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れいわ新選組の舩後靖彦議員がTBSラジオ「荻上チキ・Session-22」での発言について、訂正と釈明を発表した。

問題の発言は以下のとおり。

  荻上:最後にこの6年間の議員生活に向けての抱負や課題について教えてください。

  舩後:全ては教育にありと考えています。日本の30年前を考えれば、時代も変容し、国際障害者年や障害者自立支援法が生まれ、そして重度障害者が国会議員になった。その時代背景によって変化する事象や慣例もあると思います。全ては教育にあり。私は、10年20年後に未来を創造して、代わる障害者に対する偏見を教育で変えたいと思います。さらに子供の頃から、潜在意識の領域、さらに深く無意識の領域にまで存在する「差別意識」を除外する倫理・道徳教育は必要と考えています。重度訪問介護の不備も喪失した人々の潜在意識の領域ならびに無意識の領域に重度障害者には生産性がないという確定した思いがあるからです。かと言ってその方々を責めているわけでは全くありません。大東亜戦争の日本が弱体化するために GHQ が導入した教育や文化が要因と考えていますが、具体的には掴みきれていません。ところで明らかに研究不足の感があることは否めませんが、今現在インクルーシブ教育を礎土台とするモンテッソーリ教育の2段階以上の教育を、小学校、中学校、高校そして大学に導入すれば良いのではと考えています。モンテッソーリ教育は知的・発達障害の治療教育、弱者とも言える貧困家庭の子供達への教育から発展させてきた教育法であることから、土台とするインクルーシブ教育に好影響をもたらすものと考えています。この事を6年間でやり遂げたいと思っています。

特集「重度障害者の「れいわ新選組」・木村英子議員、舩後靖彦議員に聞く」

訂正と釈明については以下のとおり。

TBSラジオの番組での私の発言について説明をさせていただきたく存じます。
放送の後、皆様から色々なご意見を頂きました。ひとえに私の不勉強ゆえの発言です。

先の大戦について、「大東亜戦争」と呼んだことについては、この言葉が持っている様々な意味について、あまりに無頓着だったということです。これは私の未熟さであると気づきました。

また、「重度障害者には生産性がない」という考えが生まれた原因について、GHQが導入した戦後教育を要因としていると取られるような発言をしたことについて、まず戦前から戦後まで行われてきた優生思想の問題やその名残を第一に要因としてあげるべきであったのに、自分が理解していない、「戦後教育の影響」について発言する事になってしまったことで、私の本意ではない印象を与えてしまうことになってことについて心苦しく思っています。

言い訳になってしまいますが、取材の具体的な内容を当日の朝に頂いてから、急いで読み上げ用の文章を作ってしまったために、文章的にも意味が通らない内容になってしまい、それを読み上げて頂いてしまったというのが実際のところです。昨今、大きく報道されていますが、優生保護法に基づいた不妊手術やハンセン病の患者に対する扱いなど、障害者に対して戦後も一貫して、国が行ってきたことを振り返れば、あまりに不用意な発言だったと反省しています。

私が重度障害者になって20年以上になりますが、自分がその境遇に置かれるまでは、国の障害者施策の歴史についても考えたことはなく、自分が当事者になったあとも、現在の境遇の改善については施設の運営を通じて熱心に関心を持ったものの、過去の国の誤りの根本にあるものについて深く掘り下げて行く機会がありませんでした。

今後は歴史的な国の障害者政策の誤りについても思いを致しながら、現在の障害者の生活環境の改善について、努力していく所存です。どうか、お見守りいただけますようによろしくおねがいします。

令和元年8月20日 舩後靖彦

https://www.facebook.com/yasuhiko.funago/posts/1060136934183565

「障がい者だからウヨではない」とは言えないし、舩後議員の経歴を見ると、このあたりかな?と思えなくもない。
オイラ的にはもっと気になるところがあって、そこは誰もツッコミを入れてない。

  荻上:現在の安倍政権について、舩後さんはどういう風にご覧になってますか?

  舩後:消費税増税はデフレを20年以上長引かせることになっているので全くいただけません。現在 、自民党ホームページにも改革などの左傾化した言葉があるそうですがご存知ですか?総理の祖父の岸元総理は、上司にアカと言われ激怒したそうです。それを知っているはずの安倍総理があえて左傾化した言葉を使うのは勇気あることだと思いますし、その根底には安倍政権が野党に対して柔軟な態度で接するという思いがあるような気がします。もしそうならその点については評価致します。

「改革」が左傾化した言葉っていうのは、どうなんだろう? 小泉純一郎はふつうに「構造改革」って言ってたよね。

ところで、赤で書かれたところは、企画院事件のことなんだけど、チキも気がついてないみたいだ。

企画院事件とは、1939年から1941年にかけて、多数の企画院職員・調査官および関係者が左翼活動の嫌疑により治安維持法違反として検挙・起訴された事件。

この事件の背景として、1940年第2次近衛内閣に提出された「経済新体制確立要綱に関する企画院案」に対し、小林一三商工大臣らの財界人が「赤化思想の産物」と非難したことがあげられる。

企画院に集まった「革新官僚」たちは、所有と経営の分離を主張、企業を国家の統制下に置いて、国家総動員体制を推し進めようとしていた。また、革新官僚の中にはマルクス主義者だった和田博雄や勝間田清一がおり、小林はそれを問題視した。

当時商工次官だった岸信介は、星野直樹を企画院総裁に推薦するなどして、小林と対立。この事件の責任を取らされて次官を解任された。

岸自身は、北一輝と大川周明など国家社会主義的右翼の影響を受け、1939年に満州国総務庁次官として計画経済・統制経済を大胆に取り入れた「産業開発5ヶ年計画」を実施した。

「革新官僚」は、戦争遂行のためとはいえ、借地借家法をつくって借地人や借家人の権利を守ったり、食糧管理法をつくって小作人からコメを直接買い上げて彼らの地位を向上させている(戦後の農地改革はその延長線上にあった)。

岸といえば「60年安保」で反対運動を警官隊を使って弾圧した人物というイメージが強いが、同時に、国民皆保険・国民皆年金・最低賃金制度を実施した(鳩山一郎が打ち出し、石橋湛山が閣議決定と「保守本流」でない勢力が遂行した)。

岸信介は評価が難しい人物である。

2019.08.20 | ├ 政治ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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