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このアンバランスさが(・∀・)イイ!!w

2020.01.09 | ├ まどちゃん(森保まどか) | トラックバック(0) | コメント(0) |

神田川のタヌキの件

神田川のたぬ

で、東京都自然環境部の根来喜和子課長がこの発言

東京都自然環境部・根来喜和子課長「今回に関しては、捕獲の必要はないと考えています。神田川のタヌキは、野生の生き物が屋外空間にいるのは自然な状況。見守るので十分かなと考えています」

転落のタヌキ 川で年越し? 救出求める声 衰弱死も

で叩かれているらしい。




行政が役立たずなら、自分で助けに行ったらどうですか?と言いたい。

海外の紛争を取材に行って人質になったジャーナリストをめちゃくちゃに叩く連中がいるから、勝手に川に入って助けたら、なんて言われるかわからいので、怖くて助けられないのかね。


リンクがキレてたら…

2020.01.09 | └ たぬたぬ(タヌキ) | トラックバック(0) | コメント(0) |

今年の大河の主人公ということで、NHK総合「歴史秘話ヒストリア」で「あらためて知りたい!明智光秀」をやっていた。

■ エピソード1 明智光秀 職業 武士 兼 ○○

最近見つかった古記録「針薬方(しんやくほう)」。そこには明智光秀がある籠城戦に加わり、しかもそのさなか医術を口伝したと書かれていました。実はこれ、特に前半生が謎の人物・光秀について最古の動向を知らせる史料。しかも単に当時の状況だけでなく、光秀「出世」の理由を明かす手がかりにも…!

■ エピソード2 信長 第一の家臣

織田信長が実行した比叡山焼き打ちでは、明智光秀も、敵を「なてきり(なで斬り=大勢を片端から斬る)」すると記した書状を残しています。実は似た者どうしだったかもしれない二人。光秀の知られざる「妹」の働きなども追いながら、光秀が織田家でいちばんの重臣となりえた本当のワケに迫ります。

■ エピソード3 最新研究 本能寺の変

数年前に注目された明智光秀と土佐(高知県)の戦国大名・長宗我部家との書状群から「本能寺の変」の謎が解けるかもしれません。天下統一に向け信長は、四国の雄・長宗我部家との折衝を光秀に任せました。しかし変の直前期、信長が変心!?――光秀を語る上で避けられない本能寺への道程、最新説です。

■ 参考文献

『明智光秀』(早島大祐 NHK出版新書)
『陰謀の日本中世史』(呉座勇一 KADOKAWA〈角川選書〉)
『信長公記』(奥野高広 校注 角川文庫ソフィア)
『織豊期主要人物居所集成』(藤井讓治 編 思文閣出版)
『明智光秀の城郭と合戦』(高橋成計 戎光祥出版)

あらためて知りたい!明智光秀

番組では明らかにされなかったが、「針薬方」は、足利義輝のちに細川藤孝に仕えた米田求政(貞能)に1566(永禄9)年の田中城籠城中に光秀が語ったことが記されている。細川氏が熊本藩主となると、米田氏は家老として仕えた。番組中で「熊本で発見された」とあるのはそのため。

「麒麟がくる」では、マチャアキ(堺正章)が医師・望月東庵、門脇麦が東庵の助手・駒として登場するが、光秀に医術を伝えるためなのだろう。

番組中で光秀の妹で信長の側室と紹介された御ツマキ殿だが、妹なのか、光秀の妻・妻木煕子の近親者なのかは定かでない。また、信長の側室とするのも、興福寺の僧・英俊らが記した「多聞院日記」に「去七日・八日ノ比歟、惟任ノ妹ノ御ツマキ死了、信長一段ノキヨシ也、向州無比類力落也」とあり、「一段ノキヨシ」を「一段の気好し」と解釈した歴史学者・勝俣鎮夫の説に基づくものである。

けっこう重要な人だと思うのだが、「麒麟がくる」の登場人物にないのが謎!w

本能寺の変の原因については、最近有力視されている四国説+上記の御ツマキ殿の死と解釈していた。

1月14日(火)午後3時08分から再放送があるので、見たい人はどうぞ。おススメです。w

2020.01.09 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |