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安冨歩氏の支持者が、アンチにこの動画を示して誤解を解こうとしたが、無駄だった。



「お金はそもそも意味がない」よりもそのあとの方が重要。

「交換を他にする方法があって、いちばんいいのは友だちをつくることです。仲間同士でやっていれば、必要なものをもらって必要なときに助ければいいんです。お互いに助け合えば、友だちをつくれば、お金がなくても大丈夫なんです。それで、友だちとお金は同じ機能をもってるんです。で、お金がたくさんあると、友だちがいらなくなるんです。なので、みんな現代人は友だちがいないんですね。お金がたくさんあるのに…」。

交換が起きるのは、共同体〈内〉ではなく、共同体〈間〉である、というのは、文化人類学者が共通して主張していることで、貨幣=債務論者もそれをよく引用している。貨幣=債務論者が主張する「サンマと春キャベツの交換」なんてまさにそれだ。秋にサンマが取れたら漁師は農民に余ったサンマを分けてあげて、その代わりに春になったら春キャベツを分けてもらう。しかし、これはお互いに信用している相手としかできない。つまり、共同体〈内〉でしか成り立たない。信用できない相手とは物々交換するしかなく、信用できない者同士=共同体〈間〉に交換が発生する。

つまり、お友だち同士=共同体〈内〉ではお金は必要ではない。わが家でも、母の姉妹から野菜や果物がときどき送られてきて、母は自分がつくった洋服を年に何回かプレゼントしている。そこにお金がやり取りされることはない。

ところが、安冨氏のアンチは、このような動画を見ても、そーゆーキモの部分は無視して、交換から貨幣が発生するという主流派と同じ主張を攻撃する。でも、上であげたように、貨幣=債務論者(MMTってそれ!)も、もらってから返すまでの債務感情をもとに論を展開している。そのことに気づいていない。w

2019.07.02 | ├ 経済ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |