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矢崎茂樹[著]『入門!論理学』(中公新書、2006年)という本があって、その中で導出(演繹)と論証のちがいについて論じている。

「演繹」とは、前提を認めたら、必ず結論も認めなければならないような導出のことである。



以下のとおりである。

 前提1 花子はいつもA店かB店で買い物をする。

 前提2 花子は商品Pを買うときには必ず商品Qも一緒に買う。

 前提3 ある日花子は商品Pを買った。

 前提4 この日花子は、A店には行かなかった。

 結 論 この日花子はB店で商品Qを買った。

これに対して、「論証」とは、ある前提からなんらかの結論を導く、その全体をいう。



導出(演繹)としては正しいが、論証としては間違っているものもある。

 前提1 タヌキは有袋類である。

 前提2 有袋類の雌のお腹には袋がある。

 結 論 だから、タヌキの雌のお腹には袋がある。

何がオカシイかというと、前提1の「タヌキは有袋類である」が間違っている。タヌキは有袋類(有袋上目)ではなく、食肉目(イヌ・ネコの仲間)である。

ちなみに、前提2の「有袋類の雌のお腹には袋がある」も、たとえばフクロアリクイは袋(育児嚢 いくじのう)がないので、間違いである。w

以前、紹介した「アルセルムスの神の実在証明」とか、師子角允彬弁護士のNGT48山口真帆襲撃事件にかんする一連のブログ記事などがこれで、

弁護士も「まほ信」

導出(演繹)としては正しいのかもしれないけど、論証としては間違っている。

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2019.12.06 | 48/46グループ | トラックバック(0) | コメント(0) |