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以下の文章は、町沢静夫 著『ボーダーライン ―青少年の心の病』(丸善ライブラリー、1997年)からの引用である。

  ボーダーラインは日本語で正式に言うならば「境界性人格障害」と言われているもので、このように衝動性、気分変動性、そしてまた未成熟な自己の発達というふうに特徴づけられている。

  わかりやすい例をあげてみる。昨今ロック歌手が突然亡くなったことがあった。尾崎豊というロック歌手であるが、彼は某進学校に入学したもののその学校をやめた。それはその学校の持つ体制に対して反抗し、また社会体制にも反抗することでもあった。そしてそれをロックの歌とすることで社会的な影響力を多くの若者に与えていった。

  このように型にはまれない、あるいは型を壊していくというのもボーダーラインの人達の一つの特徴でもある。しかし壊した後、再建ができるところまで彼らに十分な力があるかというと、だいたいの人は、壊すところまではするが再建するまでの一貫した熱意とエネルギー、一貫した知性というものがいささか不足していると思わざるを得ない。

  したがってユング派的な言い方をするならば、彼らは硬直した社会の体制を破壊し、しかしながら再建することは出来ず、自らが滅んでいってしまうというトリックスターという元型に近い、と言われる由縁でもある。

  尾崎豊の行動をみてみると、きわめて衝動的である。いつもアルコールを飲み、喧嘩をし、時に覚醒剤、性的な逸脱がみられた。また、一旦怒りがでると、治めることはなかなか難しい激しい怒りとなる。それでいて虚無感が強く、太宰治を思わせるような「生まれてすいません」といったような虚無感がみなぎっているものであった。そして彼の歌は、その虚無感をまるで武器とするかのように、現代人の保守的な傾向に対して激しい攻撃をするものであり、特に形式主義や集団主義といったものに対して、自分の個性を強く訴えかけるのが特徴でもあった。

  かくて彼は歌手として成功していく。が、やがて結婚し、子供が生まれ家庭ができる。しかし彼の歌というのは青春の歌であり、大人社会への挑戦の歌である。その大人社仝への挑戦をしている彼が、実は大人となり家庭を営む…となると、そこには否応なく成熟がやってくる。そしてその成熟がくるということが、実は彼のロック歌手としての生命が終わる時でもある。つまりもはや自分も責められるべき大人社会の一員であり、しかも家庭も持っているということになると、自分の歌っているプロテスト・ソングが、自分にも突き刺さってくるはずである。

  つまり人を批判しながら自分も批判せざるを得なくなってくるという、いささかやっかいな状況に追い込まれてしまうのである。したがって成熟しようにも成熟できない苦しさに追い込まれてしまったといえる。

  かくて彼の矛盾はいっそうアルコール依存、喧嘩、覚醒剤の世界にのめり込み、そしてある日突然真夜中に亡くなっていったのである。青春の持つ疾風怒濤、そして自分探しの苦しみ、そして虚無感、さらに未来への希望、大人社会への反抗、青春のもつエネルギーの発散、青春の持つ純粋な愛、これらすべてを発散しつつ、彼は消えていったのである。


前掲書、2~4ページ

2009.07.04 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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