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同じ歳だったな。

連続幼女誘拐殺人 宮崎勤死刑囚らの死刑を執行

コイツの死刑にとくに感想はないが、同じ時代を生きてきたことは事実。


リンクがキレてたら…
連続幼女誘拐殺人 宮崎勤死刑囚らの死刑を執行

2008年6月17日12時38分

 法務省は17日、88~89年にかけて東京や埼玉で起きた連続幼女誘拐殺人事件の宮崎勤死刑囚(45)について、東京拘置所で死刑を執行したと発表した。幼い子が標的にされ、被害者宅に遺骨が届けられるなどした衝撃的な事件は、発生から20年を経て刑が執行された。

 宮崎死刑囚のほか、2人の死刑も同日執行された。死刑執行は、鳩山法相が昨年8月に就任して以来、昨年12月の3人、今年2月の3人、4月の4人に続いて4回目で、計13人。鳩山法相は2カ月に1度の間隔で執行命令を出し続けている。止まっていた執行が93年に再開されて以降、1人の法相のもとでの執行としては長勢前法相の10人を上回り、最多となった。鳩山法相は執行が2カ月に1度のペースで進んでいることについて「粛々と執行させていただいている。その結果が、たまたま何カ月おきという議論だ」と述べた。

 宮崎死刑囚は(1)88年8月、埼玉県入間市で4歳の女児を車で誘拐し、山林で絞殺(2)88年10月、同県飯能市で7歳の女児を誘拐し、山林で絞殺(3)88年12月、同県川越市で4歳の女児を誘拐し、山林で絞殺(4)89年6月、東京都江東区で5歳の女児を誘拐し、直後に車内で絞殺(5)89年7月、東京都八王子市で6歳の女児を裸にした(年齢は当時)。

 宮崎死刑囚は当初から殺害などの事実は認めていたが、公判に入って「もう1人の自分が現れた」などと述べるようになり、刑事責任能力の有無が最大の争点となった。一審段階の鑑定は、責任能力を完全に認めるものから限定的とするものまで3通りに分かれた。

 97年4月の東京地裁判決は、「人格障害の範囲だった」とする鑑定を採用。責任能力があったと認定して死刑を言い渡した。二審・東京高裁も01年6月に完全な責任能力があったと認めた。06年1月に最高裁が「性的欲求を満たすための犯行だ」と述べて被告側の上告を棄却する判決を言い渡し、同年2月に死刑が確定した。

 法務省によると、ほかに執行されたのは、東京拘置所の陸田(むつだ)真志死刑囚(37)と大阪拘置所の山崎義雄死刑囚(73)。

 陸田死刑囚は95年12月、兄と共謀し、勤めていた都内の風俗店事務所で店長(当時33)と経営者(当時32)をナイフで刺すなどして殺害し、財布を奪った。2人の遺体をコンクリート詰めにし、茨城県の鹿島港に捨てた。

 山崎死刑囚は85年11月、共犯の男と共謀し、知人の仙台市の主婦(当時49)を絞殺し、自殺に見せかけて保険金約700万円を受け取った。90年3月、別の男とともに、保険金目的で香川県の男性(当時48)の頭を鉄亜鈴で殴るなどして殺害し、遺体を高知県内に遺棄した。

 死刑確定から執行までの期間は、宮崎死刑囚が2年4カ月、陸田死刑囚は2年8カ月、山崎死刑囚も3年4カ月となっており、「約8年」といわれてきた期間が大幅に短縮されたことになる。

     ◇

 〈連続幼女誘拐殺人事件〉88~89年、東京や埼玉で女児4人が相次いで誘拐、殺害された事件。捜査が進展しない中、被害女児宅に「鑑定」などと書かれた段ボール箱が届いた数日後、マスコミには「今田勇子」の名で告白文と題する犯行声明が届いた。89年7月23日、宮崎勤死刑囚が強制わいせつの疑いで現行犯逮捕された。06年2月、死刑が確定した。

2008.06.17 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |

彼の死刑の是非は置く。

ただ、(すでに言われていることらしいけど)秋葉原の事件を受けての、早速の「見せしめ」効果を狙った「執行」と受け取られても全然おかしくないタイミングなあたりを「うさん臭い」と思うのは全く自然な感受性と思います。

何か、最近の「正論」って、ものごと割り切り過ぎて自分もその被害者になる可能性を考えてもいない気がする。

そこで政府の政策(あるいはポピュリズム的世論)の支持をしても誰もそのぶん自分たちを助けても援護してもくれないよ.....といいますか。

「私は『あいつ』のような人間ではない」という論理よりも、

「自分の中にも『あいつ』と同じようなところがある」

という感覚がある人間の方が,結局は強い気がしてね。

かつて、あの事件が「おたく批判」になる危険を、逮捕の当日の夕刊を読んでその晩のうちに朝日新聞「声」欄に投書し、数日後掲載された人間として。

私は、あの投稿をしたその日から、自分はカウンセラーだから彼とは異次元だ、なんてただの一度も感じたことはない。

もっとも、彼のことを「多重人格」という方向で鑑定しようとした人たちは、「多重人格」という診断基準を「安く」してしまった張本人だと思う。

精神医学の世界ですら、明らかに診断に「流行」がある。

いや、およそ社会に置ける新しい概念は「過剰使用」されたあげくバブル崩壊して見事な値崩れを起こす。

いつの間に「アダルトチルドレン」は差別語になったの?

彼には責任能力はあったと思う。ただ、拘置の過程で抗禁性精神病状態に入っていた、あるいは、いろいろな人が勝手にいろんな診断をする中で、彼自身がそれに振り回されていよいよ混乱していった(あるいは彼の中のよこしまな心を更にかき立てた)可能性は否定できないだろう。

敢えていうが、彼がこのタイミングで見せしめ的に死刑執行されたことで、実は、45歳前後以下の世代のマジョリティすら持っている危機的な「何か」が一緒くたに「葬り去られた」気がする。

法務大臣は、今後仮に無差別殺人は減ったとしても、20代から40代の自殺者はぐっと増えかねないことをやらかしている気がしてならないのね。

オイルショックの頃、石油に限らず、世界中の資源がまるで21世紀初頭にすべて枯渇してしまうみたいな「政府公報」が繰り返し流されていたことを忘れない世代として。

「それが世界の潮流である」

ということは、その潮流に乗っていたら社会がうまく行くこと、自分も生き残れることはみじんも意味しない。

30年スパンで見たら、笑いたくなるくらいに「世間の常識」は変動しているということ。


2008.06.20 00:44 URL | こういちろう #BXy/Vbyc [ 編集 ]

>「私は『あいつ』のような人間ではない」という論理よりも、
>「自分の中にも『あいつ』と同じようなところがある」
>という感覚がある人間の方が,結局は強い気がしてね。

これはまったく同感です。

「幼児愛」のほうは理解できませんが、被害女児の親に手紙を送りつけた「加虐性」は自分の中にもあると思います。

そうなると、なぜ彼は犯罪者になり、自分は犯罪者にならずに済んだのか?という視点が出てきます。

オイラは、初孫だったということもあり、5歳までは父親の実家で「目に入れても痛くない」的に可愛がられ、その後は母親から徹底的に社会のルールを刷り込まれました。

これらがなかったら、社会的にかなり危険な人物になっていたかもしれません。

2008.06.21 21:54 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]












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