FC2ブログ


今年もあかねん軍曹が3.11について書いていた。

おはようございます。
今日で東日本大震災から丸10年が経ちます。
震災で亡くなられた方々のご冥福をお祈り致しますと共に、被災者の皆様にお見舞い申し上げます。

これまで一度もあの日のことを忘れたことはありませんが、あれから10年と聞くとさすがに時の流れの早さを感じてしまいます。

当時はこれからどうなっていくのか、どんな風に復興に向けて何を頑張っていけばいいのか想像も出来ないくらい未来に不安を抱いてしまったけれど、
この職業に就いてからお仕事を通じて
色んな方々の地道な努力や想いを知っては前に進んで行く姿を沢山見てきました。
震災を経験した時から沢山の人の思いやり、行動に心を打たれることが多く、今でもその時の事は忘れられませんし、その経験で
『人が人を救う』ということを学びました。だから今でもその事を大切にしています。

有難いことに今のアイドルという職業は
私が知らなかったとしても、
この世界の誰かをもしかしたら
どんな形であれ救っているのかもしれない、そう思ったら今まで頑張ってきて良かったなあと心から思えます。

やっと十年、もう十年、されど十年
人々によってこの十年には様々な捉え方があることと思います。
実際、復興がかなり進んだ所もあれば、原発など色んな理由でまだまだ復興作業に時間がかかってしまっていたり支援が必要な場所も多いです。そんな中この2021年はコロナ禍ということもあり色んな事と上手く付き合っていかなくてはならない時代になりました。
そして、今自分は何が出来るんだろうか
いっぱいいっぱい考えるようになりました。
私はどんなに小さな事でも何かに貢献出来る人間でありたいです。

これからもこの記憶を風化しない、させない為にもちゃんと発信し続けたいと思います。
本日14時46分黙祷よろしくお願いします。

2011.3.11

軍曹と久保ちゃんと石森虹花は3人とも宮城県で震災を体験しているんだけど、久保ちゃんよりも、軍曹の方が、軍曹よりも虹花の方が強烈な体験をしている。

守屋茜の震災体験。

東日本大震災から9年(2020年)
東日本大震災(2019年)
軍曹の3月11日(2018年)
末の松山浪こさじ(2017年)

石森虹花の震災体験。

被災体験(2019年)
虹花の3月11日(2018年)
虹花の被災体験(2017年)

軍曹の2017年の記事は、短いが、具体的だ。

9歳の東日本大震災体験

で、久保ちゃんと対談した河北新報の記者の友だちが亡くなったのが、名取川の河口にある閖上で、津波は名取川、広瀬川を遡り、国道4号線まで、軍曹がテニスの練習をしていた場所のすぐ近くまで来ていた。

虹花の2019年と18年の記事は生々しい。とくに、お父さんと津波の被害を受けた街に行ったときの話はトラウマものだ。ちなみに、グループを辞めた段階で彼女のブログ記事はなくなってしまったので、コピペしたものしかない。

2021.03.11 | >>>守屋茜 | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/13284-994e1a91