が似てる。wwwww


その前に変顔を披露するも



支配人(指原莉乃)の命令でNG。wwwww



ちょり(中西智代梨)の仕事を盗ってはイカンというわけで…。w


前回の放送では、この映像



のなつが人気(エロいw)で



AAになった。(爆)

2014.10.29 | ├ まどちゃん(森保まどか) | トラックバック(0) | コメント(0) |