FC2ブログ
臓器移植法改正案としてA案が可決されました。

 衆院は18日午後の本会議で、臓器移植法改正案を採決し、原則「脳死は人の死」とし、臓器提供の拡大をめざすA案を賛成多数で可決した。残りのB、C、D各案は採決されないまま、廃案となった。ただ、参院では、多数を占める民主党内に臓器移植の要件緩和に慎重な議員が多く、独自案提出の動きもある。A案がそのまま成立するかどうかは不透明な情勢だ。

「脳死は人の死」臓器移植法改正、A案が衆院通過

このA案が成立すると、脳死を人の死と定義し、本人からの承諾がなくても家族が同意すれば、0歳の乳幼児からも移植が可能となります。

 臓器移植法の改正A案は06年、脳死になった人からの臓器提供を増やすことを目指す自民党の中山太郎衆院議員らが提出した。最大の特徴は、脳死を人の死とすることだ。そうすることで、脳死になった時に臓器を提供しようと考えていたかどうかがはっきりしない人からも、家族の承諾で提供できるようにする。

臓器移植A案「脳死は死」「家族承諾で」「何歳でも」

対立している家族がいる人は、気をつけましょうね。その人がいちばん最初に病院に駆けつけないとも限りません。w


オイラは、脳死=臓器移植問題についてはけっこう関心があるので、立花隆氏の一連の著作などを読んできました。


1.脳死とは

脳死とは、大脳と脳幹の両方が死んだ、全脳死を意味します。これに対して、大脳は死んでいるけれど、脳幹が生きている状態を植物状態と言います。

脳死にいたるメカニズムはつぎのとおり。脳出血、脳挫傷、無呼吸状態などで脳が深刻なダメージを受けます。すると、脳浮腫といって、脳が腫れた状態になります。そうなると、脳血流が停止し、脳細胞が壊死(器質死)するのです。


2.脳死判定基準の問題点

脳死の判定基準は、厚生省に委託された竹内一夫を中心としたグループが作成した竹内基準がもとになっています。それは、1)呼びかけや刺激への反応がない、2)瞳孔が閉じない、3)脳幹反射(脳幹が司る反射のことで、咽頭反射、眼球頭反射など)がない、4)脳波の動きがない、5)自発的呼吸の消失、6)以上の判定を6時間経過後再度行っても変化がない、の6つです。

しかし、竹内基準にはつぎのような批判があります。1)この基準は臓器移植推進派がつくった基準であること、2)この基準では脳幹の特定部位の機能死しか判断できないこと、の2点です。

1)はけっこう重要なんですが、2)については、現代の医学では脳細胞の器質死を確認する方法はあるのです。

まず、脳血流を検査する方法として、PET、SPECT、脳血管造影などがあります。

PETは、陽電子放射体を血液中に入れて、その放つ放射線を測定することで体内の血液循環の様子を測定する装置です。装置にはサイクロトロンが付属しているため、高価となっています。陽電子放射体はいろいろな物質と結合させられるため、様々な検査が可能です。

SPECTは、血液中にヨード123などのアイソトープを静脈から注入し、そこから出る放射線を外部から測定して血流の様子を調べる装置です。PETよりも精度は落ちますが、その分安価です。

あと、脳幹誘発反応検査として、聴性脳幹誘発反応検査、アトロピン検査などがあります。

脳幹誘発反応とは、音や皮膚への電気刺激を与えて、その刺激が脳幹から大脳へと伝わる時の電気的反応のことです。脳幹反射テストとは異なり、運動神経が機能しない状態でも脳幹の生死をテストできます。一般には脳幹誘発反応の消失は脳幹反射消失よりも遅れると考えられています。

聴性脳幹誘発反応とは、耳にカチカチというクリック音を聞かせた時の反応です。

アトロピン検査とは、アトロピンを注射して、心拍数が増えるかどうかを確認するテストです。アトロピンには中枢神経系に働きかけて心拍数を増やす働きがあります。心拍数を調節する脳幹機能が生きているかどうかを確認することができるのです。


3.脳死を防ぐ低体温療法

日本は、脳死による臓器移植の導入がもっとも遅れた先進国です。そのため、脳死にならないような治療法が開発されてしまいました。それが低体温療法です。

低体温療法は、脳出血、脳挫傷、無呼吸状態などで脳が深刻なダメージを受け、脳浮腫になった状態のとき、施されます。まず、体温を33℃まで下げ、脳を冬眠させます。そして、脳浮腫が治まった後、体温を元に戻すのです。この療法によって、かなりの人が脳死にならずにすみました。

じつは、低体温療法を受けられるかどうかは、送られた病院に、低体温療法を施せる医師がいるかどうかで決まります。幸いにもそのような病院に行ければ、低体温療法を受けられますし、いなければ、脳死を迎えることとなります。


4.臓器移植の実態

最悪なのは、移植推進派の医者のいる病院に送られた場合です。従来だったら、ドナーカードを持っているかどうかを確認し、本人に臓器提供の意思表示がなければ、そのまま心臓が止まるまで生命維持装置につながれます。

臓器提供の意思を示すドナーカードを持っていたら、臓器を健康な状態に保つため、点滴がどんどん行われます。そうすると、脳浮腫がどんどんすすみ、すぐに脳死に至ります。そして、臓器を取り出され、臓器は移植を待っている誰かのものとなるのです。

低体温療法は、臓器に重大なダメージを与えることがあるので、推進派の医者は絶対してくれないでしょう。

今回のA案が成立したら、本人の承諾なしでも、家族が同意すれば、点滴どんどんが待っています。まあ、どっちみち、送られた病院で運命は決まってしまうので、どーでも(゚∀゚)イイ!のかもしれませんが…。


今回A案を選択した議員の皆さんは、こーゆー実態をどれだけご存じなんでしょうかね。どうせ知らなくて賛成したんでしょう。知ってて賛成したのなら、なかなか(゚∀゚)イイ!性格です。

でも、A案に賛成した議員が、脳死して臓器移植のドナーになる“自業自得”的な現象はめったに起きないです。世の中不条理です。


リンクがキレてたら…
「脳死は人の死」臓器移植法改正、A案が衆院通過

2009年6月18日13時24分

 衆院は18日午後の本会議で、臓器移植法改正案を採決し、原則「脳死は人の死」とし、臓器提供の拡大をめざすA案を賛成多数で可決した。残りのB、C、D各案は採決されないまま、廃案となった。ただ、参院では、多数を占める民主党内に臓器移植の要件緩和に慎重な議員が多く、独自案提出の動きもある。A案がそのまま成立するかどうかは不透明な情勢だ。

 衆院議員は現在、欠員を除き478人。採決は記名投票で行われ、欠席・棄権を除いたA案の投票総数は430(過半数216)、賛成263、反対167だった。共産党は「採決は時期尚早」として本会議には出席するが採決は棄権する方針を決定。自民、民主など他の主要政党は「個人の死生観」にかかわるとして党議拘束をかけずに採決に臨んだ。97年に成立した現行法の改正案が採決されたのは初めて。

 本人の意思が不明な場合でも家族が同意すれば臓器提供できるとするA案では、小児を含むすべての年齢で臓器提供が可能となる。移植学会や患者団体も推しており、最も多くの支持を集めているとみられていたが、原則「脳死は人の死」とすることなどに抵抗感も根強く、過半数確保のメドは立っていないとされていた。

 朝日新聞が5月に衆参両院の全議員を対象に行ったアンケートでも、7割近くが回答せず、回答者のなかでも「わからない・検討中」が2割超を占めるなど、多くの議員が態度を決めかねている様子が浮き彫りになった。A案が可決された背景には、今国会で改正が実現しなければ、当分、改正の機運が遠のくとの議員心理が働いた可能性もある。

 採決は国会提出順に、A、B、C、D各案の順で行われ、いずれかの案が投票総数の過半数の賛成を得た時点で、残りの案は採決されずに廃案になるルールだった。より広範な支持を集めようと、折衷案としてつくられたD案も、採決されないまま廃案となった。



臓器移植A案「脳死は死」「家族承諾で」「何歳でも」

2009年6月18日13時32分

 臓器移植法の改正A案は06年、脳死になった人からの臓器提供を増やすことを目指す自民党の中山太郎衆院議員らが提出した。最大の特徴は、脳死を人の死とすることだ。そうすることで、脳死になった時に臓器を提供しようと考えていたかどうかがはっきりしない人からも、家族の承諾で提供できるようにする。

 現行法では、本人があらかじめ提供の意思を書面に示していなければ、脳死になったとしても、家族も医療機関も、提供の手続きを進められない。つまり、人が脳死になっても、必ずしも死んだことにならないと整理している。本人の意思が書面という確かな形で残されているかどうかがポイントだ。

 現在の制度は、脳死をめぐる様々な立場の人たちが議論を重ねて一致点を見いだし、97年に制定された。それだけ高いハードルを設けてある。A案は、提供を拒む権利を認めるものの、死を巡る基本的な立ち位置を変える。

 これまで脳死での臓器提供は年に10件前後だった。本人の意思を確かめる手立てとして用意された意思表示カードが思うように普及せず、臓器提供が大きく増えなかったとされている。昨年の内閣府世論調査では「脳死になったら臓器提供する」と記した人は約4%だった。

 A案が参院でも支持を集めて成立すれば、カードがなくても臓器提供できるようになるので、提供件数が増えると、移植にかかわる医師らはみている。ただ、衆院で「脳死を死とすることに社会的合意がない」といった反対意見が相次いだように、参院でも厳しい議論が予想される。

2009.06.18 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(2) |

もし自分が脳死に近い状態で病院に担ぎ込まれたら即脳死判定をして移植でも何でもして欲しいと思う。
もうそういう状態になったら無理に生かさないで欲しいと思う。
現実的な問題として、長期間の医療費を払えるのか、家族の苦痛、回復したとして、自分1人で生きて行けるのか
今は医療の進歩で昔なら死んでいた人も生きられるようになりましたが、かろうじて生かされている人も多いのではないでしょうか。
もし自分が老化現象で無く、寝たきりの生活しか送れなくなってしまったら死ぬ以上に辛いと思う。はたしてその状態で生きていて意味は有るのか。

このような事は、自分の親がくも膜下出血で倒れてから強く思うようになりましたね。

生きているのか、生かされているのか、

とりあえずドナーカードには、追記しておこう。


ところで公明党はこういう問題はどういった立場なのか気になるww

2009.06.20 09:12 URL | aska #mQop/nM. [ 編集 ]

>もし自分が脳死に近い状態で病院に担ぎ込まれたら
>即脳死判定をして移植でも何でもして欲しいと思う。

死にかんする社会全体の合意ができていない以上、自分の死をどう定義するかは各個人の判断にゆだねるべきなのです。問題なのは、自分が脳死したら臓器移植をしてほしいと考えていない人まで、脳死は人の死なんだから、臓器を提供すべしとしてしまったことなのです。


>ところで公明党はこういう問題はどういった立場なのか気になるww

今回は党議拘束なしでの投票なので、党の判断ではなく、各議員個人の判断に委ねたようです。もっとも、共産党のように、全党あげて欠席した政党もありますが…。

2009.06.20 19:21 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/2195-8d908584