FC2ブログ
憑依型演技という発想の背後には、スタニスラフスキー・システムがある。これは、ロシア・ソ連のスタニスラフスキーが提唱した演技理論で、それまでの「形で示す芸術」に対して、「役を生きる芸術」にもとづいている。

この理論では、俳優は「役を生きること、すなわち演じるたびに、役の人物と同様の感情を体験することが必要」となる。わかりやすいのは、『ガラスの仮面』の北島マヤで、村娘を演じたとき、村娘になってしまっているから、いじめで泥団子を出されても、迷わず食べてしまう。これを観客が見たら、村娘がマヤに憑依しているように見えるので、憑依型演技という表現になる。

しかし、これが成り立つには「間主観性の一致」、つまり、自分がある言葉によって表明した考えや事物は、他人も同じ言葉によって表明すると考えていること、が大前提になる。

平田氏らが唱える現代演劇は、「間主観性の一致」は困難という前提に立っている。俳優は、自らが演じる役と、同じように感じ、同じように考え、同じように行動できるわけではない。そういう前提で演技して行かなければならない。

平田氏は「コンテクスト」という概念で「俳優の仕事」を説明している。これは、本来の「文脈」という意味よりも広く、一人ひとりの言語と身体の内容、一人ひとりが使う言語と身体の範囲といった意味である。フランスの社会学者ブルデューの「ハビトゥス」に近い概念だ。

平田氏のいう「俳優の仕事」とは、

  1. 自分のコンテクストの範囲を認識すること。
  2. 目標とするコンテクストの広さの範囲をある程度、明確にすること。
  3. 目標とするコンテクストの広がりに向けて方法論を吟味し、トレーニングを積むこと。

である。

去年の今頃、早川聖来が舞台「スマホを落としただけなのに」で稲葉麻美役を演じていたが、インタビューで、19歳の私が27歳の麻美を演じるのは難しい。10代だってバレたら舞台が崩れてしまうので、そうならないように演じて行きたいって言っていた。それってコンテクストのことだったんだなw

劇団に所属したり、ワークショップに参加すると、こういうことを教えてくれるらしい。ひょんさまや山下美月は知ってるはず。ぜんぜん知らないで、いきなり演技させられたのが長濱ねる。しかもその過程をNHK長崎が放送した。演技の仕事はしたくないだろうなw



せっかく書いたんで貼っとくw

2021.02.26 | >>>早川聖来 | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/13242-d449f5b9