菅野覚明 著『神道の逆襲』(講談社現代新書、2001年)の第1章「神様がやって来た」に神道における“カミ”概念が示されている。なかなかオモシロイので、その中心にあたる「風景の裏側」と「神の定義」を引用しておく。

菅野のカミ=「可畏き物」との出会いという概念は、ソシュールの「出来事」やクリステヴァの「セミオティック」に近い概念である。ゆえに、菅野の神道論はポストモダン神道論と言ってもオカシクないと思う。
風景の裏側

 大正から昭和初期にかけて活躍した萩原朔太郎(1886~1942)という詩人がいる。日本口語詩の完成者といわれる彼の詩集『月に吠える』『青猫』等は、当時の文壇に大きな衝撃を与え、文学青年たちに深い影響を及ぼした。「実在の世界への、故しらぬ思慕の哀傷」(『青猫』序)を、艶めかしく、あるいは典雅に、孤独の情調とともに詠いあげた朔太郎の詩は、今日なおそのみずみずしさを失っていない。

  この萩原朔太郎の、ほとんど唯一の小説作品に、『猫町』という不思議な短篇がある。「不思議な」といったのは、この作品が近代の詩人の創作であるにもかかわらず、神との遭遇の体験を語る民俗的な心性のあり方に奇妙に一致しているからである。その意味で、『猫町』は、『日本霊異記』や『今昔物語集』から、近くは柳田国男(1875~1962)の『遠野物語』に至る、奇異き何者かとの出会いを語る霊異譚の系譜に連なるものといえる。みずから「香気」を生命とすると述べた詩人の作を、不器用にいじりまわすのは気がひけるのだが、以下簡単に要約してみよう。
  単調な日常からの脱出を、見知らぬ場所への旅のロマンに求めていた「私」は、しかし、旅が結局は「同一空間に於ける同一事物の移動」にすぎないことに次第に倦んできた。そんなある日、私は偶然、一つの新しい旅行方法を発見した。

  元来私は、方角感覚に著しい欠陥を持った人間であり、しばしば道に迷うことがあった。その時も、普段の散歩道を歩いていて、ふと見知らぬ横町を曲がり、それがきっかけですっかり迷子になってしまった。ぐるぐると迷い歩いた挙げ句、私はふと「全く、私の知らない見知らぬ美しい町」に出た。「四つ辻の赤いポストも美しく、煙草屋の店に居る娘さへも、杏のやうに明るくて可憐であった。かつて私は、こんな情趣の深い町を見たことが無かった」。私にはそれがまるで現実の町ではない、影絵のように思われた。しかしその瞬間、記憶と常識が回復した。気づいてみれば、それは私の知っている「近所の詰まらない、有りふれた郊外の町」なのであった。この不思議な変化は、私が道に迷ったことに起因していた。いつもは右に見えるものが左に見え、南はずれにあるべきものが北に見えた。この反転が、見慣れた町を全く違った景色に見せたのである。この不思議な町は、磁石を反対にした世界の裏側に実在したのである。

  その後、私は、故意に道に迷って、この不思議な空間を旅行しまわるのを、秘かな楽しみとするようになった。そしてある時、次のような奇怪な体験をするに至る。

  北陸地方のある温泉に滞在していた私は、近所の歓楽地U町へ向かうため、わざと鉄道を途中下車して、山道を歩いていた。この地方に伝わる猫神や犬神憑きの伝説のことなどを考えながら歩いているうちに、私はすっかり道に迷ってしまう。ようやく細い山道を発見し、麓に降りた私の前に、「思ひがけない意外の」「繁華な美しい町」があらわれた。「市街の印象は、非常に特殊に珍しいもの」であった。町全体はしっとりと美しく、しかも、ある微妙な雰囲気で全体の調和が保たれていた。大通りには多くの人出があったが、そのくせどこか閑雅に静まり返っている。そして、注意してみて気づいたのは、町全体の美学的な均衡は、何か知らぬ繊細な緊張によって、人為的に保たれているということであった。私は、急に息苦しく不安になってくる。「町の特殊な美しさも、静かな夢のやうな閑寂さも、却つてひつそりと気味が悪く」、私は漠然とした凶兆の予感に焦燥を感じる。「建物は不安に歪んで、病気のやうに痩せ細って来た。所々に塔のやうな物が見え出して来た。屋根も異様に細長く、痩せた鶏の脚みたいに、へんに骨げつて」奇怪な姿を示してきた。

 「今だ」と思わず私が叫んだとき、恐ろしい異変があらわれた。「町の街路に充満して猫の大集団がうようよと歩いて居るのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のやうにして、大きく浮き出して現はれて居た」。

  だが次の瞬間、私は意識を回復した。気づいてみると猫の姿はすっかり消え、町の姿も一変していた。あの魅惑的な町はどこかに消え、カルタの裏を返したように、平凡な田舎町がそこにあった。私は一切を了解した。例によって、私はあの方位知覚の喪失に陥っていたのである。私は上下左右の逆転した「景色の裏側」を見たのであった。通俗の常識でいえば、「所謂『狐に化かされた』のであつた」。

  人はこの物語を、病的な詩人の幻覚だと笑うであろう。しかし、私が宇宙のどこかで、あの奇怪な猫の町を「見た」ということは、私にとって「絶対不惑の事実」である。私は今も、宇宙のどこかにあの猫の精霊ばかりが住む町が実在していることを堅く信じている。
  萩原朔太郎の『猫町』はここで終わっている。しかし彼が作品の中で提起した「謎」は、今も終わってはいない。朔太郎はいう。
「錯覚された宇宙は、狐に化かされた人が見るのか。理智の常識する目が見るのか、そもそも形而上の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか。だれもまた、おそらくこの謎を解答できない。」(筑摩書房『萩原朔太郎全集』より)
 『猫町』の世界が暗示しているのは、心ときめきつつもどこか気づまりな、客=神とともにあるときの、人々の心の深部にある何ものかである。いいかえれば、もてなし祭ることの陰に隠された、神とのじかの接触の経験である。社交の装いをはがされた生の異物との遭遇なのである。「狐に化かされた」経験が、そうした無防備な状態における神との出会いの一様態であるのは、民俗世界における古くからの了解事項である。民俗伝承の世界では、狐のみならず「猫」もまたしばしば神のあらわれを示す生き物であるとされてきた。家族の一員と思われていた飼い猫が、飼い主の怨みを晴らすべく妖異な力を発揮する、いわゆる化け猫の説話は、猫が不可思議な向こう側に半身を置いた存在であることを示すものである。そしてもし、「道を無くした」「迷ひ子」の私が、そのまま再び戻ることがなかったならば、古来の民俗の了解は、正しくそれを「神隠し」と呼んだであろう。さきに述べたように、小説『猫町』の世界は、神との遭遇を記す数多くの説話世界と限りなく近い。「景色の裏側」の謎に惹かれる朔太郎の心性は、何ものかとしての神を感受する伝統的な心性とほとんど重なっている。そして、『猫町』の言葉を使うなら、万物の創造者とも、全知全能の唯一神とも異なるわが国の「カミ」とは、風景としてみずからをあらわしている、「裏側」の何ものかなのである。


神の定義

  小説『猫町』は、神との直接の出会いの体験として読み解くことができる。神がじかにあらわれる世界は、不気味で恐ろしい世界でもあり、異様に魅惑にあふれた世界でもある。ただ問題なのは、その異形の世界は、人々の見慣れた日常世界と、「骨牌」の裏表のように一体のものであるということなのである。詩人の見た「猫ばかりの住んでる町」は、実は「普通の平凡な田舎町」と同じなのである。そしてこの同じものの反転において、ただの猫、ただの狐、ただの雨、ただの雷が、それぞれ神であるのだ。ここで、日本の神についての本居宣長(1730~1801)のあの有名な定義が思いおこされる。宣長の定義はこうである。
 「さて凡(すべ)て迦微(かみ)とは、古(いにしへの)御典(みふみ)等(ども)に見えたる天地の諸(もろもろ)の神たちを始めて、其(そ)を祀(まつ)れる社に坐(ます)御霊(みたま)をも申し、又人はさらにも云(いわ)ず、鳥(とり)獣(けもの)本草のたぐひ海山など、其余(そのほか)何にまれ、尋常(よのつね)ならずすぐれたる徳(こと)のありて、可畏(かしこ)き物を迦微とは云なり。(すぐれたるとは、尊きこと善きこと、功(いさお)しきことなどの、優れたるのみを云(いふ)に非ず、悪(あし)きもの奇(あや)しきものなども、よにすぐれて可畏きをば、神と云なり。)」(『古事記伝』三之巻)
宣長のいうところは、それが人であれ、動植物であれ、自然現象であれ、ともかくもそのものが、私たちにとって「可畏き物」、すなわち身の毛もよだつような異様なものとして出会われれば、それが神なのだということである。この定義は、今日私たちが、名人・達人・奇人・変人の類を「~の神様」と呼んではばからない、日本語の「カミ」という言葉のニュアンスをよく言い当てている。と同時に、人格的な唯一創造主ゴッド(God)に、神という訳語を当てたことが、わが国の翻訳史上、最大の失策であったことをも納得させてくれる。

  だが、より重要なのは、この宣長の定義が、意識的にか無意識的にかはわからないが、わが国の神というもののある微妙な存在性格を言い当てているということである。

  たとえば、日頃大切にされて家族になついている飼い猫がいた。ある時、家の娘が重い病気にかかり、主人の夢の中にその猫があらわれて、病いは家に巣食った劫を経た大鼠のせいであると告げる。猫は鼠と戦い、共に死んでしまうが、娘の病気はすっかり治る。家族はこの猫を手厚く葬った(宮負定雄『奇談雑史』巻の五)。夢告をし、鼠と戦う猫も、劫を経た大鼠もともに「可畏き物」としての神である。しかし、この猫は、神でありつつも、同時に民家に住みつくありふれた飼い猫である。神であるからといって、この猫が猫でないわけではない。この猫自体、あるいは猫一般が神なのではなく、細かくいえば、「可畏き物」として出会われている限りにおいてのこの猫が、神なのである。したがって、変な言い方だが、神とはこの「可畏き」経験そのもの、「可畏き」出会いそのものの内なる何ものかなのだということになる。

  こうした神の微妙なありようをわかりやすく表現しようとすると、「神が憑く」とか「神がかる」といった言い方がでてくる。要するに、不定のXである神が、人や物を介してあらわれているととらえるわけである。こういうとらえ方は、文献や伝承の中で広く流通しているのだが、そのことからさらに、誤りであるともないともつかぬ微妙な誤解が出てくることにもなる。

  たとえば、ある人に神が憑いているとき、その人と神とは実体的には区別ができないから、この人を指して人と呼んでも、神と呼んでもどちらも誤りだとはいえない。ここから、祭祀を専門とするような、しばしば神との一致を体現するその人自体を神とみなす混同が生じてくる。折口信夫が早くから指摘していたように、いわゆる現人神の思想や、ある氏族を神の子孫とみなす考えは、この、誤りとはいえぬ混同に、つまりは日本の神の微妙なあり方に由来するものだといえる。こうした混同や揺れは、日本神話のあり方にもあらわれており、最近では、佐藤正英(1936~)が、『古事記』神話を、祭祀を行う人の物語として読み解くことを試みている(「祀りを行なうひとびとの物語」『現代思想』20巻4号など)。神を祭るための道具それ自体が神として祭られたり、海や山そのものをご神体として神社に祭るといったことも、皆、神がもともとそれとして固定しがたい、一回的な「可畏き」出会いとして経験されたことに由来するのである。繰り返しになるが、神は、普段の猫と妖異をあらわす猫との「差」ないし「反転」の中にこそ潜んでいる。そして、このズレや反転は、神のとらえがたさやさまざまな混同の生ずるところであると同時に、神についての反省的な思索、すなわち「神道」の発する原点ともなるのである。

  朔太郎の『猫町』が示唆しているのは、風景の裏側をかいま見る経験のありようの中にこそ、日本の神を考えていく最初の手がかりがあるということである。朔太郎は、「形而上の実在世界は、景色の裏側にあるのか表にあるのか」という謎を提示していた。壁に掛かった油絵の裏側を覗いてみたという詩人の夢想は、おそらくは神道なるものの発生地点を直観している。

  私たちの眼前に、普段通りの変わらぬたたずまいを見せている山や川。そこで営まれる、働き、子を育て、食べ、休息する、私たちの当たり前の暮らし。見慣れた景色と当たり前の暮らしを、私たちは変わることのない自分たちの世界のありようであると信じている。私たちは、普段、そうした見慣れた日常を、あらためてそれが何であるかと問うことはない。しかし、神はある日突然に出現する。景色は一変し、私たちの生は動揺する。一変した風景が元に戻り、私たちが「記憶と常識」とを回復するまでの時間こそが、私たちの神の経験である。この神の経験は、私たちが普段何気なく送っている生や、取り立てて意識することのなかった日常の風景を、今や失われてしまったものとして、また、一刻も早く取り戻されるべきものとして、意識的に問い直していく契機となる。知らぬまに道を失っていた「迷ひ子」の私たちは、あらためて、道を尋ね求めるのである。神道とは、根源的には、神という一つの事件をきっかけに、私たちが歩いてきた道、これから歩いていくべき道を探求することに他ならない。

  神は、来って去るまでの時間として、その時間を埋める営みの持続として、経験される。この営みが、神を迎え、送る過程たる祭祀の原型である。この営みが意識的に反復され、辿り直されることの繰り返しの内に、祭祀は次第に固定した一つの形を持つに至ったと考えられる。祭祀は神の経験として生きられた時間の「形」であるといってよい。直接それとしてとらえることのできない神は、生きられた時間の形である祭祀によって、それとして固定されとらえられるのである。そして、この意識的に辿られた神の経験、すなわち祭祀を、反省的に見つめ直すところに、さまざまな神道教説の発してくる根源があったと考えられるのである。

2010.02.20 | | トラックバック(0) | コメント(30) |

日常性の背後にあるものに突然巻き込まれる不気味でもある原体験・・・「超越的な(Transcendental)」体験、ルドルフ・オットーのいう、非合理的なヌミノーゼ(Numinöse)体験、"spirituality"な体験を基盤として、神道という"religiousness"は成立する。

現存在(Da-Sein)のそうした共有体験としての民族性・・・ハイデガーは勇み足でナチス礼賛にまで結びついてしまったのですが、ナチズムの背後にある非合理的な「神秘主義」性まで看過しないと、単なるヒューマニズムによる断罪は届かないのだと思います。

それは国家神道と神道的「個人」体験の次元の違いと連続性にも通じることにように思います。

2017.03.14 00:52 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

森保まどかは、家に白いワンピースを着た小さな(宮脇咲良くらいの身長=当時155cmの)女の子が訪ねてきた体験をしていて、これがいろいろと裏取りできてオモシロイのです。

http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-4869.html
4:40~

2013年4月9日(咲良が「アサデス」に出演した日)の話で、まどかが起きた時間はわからないのですが、その日の福岡の日の出が5:56なので、それより前の出来事となります。

ドアホンを何度も鳴らすんで確認したら、ド近眼なのでよくわからなかったが、全体が白く見えたというので、ドアの外は昼間だったのでしょう。白いワンピースって、入学式の頃は着ないので、季節も変わっていたことになります。

ドアホンが鳴りやんだら、女の子がいなくなり、周りも暗くなっていた。

当時、母親(天海祐希に似ているらしいw)と2人で、ベッドが1つしか置けないくらいの広さの部屋を借りていて、その日は母親はいなかった(長崎に帰っていた?)と話しています。

現われたのが白いワンピースの女の子だから不思議体験なんでしょうが、これが聖母マリアだったり、大天使ミカエルだったり、大日如来だったりすると、一気に宗教がかってくるわけです。

日本の場合、それに国家がからんでくるから、ますますやっかいなことになります。天理教や大本教は、最初は国家神道から危険視され、国家神道の枠組に入り込むことで、とりあえず生き延びるという道を選択することになります。それでもウルトラ・ナショナリズムの時代にはめちゃくちゃ弾圧されて、戦後は神社本庁とは一線を画すことになります(大本は教派神道)。

2017.03.14 13:18 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

天理教の開祖、中山みきの「神がかり」体験については、精神科医の中井久夫氏も「治療文化論」のなかで、興味深く論説しています。

「治療文化論」は行方不明なのでwikiから借りてきますと:

長男・秀司の足の病の原因究明と回復のために、修験道当山派内山永久寺の配下の山伏、中野市兵衛に祈祷を依頼した。その時市兵衛が災因を明らかにするためにする憑祈祷の依り坐が不在だったために、みきが依り坐、加持代となる。この時、みきの様子は一変し、まったく別人になったかのような、著しい変化があり、いわゆる憑依状態に入った。このときに憑依を悟った市兵衛が「あなたは何神様でありますか」と問うたところ、みきは「我は天の将軍なり」あるいは「大神宮」とこたえたとされる。市兵衛があらためて「天の将軍とは何神様でありますか」というと「我は元の神・実の神である。この屋敷にいんねんあり。このたび、世界一れつをたすけるために天降った。みきを神のやしろに貰い受けたい。」

興味深いのは、天理教の最初の信者になったのは、夫を含む家族だったということです。

中井久夫氏は、天理という土地の地柄を問題にしています。天理市は、奈良盆地の主要部ではなく、山並みとの境目の「辺境地」に位置する。世俗化した浄土真宗の支配が及ばない地域だったのですね。

天理教の場合には中山みきの個人的「神憑り」から出発しているため、本質的に啓示宗教です。

そこに含まれている一見日本神話的・神道的な要素は、ハイデガーのいう日常になじみ切った状態=「非本来的存在」から「本来的存在」が立ち上がってくるとき、「歴史的に継承されてきた文化的な遺産を基盤として形成される」。

コンテンツは一部神道的にみえても、中山みきの啓示体験をworking thorughしているため、敢えて言えばユダヤ教に対する原始キリスト
教のような「反体制的」色彩を持つことになります。

基本的に、既成宗教の枠を超えているわけですね。弾圧されるのは必然的だったということになります。

2017.03.14 16:23 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

2点ほど疑問があります。

>山並みとの境目の「辺境地」

この記事の地図が参考になると思いますが、

http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-7615.html

奈良盆地は、周辺部(山並みとの境目)から開発されて、まん中は強大な律令国家ができてから開発されました。これは、灌漑・治水技術が未熟で「谷戸」と呼ばれる谷間がまず農地=水田になったことと、もともと奈良盆地には湖があって中心部は湿地だったためです。

近世になると、このような差がなくなるはずなのですが、あいかわらず先進地域は盆地の周辺部で、奈良、天理、桜井、橿原、大和高田、大和郡山などの都市も奈良盆地を囲むように成立しています。


>世俗化した浄土真宗の支配が及ばない地域

みきの実家である前川家は浄土宗の熱心な信徒で、みき自身も浄土宗の尼僧になることを希望していたようです。浄土宗は、浄土真宗と教義(後述)は似ていて、これが天理教の一神教的で創造主的な「親神」に反映されているように思えます。

浄土真宗(浄土宗も)は、他力本願の(阿弥陀如来の本願の力に頼って成仏する)一神教的な宗教で、神(仏)と信徒のコミュニケーションが直接的(聖職者が儀式を行う儀式宗教=カトリックや東方正教は間接的)なので、プロテスタントやイスラームに近いと思われます。

戦国末期に一向一揆が本願寺「神権国家」を形成していたため、信長に弾圧され、秀吉や家康によって体制に取り込まれたわけですが(寺請制度)、本来的には世俗化しにくい宗教ではないでしょうか。

2017.03.15 10:58 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

中井先生も、奈良盆地の真ん中に巨大な湖があったことまではご存じなかったようです。

中井先生一流の「治療文化は、人工的な平地と魔界である森との間の辺縁地域に発生する」論に引き付けてしまったんでしょうね。

浄土真宗が本来一神教的なのは十分理解していますが、「檀家制度」で骨抜きにされてしまいましたね。

●親鸞の「歎異抄」の精神とパーソン・センタード・アプローチ

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2012/12/post-36f3.html

2017.03.15 16:55 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

『歎異抄』の「絶対他力」がカルヴァンの「予定説」レベルとは知りませんでした。『歎異抄』が「お蔵入り」しちゃったから、日本では「資本主義の精神」が生れなかったんでしょうね。w

>魔界である森

三輪山なんて、山自体がご神体で、まさに魔界です。w

2011年の夏に行った奈良旅行の2日目
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-3829.html

でその辺を見てきました。いちばん北の衾田陵から2kmで中山みきが生れた三昧田町でした。

2017.03.15 18:02 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

思わず、「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」を注文してしまいました。

カルヴィニズムの予定説が、むしろ勤勉を美徳とする精神構造を生み出すという大逆説を述べた本…というぐらいしか予備知識はありませんでしたが、社会学徒ならば読んでて当然の域のものだそうなので、これを機会に。

2017.03.22 01:14 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

『プロ倫』(←左翼はこのように略すw)は、30年以上前に買ったんですが、ちゃんと読んでないなぁ。

カトリック教会が「お金を稼ぐと地獄に落ちるぞ!(教会に寄付しろ!)」と脅していたんですが、カルヴァンが「天国に行く人と地獄に落ちる人は最初から決まっているんだ。そんなこと考えずに、勤勉に働け!」って説いたら、資本主義が成立したって話でしたっけ?←あまりに酷い説明。w

2017.03.22 01:26 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

「プロ倫」原典より先に、山之内靖著「マックス・ヴェーバー入門」が届いたので徹夜で読み進めて3分の2まできました(私は午後からしか開業していないので全然平気)。

Amazonには「原典を読まないまま読むのは難しい。どこが『入門』だ」というレビューもありましたが、いや、無茶苦茶面白いです。傍線ひきまくり。

どうして「神によってあらかじめ救済される人が決められている。それは人間にはあずかり知れない」というカルヴィンの教説が、禁欲と勤勉の自己目的化というヨーロッパ近代資本主義に結びつくのか」という「逆説」を、うまく説明してくれています。

「救いの確証を得られる魔術師的手段を一切排除してしまった不安から生じた」とあるのです。

明言されていませんが、この「魔術的手段」に、カトリックの「懺悔」や、ひょっとしたら免罪符も服かれているのかもしれませんね(このへんは原典を読まないことにはわからないです)。

ウエーバーが、そういう「19世紀的」資本主義が終焉に向かいつつあることを予感しつつ筆を置き、むしろ「北」ヨーロッパ的資本主義(南欧は快楽肯定的)への醒めた相対化、病的なものであるとの認識こそめざしていたこと、そこにポストモダン思考の萌芽があると述べているあたりは面白かったです。

ウェーバーの神経症(・・・というより、私からみれば完全にうつ病です)の克服と著書の豊饒な生産の繰り返しの関係にも踏み込んでいます。

アダム・スミスとかもマルクスとかも読んだ気にさせてくれる、面白い本です。

2017.03.22 07:12 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

山之内靖氏の著書では『マルクス・エンゲルスの世界史像』を読んだことがあります。ただし、学生の頃で本を買えなかったので、大学図書館から借りて読みました。大学の先生が大塚久雄氏の「大塚史学」批判の歴史学者だったので、その関連で読んだはずです。山之内氏も、「大塚史学」の影響を強く受けた人で、彼のヴェーバー研究はそこが原点だと思います。

>「救いの確証を得られる魔術師的手段を一切排除してしまった
>不安から生じた」とあるのです。

>明言されていませんが、この「魔術的手段」に、カトリックの
>「懺悔」や、ひょっとしたら免罪符も服かれているのかもしれ
>ませんね(このへんは原典を読まないことにはわからないです)。

谷泰氏は、『カトリックの文化誌』で宗教を、神と信徒の直接的なコミュニケーションを重視する宗教と、聖職者が介在した儀式を中心とする宗教に分けて説明しており、同じキリスト教でも、プロテスタントは前者、東方正教会やカトリックは後者にあたるとしています。

これと自力/他力を組み合わせると、ほとんどの宗教を分類できるようです。オモシロイのは、イスラームにも「自力」があって、スーフィズムがそうです。

おそらく山之内氏の「魔術的手段」とは、聖職者が介在した儀式を中心とする宗教を指しているものと思います。ただし、神道の直会(なおらい)やディオニソス祭のような「オルギー(神と人、自他の区別の解消による聖なるエネルギーの直接的な交換)」も「魔術的手段」に含まれているような気がします。

「魔術的手段」を排除して不安になるというのは、ポストモダンというより、実存主義のような気がします。山之内氏のような、マルクス主義+ヴェーバー方法論の歴史学者は構造主義やポストモダンに疎いので、たぶん正しいと思います。


「大塚史学」系の歴史学者は、単系列段階発展論を基調としていて、本来、ヴェーバーの特徴である類型(有名な支配の三類型:合法的支配・伝統的支配・カリスマ的支配)を使った多系列発展という発想がありません。

現代世界に存在しているさまざまな宗教も、単系列的に発展してきたはずだから、「魔術的手段」を排除したところと、そうでないところがあると、自動的に排除したところ=発展している/排除してないところ=遅れていると判断するわけです。

これだから「アジア停滞論」みたいな議論に飛びついて、批判されるわけです。ちなみに、「アジア停滞論」とは、中ソ論争でソ連が中国を批判するのに使ったきわめてイデオロギー的な議論で、中国はアジア的停滞にあるから中国共産党の「大躍進」政策はかならず失敗するって議論でした。←これは当たったんだけど、アジア的停滞のせいではなく、生産力を無視したむちゃくちゃな工業化をしたからなんですけどね。w

2017.03.22 10:08 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

山之内靖氏は、師である大塚氏への「反逆者」だそうです。

>ウェーバーの特徴である類型(有名な支配の
>三類型:合法的支配・伝統的支配・カリスマ
>的支配)を使った多系列発展

・・・残りの3分の1で出てきました。このうち、カリスマ的支配について、「ナチズムのような悪性のカリスマを区分していないが、それらを包括して「カリスマ的支配」と呼んでいるのだろう」とありました。

なぜか「ポストモダン」という表現も一回出てくるのですが、基本的にはニーチェとの関連を探っているので、「神亡き実存主義」を念頭に置いていたのは間違いありません。

ウェーバー自身は、「神なき」スタンスを一貫していたのに、それが通俗的に誤解されているともあります。全然プロテスタンティズムを肯定していないと。

そして後期の著作からは「単系列的」ではなくて,マルチカルチャリズムに通じるのではないかとすら。

フロイトはウェーバーに滅茶げなしにされていたようですね。「快楽主義の肯定新宗教だ」と言って。同時代人ですから、レッテル貼りもあるでしょう。

そのくせ、実父を失踪→死亡に追い込んだ張本人がウェーバーのようですが。これなんてもろにエディプス・コンプレックス状態です。ただ、母親が彼の鬱状態=勤勉でいられないことに全然理解がなくて(=プロテスタンティズムの精神!!)、とても近親相姦的とはいえないわけですが。

妻は理解者で、伝記も書き、遺稿の出版にも尽力したようです。

かけがえのない存在だった弟は統合失調症で自殺したそうです。

2017.03.22 11:25 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

「類型」じゃなくて、「理念型」ですね。まちがえちゃった。w


『マルクス・エンゲルスの世界史像』1969年
『マックス・ヴェーバー入門』1997年

この間に「大塚史学」批判もあれば、ポストモダニズムの台頭(と衰退)、そしてソ連崩壊もあるわけで、その差なのかな?

菅孝行氏が13人のマルクス主義者と対談したのをまとめた本が1985年に出版されてて、それでは「フォイエルバッハの疎外論を研究する」って言ってますね。これだと、重要なのは「疎外論」を主張した初期マルクスで、構造主義マルクス主義者(アルチュセールら)が唱えていた「物象化論」=後期マルクスはダメだと言っていたのに、なんでポストモダニズムになったんだろう? 不思議です。ソ連が崩壊してショックを受けたのかな?


ヴェーバーは、政治的価値判断を含む、あらゆる価値判断を学問的研究から分離しようとする「価値自由」を提唱したんですが、そうなると逆に自らのイデオロギー的な立場に無自覚的になるとマルクス主義者から批判されたはず。

フロイトは「快楽主義の肯定新宗教だ」なんて言ったのだろうけど、そのこと自体がぜんぜん「価値自由」じゃないじゃん!ってことになります。特定の立場=禁欲主義から批判してるわけだし、そもそもフロイト理解がまちがってるし…。w

2017.03.22 14:46 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

私のブログで、

>谷泰氏は、『カトリックの文化誌』で宗教を、
>神と信徒の直接的なコミュニケーションを重視
>する宗教と、聖職者が介在した儀式を中心とする
>宗教に分けて説明しており、同じキリスト教でも、
>プロテスタントは前者、東方正教会やカトリック
>は後者にあたるとしています。

という部分、使わせていただきましたw

●フォーカサ―は自立せよ

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2017/03/post-5116.html

2017.03.24 01:14 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

記事で使うのなら、元の文章が必要だと思うので、その部分を引用しておきます。
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-7970.html

この本のちがう部分を「カトリックのミサと犠牲儀式」という形で紹介していたのですが、
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-595.html

この部分は放置状態でした。というか、すでに記事を書いたつもりでいました。ついでなので記事化してしまいました。w

2017.03.24 10:31 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

長い引用ありがとうございます。

どこが取捨選択できるか吟味しています。

この本、Amazon中古では147円で投げ売りかかっていましたので早速注文しました。

カトリックに内在する古代の他宗教から取り込んだと思える儀式等、くわしくかかれているようですね。

それにしても、自分で言うのもなんですが

「預言者は故郷では迎え入れられない」

ものですなあ・・・

ドイツ語でいう"Beruf"(職業・・・以外に「責務」「召命」などの意味もあり)と感じている人間は、つらいものがあります。

野心という気がさらさらなく、「呼ぶ声が聞こえてしまう」

「神父」ではなく「牧師」(導き手)」に徹するつもりなのですが。

山本七平は、「日本人とユダヤ人」(イザヤ・ベンザタンではなく、訳者と称する山本が真の著者なのはよく知られたこと)の中で、「日本教」論を掲げ、

日本におけるキリスト教は「日本教キリスト派」であるにすぎない

と強調していますが、そのしがらみを、「聖書」や外国から来訪した「先達」から直接学んだことに準拠し続ける私は、集団主義の窒息感と感じています。

・・・などと、きつねさんのブログでボヤくのは、このくらいにしておきましょう。

2017.03.24 10:52 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

この話、フーコーの「司牧者権力」論に直結するんで、けっこうオモシロイです。w


学校教育の世界でも「学び合い」学習っていうのがあって、学校の上層部がそれに飛びついてやらせようとしたけど、教員からも生徒からも不評でやめたことがあります。

本来、「学び合い」学習とは、生徒に自分たちで学ぶ力を身につけされるという学習法なのです。学力って、教員の力量に比例してしまうので、よい先生の授業を受けた生徒はよくでき、ダメな先生の生徒はできないってことになりかねない。しかし、生徒が自ら学ぶ力を持てば、たとえダメな教師の下でも、高い学力をもつことができるってことなんです。

しかし、教員は、生徒に教えたいから教員になったので、あんまり教えてはいけないという学習法に不満を持ち、生徒は、先生があんまり教えてくれないので、不満を持つという結果になりました。その結果、上層部には実践しているように見せて、じつはやらないという時期がしばらくあり、結局、やめてしまったわけです。オイラなんて、比較的ちゃんとやったので、ひどく不評でしたよ。w

その経験から考えると、「司牧者権力」は、支配者はもちろん、被支配者からの要望でも発生すると確信しました。w

2017.03.24 11:22 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

質のよい「道徳教育の研究」も、まさにそのような、学習者どうしの討論や学びを重視するものようですね。

思うに、浜崎あゆみも、自分が歌い続けることを、ファンへの"Beruf"と感じているクチでしょうね。

離婚騒動でゴシップばかりで話題になるようになりましたが、ライヴを映像込みで視聴すると、全然枯れていません。

「僕たちはこの長い大地をどこまでも共に行こう飽きるほどに」

ですからね。

2017.03.24 11:50 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

「道徳の教育」の話になったら、こんなことが…。
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-7972.html

Beruf=calling=「神に呼びかけられた」ってのが原義のようです。

2017.03.25 10:18 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

ここでのやりとりをヒントとして、学会発表に持ち込むことにしました。

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2017/04/post-a475.html

もともとやってみたいテーマではあったのですが。

谷泰氏の『カトリックの文化誌』、現在読んでいます。

こればかりか、ウェーバーも、ウイりアム・ジェームスの「宗教的経験の諸相」も読み切って23日の発表論文の締め切りまでに間に合わせないとならないので、かなりの泥縄ですが、発表要旨は2ページに過ぎないので、9月の実際の口頭発表(90分)までに充電して深めておけばいいのですが。

2017.04.02 19:58 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

研究会での発表でもけっこうたいへんなのに、
学会発表とはたいへんですね。

がんばってください。

2017.04.03 11:38 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

結局A4版で2ページ2段組みの大会発表論文集のwordによる原稿を一晩で書きました。

ヤスパースが私の考えに近いのに気が付きました。ハイデガーとヤスパースは友人であり論敵でしたが、ハイデガーがヤスパースから受けた影響がより大きいようです。

私の意識している「実存」概念に一番近いのがヤスパースのようです。そして神という言葉は使いませんが「超越者」という言葉を多用し、キェルケゴールの「神のある実存主義」の系譜につながるようです。

90分の時間のうち、座長のコメントとフロアのディスカッションに30分見積もる必要があると思うので、発表そのものが詰込み過ぎになる危険があり、結局学会誌への投稿で全貌を表す形になるでしょう。そうなるとプロ倫も盛り込めるかな?

でも査読する先生探しが難航するでしょうね。(恐らく碩学のあの先生とあの先生に依頼するという想像がつくのですが)

いずれにしても、谷秦氏の著作を紹介いただいたことがmissing linkを強引につなく大技(大ハッタリ?)の機縁をつないで下さったことになり、感謝しています。

2017.04.05 06:14 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

そんなに感謝されると恐縮です。w

谷さんの本は、フーコーの司牧者権力がらみで、読んだのですが、完全に放置状態でした。今回、chitoseさんの知的好奇心に刺激を与えられたので、この本も喜んでいることでしょう。w

2017.04.05 09:32 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

私の学会発表論文は、大会ホームページで誰でもアクセスできる形で遠からず表示されるので、自分のサイトでは紹介しないことにしましたが、その発表の「裏メッセージ」だけ公開しました:

http://kasega.way-nifty.com/nikki/2017/04/post-9464.html

2017.04.05 12:32 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

ぜんぜん関係ないかもしれませんが、以前書いたトムラウシ山遭難と「ツアー登山」の問題点と似ているような気がしました。

トムラウシ山遭難とは、2009年7月16日、北海道大雪山系トムラウシ山で18人のツアー登山者(うち3人はガイド)が、暴風雨のため遭難し、うち8人が低体温症で死亡した事件です。

http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/blog-entry-4393.html

2017.04.05 17:48 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

いえ、関係あると思いますよ。極限状況において「自己責任」とれるかどうかという意味で。

>ところが、生き残った8人の登山者うち、
>著者たちの取材に協力した6人のうち、
>1人を除いた、5人が事故を起こした会
>社が提供するツアー登山を事故後も利用
>し続けているのです。これには、オイラ
>だけでなく、Amazonの書評でも違和感を
>感じる人がいたようです。

敢えて言えば、実はこの「セッション後反動」に当たる経験はかなり普遍的なものであり、そうやって日常に帰るとすばらしい体験が虚妄になる→それで再び素晴らしい体験をするためにフォーカシングの集いの場に出る、という、「依存症的」な構造ができてしまうのではないかと思う。

非日常の「素晴らしい」経験をするためになら、性懲りもなくツアーガイドに依存して「登山」するという「嗜癖」にはまるのは、いわば大金はたいて「自己啓発セミナー」中毒にはまるのと同じことでしょうから。

2017.04.05 19:47 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

復興大臣激昂事件wの後、《福島第一原発事故で「自主避難」した人たちも自己責任だ!》なんて言ってる連中もいますが、趣味で登山する人と、やむやまれぬ理由(子どもに被ばくさせたくないとの理由が多い)で「自主避難」した人を、同じ「自己責任」って言葉で語っちゃダメな気がします。

那須で高校生ら8人が雪崩で亡くなった事件は、マスコミの取材に答えた高校生が「こんなに雪が積もっていて、じつは怖かった」と発言をしていました。引率している教師が登るぞ!って言ったとき、生徒は拒めないから、教師の責任は重いと思います。

これは記事の方には書いていないのですが、高校生と教師が亡くなった1班を事実上引率していて、本人は救助された教師が、今回の事故で決定的な役割を演じていました。その人が「生徒に登山の楽しみを実感してもらいたい」って人で、危険だからやめるという決定を下せなかったのが原因のような気がします。

事故の前にBSフジで放送された「絶景 百名山」という番組に出ていて、ここでもそのような発言をしているようです。
http://www.bsfuji.tv/super_view/hi/60.html

新田次郎が小説の中で書いていたのですが、登山家は非情な面がないとダメだとのことでした。

この人が《登山をやめる/教師をやめる/死んでしまう》可能性があるのですが、最後のだけはしないで欲しいです。

2017.04.06 11:15 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

きつねさんはこのブログで何回も口をすっぱくして言っておられますが、そもそも山に登ることは「こわい」ことなのだという基本認識が必要なのでしょうね。

引率する立場にある人は、それを格別に意識しておかねばならない。

「せっかくだから・・・」と微塵も思ってはならないのでしょうね。

自分の足で山頂まで登った山は久住山と韓国岳にぐらいの私ですが、地上の感覚でいうと晴れなのかこれから荒れる雲の流れなのかまるでわからないこと自体、怖いと思いました。

登山繰り返すうちに、慣れてしまうのでしょうね。

私の業界では、「場の安全を守る」と称して参加者をいつまでも「自立」させないで、何か事が起こると村八分にするのがむしろ問題ですが。

もとより、「自立」してもそのあと見守り、いざことがあれば頼りになる存在であり続けるのが大事なのは、専門家や保護者の役割です。

もっとも、今日の親自体が(いや、専門家もか)、いざ緊急事態という時のセフティ・ネットワークを持っていないので、保護者の「自己責任」という言い方安易にしてはならないのですが。

難しいですね。事なかれ主義に「管理」することになる危険。イギリスなどでは精神障碍者への医師、カウンセラー、社会福祉士などのネットワークがすごい充実した制度になっているのすが、そこまで私生活に介入するか?ともいわれています。

障害者の自立と称して「社会適応訓練」ばかりして、引きこもったり、かなり奇抜な生き方をする「自由」を許容できるかどうかとか(このことも「見守り」ながらのことですが)。

特に自閉症やADHD(注意欠陥多動性障害)の人の人権の問題は大きな議論となっています。

patternalismという言葉があります。「父性」と直訳されることが多いのですが、実際には過干渉な親の態度のことを指し、「温情主義」と訳すのが正確です。

これと、単なる自己責任論ではない、峻厳な「父性」との違いは何か?

ユダヤ教徒は砂漠の民ですから、「父なる神」というものの峻厳さを体感していないと生きて行けない。

この点、日本はいろいろな意味で中途半端な中で社会は成立している。

恐らく、教育にせよ、外国の直輸入でもうまくいかないでしょうが、かといって「日本的な」という言葉を安易に使ったらアウトでしょうね。

2017.04.06 12:39 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

山が心底怖いと思ったのは、ホントにどうってことない場所で転んで、複雑骨折していた遭難者を見つけたときでした。そこが滑りやすい場所なのは、前に通ったときに何となく憶えていて、雨上がりで危険だなとは思って、用心深く降りていたのですが、そこで転んで骨折する人がいるとは思ってもみませんでした。

BSフジが撮った画像を見ると、雪が積もった斜面を歩いているにもかかわらず、生徒1人1人の間隔が狭すぎるように思えるのです。これだと雪崩が起きたら、全員が巻き込まれてしまい、救助できる人がいなくなってしまう。雪はそんなに深くないので、雪崩は起きないと思いますが、ふだんの行動が用心深くないような気がするのです。


「父性」とは、サンボリックな機能で、ものごとを分けることから始まり、自他を分け、公私を分け、善悪を分ける行為だと思います。これが弱いからオカシナ「父性」が成立するのではないでしょうか。

ネトウヨの「愛国心」が、過度の「取り入れ(introjection)」の結果、狭義の国家=政府と自我との区別ができず、政府批判=自我への攻撃と認識して、批判者を異常に攻撃するのも、自他の区別がついていないからでしょう。精神の自己免疫疾患みたいな感じです。

いわゆる「温情主義」も、自他の区別がつかない親=保護者が、子=被保護者が自分の言うことを聞いているうちは保護するのですが、自立する動きを見せると、一転して「飼い犬に手を噛まれた」と攻撃するのもそのためです。子=被保護者が独立した人格だと思っていないのでしょう。

このように論じていますが、教師と生徒の関係もじつは難しくて、ホントは生徒が自分で学習する能力を身につけさせるのが重要なのですが、こっちは教えたいから教師をしているのでw、ついついいろいろ教えてしまい、生徒の「自立」を妨げているのかもしれません。

2017.04.07 10:12 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]

今日あたり入学式だったでしょうか?

新入生との出会いは新鮮であると同時に、いろいろと気を使い、気持ちも忙しい時期に入ったのではいかと思います。

2017.04.07 19:29 URL | chitose #BXy/Vbyc [ 編集 ]

じつは昨日が入学式でした。w

ただ、しばらくはオリエンテーションやらで、来週にならないと本格的にははじまりません。

2017.04.07 21:16 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]












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