この歌には、あまり触れたくない想い出があります。
中学3年生のとき、文化祭の合唱大会でこの歌を歌いました。もっとも、オイラは、クラス委員だったので、指揮をさせられて、歌ってはいませんが…。
その頃、つきあっていた子がいて、そう、
▼246:3AM
の彼女です。
当時、オイラは、何も考えず、この歌を(゚∀゚)イイ!歌だなぁなんて思っていました。
でもね。この歌…。よく考えてみたら、恋愛はそう長くは続かないって内容でしょ。
そして、歌のとおり、オイラの恋愛も1年半で終わってしまいました。orz
なんで、この歌を(゚∀゚)イイ!歌だと思ってしまったのでしょう。
「あの素晴らしい愛をもう一度」
「もう一度」なんて絶対ないです。
それでも、この歌を(゚∀゚)イイ!歌だと思ってる。オイラでした。(爆)
2009.10.18 | 音楽 | トラックバック(0) | コメント(4) |
学校の合唱で歌わされた思い出が...
加藤和彦siの歌では「メロディ」が好きです。
2009.10.18 20:42 URL | ねまきねこ #3/2tU3w2 [ 編集 ]
これですね。
↓ ↓
http://www.youtube.com/watch?v=lVAGWGanh7k
2009.10.18 20:52 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]
その後音楽の教科書にも載ったこの歌ですが、私の通っていた中学校では「朝の歌」と称して、2カ月おきぐらいの月替わりで、当時のフォークソングを1時間めのはじまる前に校内放送で流し、全校一斉に毎日歌うという壮絶な儀礼がありまして、中1の入学したての第一号がよりによって井上陽水の「夢の中へ」、第2弾がチューリップの「心の旅」だったのをよく覚えています。
国立教員養成大学附属ともあろうものが、このようなハレンチな(?)歌を一斉に歌うことを儀礼としていたのは、やはりまだ時代が時代だったからといえるのかもしれません。
順序は忘れましたが、この「あの素晴らしい愛をもう一度」もそうした「朝の校内全員斉唱」レパートリーでしたし、それに・・・
・・・タイトルなんでしたっけ? 中村雅俊の,
「♪慰めも涙もいらないさ、ぬくもりが欲しいだけ
人は皆ひとりでは生きていけないものだから」
・・・・今検索したら「ふれあい」という曲ですね・・・・とか。
一方で規律規律といい、丸刈りを強制される校風だったのに、これは今思い出すと不思議な光景だったと思います。
いずれにしても、実は私のブログで歌詞の引用回数が一番多い特定の曲は、なぜかayu様の曲ではなくて、「あの素晴らしい愛をもう一度」の
♪あの時同じ花を見て 美しいと言ったふたりの
♪心と心が 今はもう通わない
の部分なんです。
北山修「先生」(と、私はどうしても精神分析家としての先生の「学会ライブ」のお姿に頻繁に接してきたし、かつて北山先生にayuの歌詞についてどうお思いかお尋ねするという蛮勇まで奮ったために、ネット上では必ず「先生」と書いてしまうのですが・・・今年度で九大をお離れになります・・・)は、「幻滅論」という著作で、自らこの歌詞の箇所を引用して、浮世絵で母子が同じ月を見つめる構図が多いことをひきあいに出し、まずは母子が同一の対象への「共同注視」をする中での一体感が持つ重要性を指摘します。
それは、親と子供がウィニコットという精神分析家の対象関係論で重要な「脱錯覚=幻滅」(disillusion)」という概念・・・・つまり、赤ん坊の母子関係というのは、子供に内在する「よい母親」という内的なイメージにうまく寄り添うように、ぴったりのタイミングで実際に備給してもらえるという「錯覚」(illusion)が一度成立し、成長するにつれて、実際の母親は必ずしも常にそうでなくても、「自分自身を愛おしみ育み育てる」もう一人の自分を確立できるようになる「脱錯覚=幻滅」の過程が大事だという話にまで結び付けていくのですが・・・・
でも、これは作詞した北山先生自身による後年の「再物語化」の過程に他ならず、この曲は本来はラブソングに仮託された形での、学生運動の風化へのメッセージソングと見るのが順当な解釈だと思います(このことは以前こちらでも書かせてもらったかな?)
でも、そうした脈絡が忘れ去られても、永遠に歌い継がれる日本の名歌でしょうね。
私はまだ、ネット報道では、北山先生の、加藤氏の死に対するコメントを見つけていません。実は他の関係者の誰よりもショックを受けておられないかと気になっています。wikiによれば、北山先生こそが加藤和彦氏を商業音楽の世界に誘い込んだきっかけを作った人らしいですし。
そう思いつつ、今ネット検索したら、次の記事を見つけました。
●北山修氏、加藤さんの訃報にコメントなく…(サンスポ)
http://www.sanspo.com/geino/news/091018/gnj0910180501000-n1.htm
ただ、この記事に、
>現精神科医の北山修氏(63)が心理カウンセラーを務める東京の心理相談室は、訃報が届いた17日午後、受付時間外のため留守番電話のメッセージが響くばかりだった。
.....あの、受付時間外に電話して誰が出るんですか???? 精神療法のクリニックの掟ですよ、これって。もちろん受付時間内にマスコミが電話を「ふさぐ」に至ってはメンタル系のクリニックの場合、「実害がある」わけで、許されるべきではありませんが。
それに北山先生は九州と東京の往復生活しているのに?
さすがサンスポの記事の仕方???
北山先生は、今はちょっとそっとして差しあげたい気持ちもありつつ、このコメントを書いてしまいました。
この曲への深い愛着と、お亡くなり方が、私を昨日の朝訃報に接した時、大事な出張前というのに、大きく揺らしてしまいました。
マジに思っちゃった。自分は加藤氏の分まで生き続けねばならないとすら・・・・
2009.10.19 03:44 URL | こういちろう #BXy/Vbyc [ 編集 ]
> この曲は本来はラブソングに仮託された形での、学生運動の
>風化へのメッセージソングと見るのが順当な解釈だと思います
wikipediaには異なったことが書いてありました。
>1970年7月30日、加藤の光子(ミカ)夫人との結婚祝いとして
>北山が詞を贈り、その年のクリスマスに加藤が曲を付けて夫人に
>プレゼントした。
しかし、結婚祝いとしては不適切な内容のような気もしますね。
2009.10.19 16:18 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]
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