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…というツイートがあった。



こんなことが書いてあった。

 ◆パプリカの花言葉は「君を忘れない」
 ◆MV投稿日は8月9日(長崎原爆投下日)
 ◆女の子がつけている赤いスカーフ(マント)は防空頭巾?
 ◆長崎「原爆の子の像」や千羽鶴などを彷彿とさせるシーン
 ◆MVに登場する彼岸花

もちろんそれに違和感を感じたからこんな記事を書いているわけだが、まずは、MVの内容をかんたんに説明しよう。
男の子と女の子が、赤いスカーフの子に会い、遊ぶ。



赤いスカーフの子は大人には見えない。



赤いスカーフの子は空を走れる。



男の子と女の子のは成長しても、赤いスカーフの子は成長していない。



赤いスカーフの子が、大人に見えなかったり、空を走ったり、成長していなかったりしているので、「この世の者」ではないことに異論はないが、半ズボンをはいているので、女の子ではないような気がする。かといって、髪の毛は男の子にしては長く、赤いスカーフをしているので、むしろ男の子でも女の子でもない中性的な存在であることを表しているのではないだろうか?

「真っ赤な防空頭巾」っていうのも、防空頭巾が目立つ色だと、機銃掃射の餌食となるので、ダメなのだ。そもそも防空頭巾の意味がわかってない証拠。

長崎説に違和感があるのは、実際に原爆が投下されたのは「浦上」という長崎市の西部で海岸からやや内陸に入った場所である。そして、長崎の海はMVに出てくるような遠浅の海ではない。遠浅でないから、大きな船が出入りでき、港町が発展した。さらにいうと、あんな田舎でもない。

…と思っていたら、米津玄師の祖父母の家があった徳島じゃないのか?と思わせる記事があった。

――Foorinの5人の存在は、どういうインスピレーションになったんでしょうか。

その5人を通して、最終的には自分が5人と同じくらいの年頃のころを思い浮かべて自己投影をしていった感じですね。子供の頃、おじいちゃんおばあちゃんの家が徳島にあって。そこは本当に山の中で。いろんなことを山で教えてもらった気がするんですよね。自分の音楽がどこからやってきたのかを考えたときに、最初にたどり着くのはそこなんです。小学生のときに山で遊び回ったり、川で泳いだりしていた。そういうときの記憶が最初にある。そういうことを、あの5人を見て思い出したんです。

米津玄師、子供たちへの祝福を願った「パプリカ」誕生秘話 2

MVが8月9日に公開されたのも、この日が「長崎原爆の日」だからというよりも、NHK総合「みんなのうた」の「8-9月のうた」に採用され、最初の放送が8月1日であり、それに合わせた公開だったのではないかということ。

ちなみに、彼岸花(曼珠沙華)が咲くのは、秋の彼岸(9月23日の前後)の頃で、お盆(旧盆=8月15日前後)ではない。



海、入道雲、麦わら帽子、風鈴、花火といった8月の要素と、彼岸花という9月の要素があり、まさに「8-9月のうた」に合わせたMVである。

オイラは、ネトウヨじゃないから、反原爆=核兵器反対であるのだが、このMVはさすがに違うだろうと思う。

2020.01.16 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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