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古田武彦さんが亡くなりました。まずは合掌。

 古田武彦さん(ふるた・たけひこ=古代史研究家)が14日死去、89歳。故人の遺志で葬儀は行わない。

 福島県生まれ。東北大で日本思想史を学んだ後、高校教諭などを経て昭和薬科大教授に着任。当初、親鸞の研究で知られたが、邪馬台国問題に強い関心を持ち、「魏志倭人伝」に記された国名は「邪馬台(たい)国」ではなく「邪馬壹(いち)国」と主張。九州説の立場で70年代以降、「『邪馬台国』はなかった」、「失われた九州王朝」(いずれも朝日新聞社刊)などの著作を次々と発表した。

古代史研究家の古田武彦さん死去 「邪馬壹国」と主張

とはいうものの、オイラ、このブログで「古田トンデモ武彦」などと書いておりました。だって『東日流外三郡誌』(←「つがるそとさんぐんし」と読む)で有名なトンデモさんだったんだもん。

記事にある“邪馬壹(壱)国”問題も、大庭脩さんによると、『後漢書』など『三国志』を参考にして書かれたすべての文献に“邪馬臺(台)国”とあることから、“邪馬壹(壱)国”は“邪馬臺(台)国”の誤写であろうということです。現在の『三国志』は宋の時代に印刷物となっていますが、それ以前は筆写されてきたので、その過程で“邪馬臺(台)国”が“邪馬壹(壱)国”と誤写されたのです。

幻想の短里説

今は亡き「某Ayuファンサイト」に出入りしていたC氏が、同じくAyuファンのK氏が主催する“風になっちゃう”サイトの掲示板で、「邪馬台国九州説」を唱えていて、彼の説だと思っていたら、古田さんの説だった。←というオチもありました。

邪馬台国論争(6)

C氏は、「邪馬台国大和説」を唱える人はすべて「皇国史観」の信奉者、というノリなので、まったくついていけません。オイラも「皇国史観」の信奉者だったのか?w そうでない人をいっぱい知ってるんだが…。

あと、魏と西晋では「短里(1里=76m)」を用いていた、という珍説も唱えていたな。←これも古田さん譲り。しかし、『三国志』を読むと、他の部分では「短里」なんて使っていないことがわかってしまう(魏の1里=432m)。

幻想の短里説

いま思うと、「南京事件はなかった」とか、「従軍慰安婦は売春婦だ」とか書いてる、ネトウヨとC氏があまり違わないことに驚く。どんなに証拠出して説明しても、「中華の手先」とか、「キムチ臭い」とか言って、聞く耳をもたないところが…。

「古田氏の本を読むことで、どれほどの人が、自ら犯罪に走ったり、反社会カルトに入信する危険を免れてきたことだろうか。その社会的貢献は決して小さくないはずだ」という原田実さん(古田さんの元弟子)の指摘が当てはまっちゃうんだよね。

古田史学擁護の心理と病理

古田信奉者は、ネトウヨや在特会より、いくらかマシかな?w

2015.10.17 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |

べつのテンプレートにしたら、ツイートが表示できなかったり、動画が乱れたりして、使いものにならなかった。しばらく、このままにします。orz

2015.10.17 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |