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この記事のコメント欄で“情弱”がイチャモンつけててワラタ。

  原子力をめぐっても日独の立ち位置の違いが際立った。ドイツは東京電力福島第一原発の事故をきっかけに、2022年に全ての原子力発電所を廃止する方針を決めている。このことを念頭に、ドイツ側のテレビ局、ZDFの記者からは安倍首相に対して、

「日本も多数が脱原発を希望していると聞いている。なぜ、また再稼働を考えているのか。日本は原子力がなければエネルギー供給が成り立たないのか」

という質問が出た。

  安倍首相は、かつては電力供給の3分の1を担っていた原発が震災で停止した結果、化石燃料への依存度が高まっているとした上で、再生可能エネルギーについては、

「全力をあげて発電量を増やす努力をしているが、まだまだわずか」

と指摘。

「私は国民に対して低廉で安定したエネルギーを供給していくという責任を果たしていかなければならない」

として、原子力規制委員会の基準をクリアした原発について

「科学的見地から決めていくが、再稼働していきたいと思っている」

などと従来の見解を繰り返した。

メルケル首相、地域の安定に「自国の過去の総括」の重要性強調 原発問題でも食い違いが

これに対して、「隣国フランスから原発による電力を購入しているドイツが脱原発など笑止」とか、「ドイツは、全エネルギーを再生可能エネルギーで賄っているのか?フランスから安定した原発エネルギーを買っているから再生可能エネルギー政策を気楽にやっていられるんじゃないの?」とか、現実を知らないマヌケがコメントしていた。

実際は以下のとおり。

(2) 原発の半分を停止して以降、輸出がむしろ拡大
ドイツにおける周辺国との間の電力の流れは[中略]、2003年以降は常に外国への流出(輸出)が外国からの流入(輸入)を上回っている。17基あった原子力発電所のうち8基が停止された2011年は周辺国からの輸入が増加し、輸出入の差が一時縮まった。しかし、2012年以降は輸出入の差が大きく広がっている。国内発電量に対する割合は輸出で11.4%、輸入では6.2%であった(2013年)。

ドイツのエネルギー関係データ

原発の半分を停止しても、輸出はむしろ拡大している。

2015.03.10 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |

来日したドイツのメルケル首相は9日、東京都内で講演し、ドイツが戦後、国際社会に受け入れられたのは、過去ときちんと向き合ったため、と述べた。

メルケル首相の来日は2008年以来。

メルケル首相は講演で、ヴァイツゼッカー独大統領(当時)の1985年のスピーチ「過去に目を閉ざす者は、現在に対してもやはり盲目となる」を引用。ドイツは戦後、かつての敵国とどのようにして和解することができたのか、との質問に対して「近隣諸国の温情なしには、不可能だった。ただ、ドイツ側も過去ときちんと向き合った」と述べた。

メルケル独首相が来日講演、「ドイツは過去と向き合った」

ドイツ(ドイツ連邦共和国=西ドイツ)が最初から「過去に向き合う」態度をとっていたわけではない。ナチスの時代はドイツの歴史にとってイレギュラーな出来事ということで、戦後生まれの世代(とくにベビーブーマー世代)にナチス時代について教えなかった。実際には「戦争しなかったらナチス時代も良かった」なんてドイツ人がかなりいた。だから、ナチスは犯罪ってタテマエだけど、ナチス時代に自分たちが何をしたかについて口をつぐんでいた。

とくに、保守層は、自分たちの支持なしにナチスが政権獲得できなかったのは、ドイツの歴史を研究すればすぐわかることなんだけど、知られると困るので若い世代に黙っていた。まあ、共産党の台頭にビビって、ナチを支持しちゃったんだけど…。それがドイツに壊滅的な打撃を与えることとなった。

ドイツ人は1946年に政治映画「身近な殺人者」(監督ヴォルフガング・シュタウテ)で社会に潜むナチ戦犯の存在を示され、55年にはドキュメンタリー映画「夜と霧」(監督アラン・レネ)で虐殺現場の衝撃的な映像を見せられた。63~65年には収容所の実行犯を裁くフランクフルト・アウシュヴィッツ裁判が開かれた。

これらをとおして、若者たちは、親世代がナチスに熱狂して「ハイル・ヒットラー!」って叫んでいるのを見た。若者たちは驚愕しただろう。犯罪者のはずのナチスに親世代が熱狂してんだから…。学生運動がさかんな時代だったんで、それに燃料を投下した形になった。また不人気だったキリスト教民主同盟・社会同盟政権(CDU・CSU)が倒れ、ドイツ社会民主党(SPD)が自由民主党(FDP)との連立政権を樹立した。

この政権の首班となったブラントは、ドイツ民主共和国(東ドイツ)を承認し、東部国境の変更(東ドイツとポーランドとのオーデル・ナイセ線)を認め、第二次世界大戦で侵略したポーランドに謝罪し、ワルシャワ・ゲットーの慰霊碑に跪いた。その後、双方が同意できる歴史教科書をつくるなど、「過去に向き合う」って政策が始まった。

その後、CDU・CSUが政権に返り咲いたが、「過去に向き合う」政策は維持された。

日本は、ドイツと異なり、「過去に向き合う」ことをスルーできた。そもそも先の大戦は、誰かが強い意志をもって始めたわけではなく、ヘンな空気のなかでなんとなく戦争へと突き進むというオカシナものだった。東京裁判の被告たちも、何で自分が戦争全体の責任を負わされているか、よくわからなかったくらいだ。だから「過去に向き合う」なんて、左翼が言ってる「たわごと」くらいにしか思ってこなかった。

戦後の国際情勢も日本に甘かった。アメリカは、冷戦のなか、日本の保守派を利用しようとした。韓国は、民主化運動を潰して成立した軍事政権(パク・チョンヒ政権)だったので、日本からの承認が欲しかった。中国も、中ソ対立があるので、日本との関係を重視した。

冷戦が終わると、韓国・中国は、もはや日本に気を遣う必要もないし、それぞれ経済力がついてきたので、いままで黙っていたことを言い始めたわけだが、それに日本は反発した。まあ、「過去に向き合う」ことをしていないので、過去を知らず、なんか理不尽な攻撃を受けているような気分になったわけだ。

そうした気分を背景に成立した安倍政権だが、あまりに勇ましいことを言うので、西側先進国もすこし心配になってきたわけだ。そんなかで、今回、ドイツのメルケル首相が来日したわけだ。

ドイツは、「過去に向き合う」ことをスルーできなかったので、それを国是とした。結果、ドイツは、近隣諸国の非難を受けずに、ヨーロッパ連合(EU)という名の「大ドイツ帝国」成立に成功した。かつてヒトラーは、全ヨーロッパを支配し、ドイツ人の「生存権」を獲得しようとした。現在、ヒトラーの夢はEUという名の「大ドイツ帝国」となりつつある。

メルケルは安倍に「オマエも上手くやれよ」ってアドバイスしたんだろうな。w

2015.03.10 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |