最近、ロヒンギャ問題があつかわれているので、調べてみた。

皆さんはロヒンギャという名前をご存知でしょうか。ミャンマーで迫害を受けているとされる少数派の人々です。国連は人権侵害の実態を調べるために8月に調査団の派遣を計画していましたが、ミャンマー政府は迫害の事実はないとして受入れを拒んでいます。

両者の溝が深まる中、アナン元国連事務総長が、今夜記者会見し、「対応が遅れれば不安定化を増す」と警告しました。かつて民主化運動の指導者として国際社会の後押しを受けたアウン・サン・スー・チー国家顧問は今強い批判にさらされ、人権侵害に対する疑惑を払拭することができるか試練に立たされています。

     (中略)

ロヒンギャはミャンマーの西部、バングラデシュと国境を接するラカイン州に住むイスラム教徒の総称で、その数は110万人前後と言われます。国民の9割を仏教徒が占めるミャンマーでは宗教的にも少数派で、ロヒンギャの名前が使われるようになったのは1950年ころからです。かつてはイスラム教徒は仏教徒と共存していましたが、その後対立が深まり、第2次世界大戦では激しい戦闘となりました。

1982年、ミャンマー政府はロヒンギャをバングラデシュから不法に入国した外国人だとして国籍を剥奪し、土地を強制収用しました。無国籍者となった住民たちは移動の自由も認められず、軍事政権による迫害から逃れるために次々と国外に避難しました。バングラデシュには数十万人が逃れ、キャンプ暮らしを続けています。また、タイやマレーシアでは過酷な労働を強いられています。

2012年にはロヒンギャ住民と仏教徒の住民の大規模な衝突が起きておよそ200人が死亡、新たに14万とも言われるロヒンギャ住民が家を追われました。

おととしにはタイやマレーシアで、悪質な人身売買の業者によって殺害されたり置き去りにされたりしたと見られるロヒンギャの遺体が数百体見つかり世界に衝撃を与えました。

事態がさらに悪化したのは去年10月です。ロヒンギャの武装集団が警察官を殺害したことを受けて、掃討作戦に乗り出した治安部隊によって、住宅が放火され、数十人の女性が性的暴行を受けたということです。

「ロヒンギャ問題 ミャンマーの民主化と人権侵害」(時論公論)

ミャンマーは多民族国家なのだが、なぜロヒンギャは深刻な人権侵害の状況に置かれているのか。上智大学の根本敬教授は、1)ロヒンギャはミャンマー国民ではないとの意識、2)見かけと宗教がちがう、の2点が原因だと説明している。

二つ理由があります。一つは誰を公認の民族とするかです。ビルマでは135の民族が国家によって公認されています。その基準はイギリスの侵略戦争が始まる1年前の1823年以前から住んでいる、というものです。その段階で住んでいた民族は土着民族として理解されています。しかし、国はロヒンギャを、イギリスが植民地化した過程、もしくはその後に入ってきた人とみなし、国民として認めないという法解釈を持っています。

もう一つは国民の一般的な差別感情です。ロヒンギャは他の民族と比べて顔の彫りが深く、肌の色が黒い人が多い、いわゆるベンガルに住んでいる人たちや中東からきた人のような雰囲気をビルマの人は感じ取るわけですね。さらに宗教は仏教ではなくイスラームであると。そういう人たちにビルマにいてほしくない、少なくとも国民ではない、という差別意識があります。その二つが複合して、少数民族として扱われない厳しい状況になっています。

上智大学・根本敬教授に聞くロヒンギャ問題

根本教授はロヒンギャは3つの層からなっており、1)イギリス植民地化以前から住んでいたムスリム、2)イギリス植民地時代のベンガルからの移民、3)第二次大戦後の混乱期にベンガルから流入した人々、である。

具体的には、三つの層が堆積したと考えるのが合理的です。一層目は、15~18世紀に現在のラカイン州にあたる地域に栄えたアラカン王国にいたムスリムです。アラカン民族の王朝ですが、王宮には役職を持っていたムスリムがいたことが記録に残っています。さらに驚くべきことに、この王国の王は仏教徒ですが、11代目まで対外的にイスラームの王を名乗り、名前を二つ有していました。国内向けの仏教徒の名前と、貿易のためのイスラームの名前を持っていましたから、2つの宗教を状況に合わせて使い分けていたと言えます。今のように仏教徒、イスラームということで対立する雰囲気はなかったと考えられます。その後、アラカン地方がイギリスに植民地化された1826年に国境が開き、ベンガルから大量に移民が入ってきます。そのグループが第二層を形成します。

そして最後の層が、第二次世界大戦後の混乱期にベンガルから入ってきた人たちです。ロヒンギャ民族とは、この三つの堆積したグループの一部が混ざり合ったと考えるのが自然です。イギリス側の資料は第二層から残っています。ロヒンギャという名前ではなくチッタゴニアンズ、つまりチッタゴンからきた人たち、と書かれています。ビルマ国家や国民は、この資料を有利な証拠として使い、「イギリスですら、ロヒンギャという言葉は使っていない。イギリスがベンガルから連れ込んだんだ。土着の民ではない」と言っています。

上智大学・根本敬教授に聞くロヒンギャ問題

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2017.09.10 | ├ 政治ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |



今年は、冬に肥料をあげたので、例年よりは大きく実ったが、一つだけ残してあとはみな落ちてしまった。

落ちた実を、母親が拾ってきて、試しに食べてみた。

甘かった。そんなに甘くはないが、控えめな甘さ。そして、歯触りは、熟れすぎたカキの実に近い。不味くはない。

2017.09.10 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |


握手会ありがとうございました!

初めてのプライベートチャイナ服👍🏼✨

どうですかー??
好評だったら他のコスプレも
チャレンジしちゃおうかな🤔💭

全身写真撮れなかったのが
せっかくなねにもったいないし
気になってたから、急遽道頓堀へ!

撮影してきたから
いい写真いっぱいだよ📷
まだまだあるから楽しみに♪

というわけで明日も大阪で握手。
よろしくお願いします🐙

9月10日, 0:29

道頓堀に出没するチャイナ服着たあやしい女。w


最凶心霊スポットまで200メートル。orz
   ↓   ↓
大阪千日前怪談

2017.09.10 | ├ もりぽ(森保まどか)推し | トラックバック(0) | コメント(0) |