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多くの人は死刑にならなかったことを怒っているようだが、オイラ的には殺人罪と強制わいせつ致死罪が同時に成り立っている方がオカシイと思う。

 新潟市西区で昨年5月に下校中の小2女児=当時(7)=が殺害された事件の裁判員裁判で、殺人や強制わいせつ致死の罪などに問われた元会社員小林遼(はるか)被告(25)の判決公判が4日、新潟地裁であり、山崎威裁判長は無期懲役(求刑死刑)を言い渡した。

 新潟地裁は判決理由として、首を絞めた行為については「死なせる危険性が高いと認識していた」と殺意を認定したが、計画性については「当初から殺害しようとしていたわけではない」と認めなかった。

 論告求刑公判で検察側は、「犯行は凄惨(せいさん)の極みだ」として死刑を求刑。弁護側は殺人罪ではなく傷害致死罪にとどまるなどと反論して長くても懲役10年が妥当と主張していた。

 裁判員制度が2009年に開始以降、検察側の死刑求刑は新潟地裁では初めてで、女児を狙った犯行に対し、市民から選ばれた裁判員らがどのような判決を下すかに注目が集まっていた。

 起訴状によると、小林被告は昨年5月、同区のJR越後線脇の路上を1人で歩いていた被害女児に背後から車をぶつけ、車内に連れ込んで首を絞めて殺害。遺体を線路内に遺棄し、電車の往来危険を生じさせたなどとして計七つの罪に問われた。

2019/12/04 16:26
新潟女児殺害、小林被告に無期判決 地裁、殺意は「認定」計画性は「認めず」

判決の要旨が別の記事にあった。

 ▽殺意の有無と意図

 首を絞める行為は人が死ぬ危険性が高いことは子どもでも分かること。被告自身もそのような行為であると分かって行った。女児が死亡する危険性の高い行為である認識は当然あった。

 被告がわいせつ行為をしている間に、一度首を絞めて気絶させた女児が意識を取り戻したので、わいせつ行為を続けるために再び気絶させようと考えたとしても自然なものといえる。2度目の首絞め行為の意図が、女児を気絶させることであったという被告の供述を排斥することはできない。もっともそれを前提としても殺意は肯定される。

 ▽強制わいせつ致死罪が成立するか否か

 殺害行為は、わいせつ行為の直後に同じ場所で行われており、一連の行為と認められるから成立する。

新潟女児殺害事件 判決の要旨

《首を絞める行為は人が死ぬ危険性が高いことは子どもでも分かること。被告自身もそのような行為であると分かって行った》←これなら殺人罪にだけ問えば良いのでは?

《2度目の首絞め行為の意図が、女児を気絶させることであったという被告の供述を排斥することはできない》←これだと、強制わいせつ致死罪は成立しても、殺人罪は成立しないのでは?

殺害行為が《わいせつ行為の直後に同じ場所で行われて》いるから、強制わいせつ致死罪っていうのも変だ。気絶させるために首を絞めたら死んじゃった!が強制わいせつ致死罪ではないのか?

とにかく、強制わいせつ致死罪が余計な判決だと思う。


リンクがキレてたら…
新潟女児殺害事件 判決の要旨

 新潟市西区の女児殺害事件で小林遼被告を無期懲役とした4日の新潟地裁判決の要旨は次の通り。

 【争点に対する判断】

 ▽生前のわいせつ行為の有無

 医師の供述によれば、女児にできた損傷は生前か死後数分内に生じたことが明らかで、生前のわいせつ行為はないとする被告の公判での供述は信用できない。生前のわいせつ行為を認めた捜査段階での供述は、医師の供述により認定できる事実と合っており、信用できる。

 被告が生きている女児にわいせつ行為をした事実は常識に従って間違いがない。

 ▽殺意の有無と意図

 首を絞める行為は人が死ぬ危険性が高いことは子どもでも分かること。被告自身もそのような行為であると分かって行った。女児が死亡する危険性の高い行為である認識は当然あった。

 被告がわいせつ行為をしている間に、一度首を絞めて気絶させた女児が意識を取り戻したので、わいせつ行為を続けるために再び気絶させようと考えたとしても自然なものといえる。2度目の首絞め行為の意図が、女児を気絶させることであったという被告の供述を排斥することはできない。もっともそれを前提としても殺意は肯定される。

 ▽強制わいせつ致死罪が成立するか否か

 殺害行為は、わいせつ行為の直後に同じ場所で行われており、一連の行為と認められるから成立する。

 【量刑の理由】

 ▽死刑選択の在り方

 まれに見る凄惨(せいさん)な事件であり、遺族が先例にとらわれずに、この事件だけの事情を見て刑を判断してほしいという思いを抱くことはもっともである。

 しかし、死刑が究極の刑罰である以上、慎重さと公平性は特に求められるものであり、この考え方を放棄することにより遺族の思いにこたえることは、残念ながらできない。

 少なくとも、これまでの同種の事件と比較して最も犯情が悪質で、生命軽視の態度が甚だしいと判断される必要がある。

 ▽考慮要素について

 殺人の計画性について見ると、被告は女児を気絶させようとして首を絞めたのであって、当初から女児を殺害しようとしていたわけではなく計画性は認められない。

 女児に落ち度はなく、下校途中に連れ去られ、わいせつな行為をされた揚げ句に殺害され、前途ある未来が奪われた。結果は重大である。

 ▽総合的な評価

 被告が殺害の前に2度暴行した上、遺体を線路に置いて電車にひかせた点は悪質だが、殺害行為そのものではなく、わいせつ目的の殺人という同種の事件と比べて特に重く評価すべきものではない。

 生命軽視の態度の甚だしさを計る重要な指標である殺害の計画性がないことは、死刑の選択を否定的にさせる大きな事情である。弱者を狙った無差別的な事件であることは重く評価できる。

 ▽処罰感情について

 遺族の悲痛な思いに対しては裁判員と裁判官全員が深い同情をせざるを得ず、峻烈(しゅんれつ)な処罰感情には、できる限りこたえたいとの思いもある。しかし、死刑を選択するに当たり求められる慎重さと公平性は、刑事裁判の根幹に関わる価値であり、処罰感情を優先させることはできない。

 ▽有期懲役刑と無期懲役刑の選択について

 わいせつ目的の殺人に対しては原則として無期懲役刑を科すべきものといえる。

2019/12/04 22:25

2019.12.04 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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