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正確な年月日は記憶していないが、高校生の頃(40年以上前)、西ヶ谷恭弘[著]『関東の名城』(秋田書店、1973年)を読んで、河越館と川越城を見に行ったことがあった。

東武東上線 霞が関駅で降り、河越館跡の常楽寺を見て、沈下橋で入間川を渡り、川越城に行く予定だった。ところが、川越の市街地に入ったら急に耳が痛くなり、急いで家に帰り、病院に行ったら中耳炎になっていた。

途中で渡った沈下橋の風景が今でも記憶に残っている。初夏だったので、河川敷にはレンゲソウの花が咲き誇り、沈下橋なのでさほど高くない橋を歩いて渡って行った。

その記憶が正しかったのか確かめたくなって、2008年5月6日(火)、振替休日で授業がなかったので、川越館を見に行った。
最初に書いてしまうが、1980年の航空写真には右下に入間川にかかる沈下橋が写っているが…



現在の航空写真では、沈下橋は無く、代わりに普通の橋(川越橋)がかかっている。



つまり、あの風景はすでに失われていたのだ。


河越館全体図



常楽寺の西、ゴルフ練習場(これも今はない)敷地内に残る西側の土塁跡



東に常楽寺



西側の土塁跡(北に進む)











北から見た西側の土塁跡



西から見た北側の土塁跡



「河越館跡」の碑(後は西側の土塁)



東から見た北側の土塁跡




常楽寺表門東の「河越館跡」碑



常楽寺表門



常楽寺山門



本堂



河越重頼、源義経、重頼娘(義経正室)の供養塔



左から、河越重頼娘(源義経正室)、河越重頼、源義経の供養塔



供養塔建立の碑



常楽寺内には、小田原城の戦いで自刃した大道寺政繁の供養塔もある。



しかし、撮影するのを忘れていた。

2024.02.16 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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