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オオカミ少年の話についていろいろ議論があるようだ。

 「狼が来た」と嘘をついて騒ぎを起こす悪戯を繰り返した少年が、本当に狼が来た時に信用されなかったという寓話がある。これは、嘘をつくと信用されなくなるという教訓だと解釈されているが、その解釈こそ嘘だという指摘が、昔からされている。


 ほんとうの意味は、狡猾な者は簡単に姿を見せないということだ。狼は気づかれないように接近して来て、これに気づいた者がいても怖れて見て見ぬふりをする。

 ところが、子供は正直なので「王様は裸だ」という話と同様に声を出す。しかし、これを襲って殺せば、口封じどころかむしろ狼が来たことを証明してしまうので、叫ぶままにさせる。そして、他の者には姿を見せないようにする。

 そうすると、ごく一部の正直者が声をあげるだけで、他の者たちは気づかないか、気づいていても怖くて黙っている。そのために、声をあげた者は嘘つきだとして信用されなくなる。こうして皆を油断させたうえで襲撃する意図である。だから、狡猾な者は簡単に姿を見せないものなので注意しなければならない。


 こう解釈したほうが「社会派」であり、寓話とか訓話として意味がある。悪戯のつもりで嘘をついたら信用されなくなってしまうというのでは単純すぎるし、いかにも子供むけである。

オオカミ少年の寓話の真意

いかにもオモシロイ解釈だが、イソップ寓話集の題名が「悪戯をする羊飼」で、「ウソツキは本当のことを言っても信じてもらえない」という解釈まで載っている。

悪戯をする羊飼

 羊飼が彼の羊の群を或る村からずっと遠くへ追って行くとき、このような悪戯をいつもやったものです。つまり、大声で助けを村人たちに求めて、狼どもが羊たちを襲ったと言ったのです。二度三度村のひとたちは驚いて飛び出して来て、その後で笑われて立ち去ったものですが、とうとう本当に狼たちがやって来るようなことになりました。狼どもは羊たちを引き裂き、羊飼は助けを求めて村の人たちを呼びましたが、村の人たちはまたいつものように彼が悪戯をしているのだと考えて、あまり気にかけませんでした。こうして彼は羊の群を失うことになりました。

 この話は、嘘吐きの得るところは、本当のことを言う時でも信ぜられないということである、ということを明らかにしています。

(イソップ寓話集 岩波文庫 山本光雄訳)

やっぱりウソをつくと信用されなくなるという解釈の方が正しいのだ。

この話、日本では、少年もオオカミに食べられてしまうという結末で語られることが多い。しかし、上記のとおり、羊が食べられてしまう話なので、かなり話を盛っている。ホントはBカップなのに、Dカップくらい盛っている。w

なかには、

 少年の悲鳴は村じゅうに響き渡り、あとには無残に食いちぎられた、誰とも判別のつかない肉のかたまりが転がっていました。

童話ってホントは残酷」という本の嘘について

なんていう残酷シーンも描かれていたりする。これは盛りすぎて、Fカップぐらいだな。w

…というわけで、日本人はオオカミ少年の話が大好きなのではないかと思ってしまう今日この頃だ。

2016.02.20 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |