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…なんかじゃなくて、松本零士先生は楠本高子さんの写真を幼少期に見ているんじゃないかと思う。

これは Wikipedia に載っている松本先生の経歴なんだけど、

福岡県久留米市で、石ノ森章太郎と同じ年月日に生まれる。父親が陸軍で飛行機のテストパイロットをやっていた関係で、4歳から6歳まで兵庫県明石市の航空機メーカーの社宅に住んでいた。第二次世界大戦中は母親の実家がある愛媛県喜多郡新谷村(現在の大洲市新谷町)に疎開。このときアメリカ軍機動部隊の戦闘機や松山市へ空襲に向かうB29などの軍用機を多数目撃、この体験が後の作品に影響を与えたという。(後略)

終戦後は福岡県小倉市(現・北九州市)に移る。

1944~45年(6~7歳)のとき、母親の実家がある大洲市に疎開してるでしょ。

例の写真がいつ大洲市立博物館に寄贈されたかは分からないけど、1928(昭和3)年10月に大阪にあった三瀬諸淵(周三)の墓を大洲市(当時は大洲町)の大禅寺に移し、領徳碑を建てたりしているので、このときに写真も寄贈されたのではないかと思う(高子さんも生きていたし…)。

となると、曾祖父や祖父のDNAの記憶なんかじゃなくて、幼少の松本先生は彼女(と夫)の写真を見ているんじゃないのかな? そして、忘れてしまったけれど、意識下に記憶が残り、それがスターシャやメーテルを描かせたんじゃないのかね。そして、再び写真を見て、驚いた。そう考える方が、DNAの記憶なんかよりも、合理的なんだけど…。

2010.08.17 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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