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垂仁天皇陵は、近鉄尼ヶ辻駅の西側にある、前方後円墳である。


北西から撮影(あまりのデカさに近くからの撮影は困難w)

垂仁天皇は、活目入彦五十狭茅尊(いくめいりびこいさちのみこと)といい、おそらく実在した最古の大王である崇神天皇(御間城入彦五十瓊殖天皇 みまきいりびこいにえのすめらのみこと)の子どもとされている。名に「イリ」があるのが、この王朝(イリ=三輪王朝)の特徴である。


北西側から見た堀


田道間守(たじまもり)の墓とされる小島


東南から撮影


古墳の鳥居(南側)



田道間守は、垂仁天皇の命により、非時香菓(ときじくのかぐのこのみ)を求めて常世の国に渡った。10年かかって葉のついた枝と果実のついた枝を日本に持ち帰ったが、天皇はすでに亡くなっていた。半分を皇后に献上し、残りを陵に捧げ、悲しみのあまり泣き叫びながら亡くなったという。

正直、あまりのデカさに、これを造った人はバカだと思った。w 権力者は、生きているときに権力を振るうだけでなく、死んだ後も自分が権力者であった事実を知らしめたい、という欲望に取り憑かれた人なんだなと…。(爆)

2011.08.29 | お出かけ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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