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今日(3/8)、「花燃ゆ」を見てたら、吉田稔麿(瀬戸康史)の家の天井に十文字槍がかけられていた。稔麿は、宝蔵院流槍術を修めており、宝蔵院流槍術は十文字槍を用いる。NHKもなかなか細かい演出をするねぇと感心した。

稔麿は池田屋事件(1864年)で命を落とすが、その最期には諸説ある。池田屋での会合から藩邸に戻り、再び池田屋に行ったら、池田屋は新撰組に囲まれており、奮闘の末、討ち死にした。あるいは、戻る途中で会津藩兵と遭遇し、そこで討ち死にした。さらには、池田屋事件を藩邸に伝えようとしたが、門が開かれなかったので、門前で自刃した。「花燃ゆ」はどの説で行くのかな?w

稔麿は、高杉晋作(高良健吾)、久坂玄瑞(東出昌大)、入江九一(要潤)とともに、「松下村塾の四天王」と呼ばれていた。しかし、稔麿は池田屋事件で、久坂と入江は禁門の変(蛤御門の変)で戦死してしまい、残った高杉も維新を待たず結核で病没してしまう。伊藤博文、山縣有朋、品川弥二郎らは明治政府の最高指導者となるが、前原一誠らは、萩の乱を起し、処刑された。

吉田稔麿を演じる瀬戸康史さんは、Eテレ「グレーテルのかまど」のナビゲーターなので、妹が「グレーテルの人」と呼んでいた。w

2015.03.08 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



Baby's on Fire / 電気グルーヴ


>クソみてぇな曲かと思ったらクソの曲だった

wwwww

2015.03.08 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) |

もうどーでも(・∀・)イイ!!ネタなんだけど、貼っとく。w


ゆうこ(大島優子)に似てるな。wwwww

2015.03.08 | ├ HKT48 | トラックバック(0) | コメント(0) |

ジャーナリスト・池上彰さんと、2004年の佐世保小6同級生殺害事件を描いたノンフィクション『謝るならいつでもおいで』の著者・川名壮志さんとの対談。対談全体は、「日経ビジネスオンライン」の会員に登録(登録は無料)しないと、読めません。

川名:1950年から1970年までの20年間が、殺人事件で検挙された少年が3ケタの時代です。少年犯罪が凶悪だったのは、池上さんが20歳になるまでの時代なんですよね。

池上:私は1980年からNHKの社会部記者として、警視庁の捜査一課を担当していました。捜査一課は殺人事件を扱うんだけど、殺人事件のニュースを書いても全国ニュースにならないんです。たいていがローカルニュースで終わる。珍しくないからですよ。

 ところが、だんだん殺人事件が減ってくると、逆に珍しいからニュース価値が上がる。それに加えて、民放のニュース番組やワイドショーが出てきたことが大きいです。

 こういう言い方は語弊があるかもしれないけれど、殺人事件の報道が実は一番ラクなんです。なぜなら、殺人事件が起こると警察が発表してくれるから。現場に行けばパトカーがいて、「絵になる」映像がとれる。リポーターが近所の人にマイクを向けて「怖いですね」と言ってもらえば一丁上がり。安易に数分間の映像ができちゃうわけです。これが捜査二課が扱う汚職事件とかだと、いくら取材しても報道できるか分からないリスクがある。

 今、民放ニュースを見ていると、殺人事件ばかりでしょう? 埋めなければいけないから、東京の局であっても、北海道でも福岡でも殺人事件があれば取り上げて、全国ニュースになってしまう。それを見たら「こんなに治安が悪くなっているのか」と思いますよね。

 少年事件は大人の事件より衝撃的だから、さらに大きな扱いになります。ある場所でAという少年事件が起こると、別のところでBという全く違う少年事件が起こったとき、またAの事件の話が蒸し返される。だから、少年事件が頻繁に起こっているような印象を受ける。それを警察は「体感治安が悪化している」という言い方をしています。

 少年犯罪は厳罰化の方向にあります。「体感治安の悪化」といった実態が伴わない理由で厳罰化に進むのは問題があると私は思っています。

「少年事件は楽に数字を取れる」が招いたこと

少年事件は楽に数字が取れるから、マスコミはそればかり報道したがり、その結果、国民が少年事件は増えている/凶悪化していると思い込み、少年法の重罰化につながる。その結果、少年の社会復帰が妨害され、再犯率が増えているんだから、マスコミの対応はきわめて有害だといえる。

この話の前に出てくる。この部分

川名:「週刊こどもニュース」に出演していたのは小学校高学年から中学生の子どもたちでした。池上さんは11年間、子どもをいわば「定点観測」されていたわけで、子どもは変わったと思いますか?

池上:「週刊こどもニュース」が始まって何年か経ってから、よくそういう質問を受けました。そのたびに私はこう言ったものです。「変わりませんよ」と。

 「子どもは変わった」と皆、言いたがるんですが、子どもは変わっていません。ただし、子どもをめぐるメディア環境は明らかに変わりました。

は、生徒を教えていて、実感する部分だ。少年たちの本質は、自分が少年だった頃とほとんど変わっていないが、環境は変わった。「変わった、変わった」と主張する人は、少年たちと接したことがあるんだろうか?と思ってしまう。

2015.03.08 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |