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昨夜(6/8未明)の「乃木坂スター誕生!」に、鶴久政治が出演し、乃木坂4期生とチェッカーズの「涙のリクエスト」を歌った。


これ、チェッカーズだけじゃなくて、レコ大→紅白組の歌手はパトカーの先導でこうやって行ったんじゃないのか?

チェッカーズは、メインボーカルを藤井郁弥(フミヤ)、サブボーカル(低音)を高杢禎彦、サブボーカル(高音)を鶴久政治が、リーダーでギターを武内享、ベースを大土井裕二、サックスを藤井尚之(郁弥の弟)、ドラムを徳永善也が担当した。

シングルは、「ギザギザハートの子守唄」(1983年9月)、「涙のリクエスト」(1984年1月)、「哀しくてジェラシー」(1984年5月)の順で発売されたが、「涙のリクエスト」が先に売れ、結果的に3曲が同時にベストテン入りとなった。

前期(1983~86年上半期)は、売野雅勇と康珍化が作詞、芹澤廣明が作曲した歌をうたうアイドル路線であった。中期(1986年下半期~89年)になると、郁弥が作詞、尚之、鶴久らが作曲するオリジナル化とメンバーのソロ活動が並行した。後期(1990~92年)になると、メンバーが次々と結婚し、解散となった。

解散には、郁弥、武内、大土井、尚之が賛成し、高杢、鶴久、徳永が反対した。このため、賛成派の4人が所属していた芸能事務所を退所し、反対派の3人が残ることとなった。

高杢は、2003年6月に出版した『チェッカーズ』で、解散の原因は郁弥のワガママと書いたことから確執が明らかになった。

翌2004年8月に徳永が舌がんが原因で亡くなると、郁弥、武内、大土井、尚之が発起人となり、「送る会」をつくるが、高杢、鶴久はそこに加えてもらえなかった。

確執の背景は下の記事にくわしい。ただし、高杢のガン告白本とあるのはマチガイ。

チェッカーズの確執について。

鶴久は、2015年11月放送の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」で「解散することを知らされていなかった。誰からも知らされず、決定事項として教えられた」と発言していた(これは見たw)が、事務所の人が間に入って話し合ったと『サイゾー』(2004年12月号)で本人が語っていたので、これはウソだろうと言われている。

いずれにしても、郁弥 vs.高杢の確執に巻き込まれ、気がついたら「高杢派」と見なされ、「送る会」への参加が許されなかった(参列は許された)のは哀れだ。

だから、「乃木坂スター誕生!」に鶴久が出てきたとき、めっちゃ笑えたんだが、若い乃木ヲタはそんな話を知らないから、オモシロクないんだろうなw

2021.06.08 | >>乃木坂46 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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