FC2ブログ
内田せんせが本を書いたらしい。

『私家版・ユダヤ文化論』脱稿

この記事の前半で語られているのは、まるでオイラのことみたいだ。「性格の悪さ」、「猜疑心の強さ」、「自分の判断力を信用できない」なんて、まるでオイラのことだ。しかも、「たいへんに飽きっぽい人間」で、「いちばん飽きているのは(中略)私自身である」。そーなると、オイラが求めるのは、オイラが「これまでに使ったことのないことば」で、オイラの「脳裏にこれまで浮かんだことのない思念」、オイラが「これまで触れたことのないもの」といった一連の「ないものシリーズ」に集中するところまで…。オイラが探し求めているのは、「私の考え」ではなく、また「誰かの考え」でもない。「他者の思考」なのだ。「他者の思考」とは、まだその思考が誰によっても私的に占有されたことのない思考のことである。
いま、藤田修一さんの『現代文入門』を読んでいるんだけど、オイラのなかに住みついた他者がやたらと語るんで、正直、ウザイ。

  文章とは水が流れてゆくようなものである。一文一文が前の文の論理を受けながら、論理的に流れるように進展してゆく。だから読む際には、前文の論理と次の文の論理の関係を考えながら読めばよい。つまり、論理的に前後の関係を考えながらイイタイコトをおいかけてゆけばよいのである。(5ページ)

「でも~、アナグラムはこれじゃ読めないのよね~」。

「風景との対話」で東山魁夷がイイタイコトを藤田さんは、現実の故郷よりも、イメージとして一般化した観念的な故郷が風景を通して心によみがえってくるものであると捉えている(14ページ)。

「それって、“焼きそばパンが飛んでるビジュアル”みたいなものだよね~」。

  試みにほんのひととき、人の言うことなすことに心を使い、想像のうちで、行為している人々と一しょに行為し、感じている人々と一しょに感じるように試みて務めてみたまえ、つまり諸君の共感に最も広いひろがりを与えてみたまえ。あたかも魔法の杖で一ふり打たれてかのように、諸君は最も軽いものでも重くなり、そしてすべてのものに厳粛な色がつくのを見るであろう。(28ページ、ベルグソン「笑」)


「これって“他者の欲望”を生きてるってこと? もうすぐ8年になるよ~」。

ホントにうるさい他者だ。しかも、この他者は、つかまえようとすると、オイラの指をすりぬけて逃げ去ってしまう。だから、誰によっても私的に占有されたことのないことは確かなんだな。


ぜんぜん関係ないけど、大量印刷するんで、用紙を買いにDマートの家電売り場に行ったら、この他者がイパ~イいたんで驚いた。値段を見たんだけど、D-dockって高いんだね。あと、30cmくらいのコレがあったんだけど…、

          // .//
         /::://:::/
      .γ:::::::::::::::::::/___
       .|~ ̄ ̄~ヽ:::::::::::/
   ,べ__ i℃) ℃) .|::::/
  ( ミ◎.|人"∀""ノリ
  .|:::| ̄~  __.):::::(__リ
   |:::|   /::) ._ (:::リヽ、
   .|:::|/::;;(::V::::::ヽ/\::\
   人;;;/ .|:::::::::::::|  .>:::::)
        |::::::::::;;|__/:/
       /::;'::;;::≧(:/
      ./:::;'::::;;::::';::::';:\
      /::::;'::::::;;::::::';:::::';:::ヽ
     ゝ;;;'::::::::;;::::::::';:::::';:::ヽ
       "''i::::::;;:::::::';:::::';:::ヽ
        (:::::〈"''‐、';:::::';:::ヽ
         ||:::::`;  \::';::::`、
         .|:|::::::|   .\::::::i
         |::|::::|     \|
         .|::|:::|
        ._/:::|:::ヽ
       ∠;;/〉;;ノ

ちょっと欲しく思った。中学の同窓生が電気屋やってて、ソイツの店にありそうなんだよね。もらおうかな。w

2006.03.29 | Ayu(浜崎あゆみ) | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/428-8abb8372