筒井康隆氏がブログ記事で

 長嶺大使がまた韓国へ行く。慰安婦像を容認したことになってしまった。あの少女は可愛いから、皆で前まで行って射精し、ザーメンまみれにして来よう。

二〇一七年四月四日(火)|偽文士日碌

って書いて騒ぎになっていることは知っていたが、それに古谷経衡氏が反論している。

筒井氏は慰安婦像を性的表現で揶揄することによって、「慰安婦問題とはかく論じられるべきである」という同調の雰囲気を皮肉ったのであり、それを無知蒙昧なネット右翼や右傾化の文脈に絡めて批判すること自体、筒井文学のもつ批判精神から最も遠いと言わざるを得ない。筒井氏は慰安婦問題の是非を論じたのではなく、「性に関する歴史的問題」すら相対化して笑うのだ、という氏が従前から貫いてきた批判精神や道徳への懐疑を開陳したまでの事であり、それは繰り返すように、筒井氏がその作家時代の前半で盛んに開陳してきた、いわば筒井文学の根底を成すものであり、特段驚くにはあたらないのである。

筒井康隆氏の「慰安婦像ツイート炎上事件」をどう捉えるべきか?

かつてオイラは、「農協月へ行く」を読むと中国人観光客を笑えないとか、「最高級有機質肥料」ほどクソな話はないとか、七瀬三部作のうち『エディプスの恋人』は作品としてダメだなどと、いろいろ感想が言えるほど、筒井作品を読んでいた。だから、古谷氏の批判は、「筒井文学」なんて書いてることや、笑って…いいのか…なぁ?って点はともかく、まあ当たらずとも遠からずとは思っている。

しかし、オイラは、かつて友人のツツイヲタ(古谷氏は「ツツイスト」なんて書いているが、そんなもんじゃないw)があまりにウザかったので、筒井作品を読むのをやめてしまった経験があり、古谷氏は1982年生れなのだが、その年が奇しくもオイラが筒井作品を読むのをやめた年だったのだ。

大学時代の友人にS君という人がいて、そのS君は、オイラが筒井作品に詳しいことを知ると、やたらとそのことについて話したがった。まあ、最初の頃は彼につき合っていたのだが、あまりにしつこいので、いささか面倒くさくなり、「もうやめてくれ!」と言ったことがあった。それ以来、S君と筒井作品について話すのが嫌なので、筒井作品を読まなくなってしまった。べつに彼と絶交したわけでないので、今でも年賀状を交わす関係は保っている。

考えて欲しいのだが、オイラが、ガチの欅ヲタであったとしても、家族・友人・生徒に欅ちゃんの話ばっかりしたら、一部を除いて、「やめて!」「いいかげんにしろ!」「ちゃんと授業をしてください!」と嫌われるだろう。この手のヲタはそれがわかってないんじゃないのか?と思ってしまうことがある。古谷氏がそうだと言っているわけではないが…。

しかし、筒井作品について熱心に語る人、とくに「筒井文学」なんて書いている人がいると、その内容が正しかったとしても、S君のことを思い出し、ウザイんじゃないかと、ついつい引いてしまうのだ。w

2017.04.10 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |


似顔絵会とはオモシロイことを考えたもんだ。w

【欅坂46】本日4/9開催 スペシャルイベント「似顔絵会」まとめ。注目の佐藤詩織が描いた似顔絵はガチすぎるのかTwitterにアップしているヲタを見つけられないと管理人の中で話題に

ふだんからマンガを描いてブログにアップしている長沢くん(長沢菜々香)の似顔絵が上手い。

ちなみに、美大生さとしくん(佐藤詩織)の似顔絵はリアルすぎてヤバイ。w



2017.04.10 | ├ 欅坂46 | トラックバック(0) | コメント(0) |


よく意外って言われるけど
そうやってアピールしてくれるの
めっちゃ嬉しいよ
(昔は授業参観みたいな気持ちになるから
ほんのちょっと恥ずかしかった 笑)

だから私もピースして!や
指さして!等のうちわにも
沢山反応していきたいなって思ってます

4月9日, 22:32

昨日は横須賀でライブ。まどちゃん(森保まどか)は、ライブでもっとアピールして欲しいとのこと。

2017.04.10 | ├ もりぽ(森保まどか)推し | トラックバック(0) | コメント(0) |

グロービス経営大学院教員の森生明氏が「豊洲移転問題に見るファイナンス・リテラシーの壁」という記事を書いている。

ファイナンスを学ぶ際、例えばグロービス経営大学院ではケーススタディを通じて「油田発掘プロジェクトAは初期投資が少ないが埋蔵量も少なく、Bはその逆。どちらを採用すべきか」「A社はX社を買収すべきか、それとも設備投資を増やして自力成長を目指すべきか」「A社は自社生産を外部アウトソースに切り替えるべきか」という意思決定の訓練を繰り返し行います。それらの分析の王道(というか唯一の判断基準)は、「それぞれの計画案の総投資額とそのプロジェクトが将来にわたって生み出すキャッシュフローの正味現在価値(Net Present Value, NPV)を計算して、NPVの高い方のプロジェクトを選択する」という方法です。

築地市場に投資して再整備するか、豊洲へ移転するか、という問いは上記のケーススタディの応用事例にすぎません(公共事業なのでどちらのNPVもマイナス、どちらがより小さいか、となるかもしれませんが)。

この基本動作を行なっていたのなら、石原元都知事は当時の比較分析資料を開示して、客観的合理的に移転判断をした、と言えば済む話です。さらに、もし豊洲移転案のNPVが築地に留まる案のNPVを数百億円単位で上回るという結果なら、たとえ土壌汚染費用が当時の前提値より数百億円余計にかかったとしても豊洲移転は正しい判断だと突っぱねることができます。

このように、プロジェクトが生み出す将来キャッシュフローの見通しを立て、全てを数値化して比較検討する、というアプローチは欧米では当たり前です。なぜなら行政であれ経営者であれ、そうすることが「説明責任を果たす」上で最も有効であることをわかっているからです。

戦略や計画を数字にして示し、意思決定プロセスを透明化し、説明責任を果たす」、これがファイナンスという学問の担う役割です。そして、説明する側も説明を受ける側もそのツールを理解し共有していることが、「ファイナンス・リテラシー」といわれる意思決定のための基本インフラなのです。

豊洲移転問題に見るファイナンス・リテラシーの壁

4月8日(土)に、市場問題プロジェクトチームの一部メンバーが、築地建て替え案を市場関係者に提示したものの、その一部しか参加してもらえなかった。そこで示された「豊洲移転案」が、あいかわらず、減価償却費を含む「損益計算書」をつくり、「60年間の累積赤字額 約11,420億円」という《豊洲に行ったらたいへんですよ!》的なものだった。



逆に、豊洲建て替え案は、さんざん検討して「やっぱり、できない」と判断されたのに、《簡単に安くできますよ!》的なものだった。

前者については、

サンクコストはお金の出ていかない費用

で批判していたが、森生氏のように、《プロジェクトが生み出す将来キャッシュフローの見通しを立て、全てを数値化して比較検討する》ことを希望する。そのためにも、将来の「損益計算書」だけでなく、将来の「キャッシュフロー計算書」も作成し、キャッシュアウトフロー(CF-OUT)の現在価値とキャッシュインフロー(CF-IN)の現在価値とを比較して欲しいのだ。これを築地建て替え案と豊洲移転案でそれぞれ作成し、比較検討すれば良いだけなのだ。

2017.04.10 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |