fc2ブログ
 大阪市西区のマンションに3歳と1歳の幼児を閉じ込めて餓死させたとして、殺人罪に問われた母親の中村(旧姓・下村)早苗被告(25)について、最高裁第2小法廷(小貫芳信裁判長)は25日付で、被告の上告を棄却する決定を出した。懲役30年とした1、2審判決が確定する。

 1、2審判決によると、被告は10年6月9日、食事を与えなければ死亡する可能性が高いと認識しながら、長女の桜子(さくらこ)ちゃん(当時3歳)、長男の楓(かえで)ちゃん(同1歳)を、大阪市西区の自宅マンションから出られない状態にして立ち去り、同月下旬ごろまで放置して餓死させた。

 被告は殺意を否認したが、大阪地裁は、2児を養育できるのは被告だけで、立ち去ることが危険な行為だと認識しながら、生命を救う手立てを講じることなく放置したと殺意を認定。大阪高裁もこれを支持した。【石川淳一】

毎日新聞 2013年03月27日 20時17分(最終更新 03月27日 20時18分)

2児放置死:母親、懲役30年確定へ 最高裁上告棄却

「子どもを餓死させるなんて、許せない!」と激怒する人も多いと思う。しかし、過去のこの手の犯罪の判決での量刑の軽さを考えると、懲役30年は重すぎるんじゃね?と思ってしまう。
 神奈川県川崎市の自宅で、成城高校理科教師(42)と妻(32)が長女(5)をせっかん殺害した。おもらししたのを怒って何度も殴ってフロに沈め、硬脳膜下出血で死亡させたもの。3年前に養女にして、手足の爪を全部はがすなど、せっかんを繰り返していた。東大理学部卒。横浜地裁は懲役2年6ヶ月の判決。

昭和34年(1959).1.29〔高校教師が娘をせっかん死〕


 岩手県岩手郡の農家で、父親(32)が長男(3)と長女(1)を自宅に放置して玄関や窓の鍵を閉めて東京に行き二人とも餓死させ、11.29に舞い戻ったところを逮捕された。妻に逃げられて養育に困ったもの。最高裁で殺人罪懲役12年確定。

昭和42年(1967).11.21〔父親が実子二人を餓死させる〕


 千葉県市川市の自宅で、無職の母親(24)が、長男(2)と次男(生後五ヶ月)を放置して男友達と三日間遊び歩き、次男を餓死させ、死体をビニール袋に入れて押入に隠してその後も一週間遊び歩いていたが自首した。一ヶ月前に離婚していた。千葉地裁は、保護責任者遺棄致死と死体遺棄罪で懲役2年6ヶ月の判決。

昭和59年(1984).4.17〔母親が赤ちゃん放置して遊び歩き餓死させる〕

いずれも「少年犯罪データベース」に載っていた事件だ。ものすごい数の「親による虐待・子殺し」が載っているが、判決まで書いてあるのは少なく、上記の3件と下の7件くらいである。

昭和27年(1952).10.14〔父親と継母が幼女虐待〕→懲役2年6ヶ月
昭和29年(1954).9.1〔母親が赤ちゃん殺害して狂言誘拐〕→懲役3年、執行猶予4年
昭和30年(1955).2.17〔父親が妻子刺殺〕→懲役7年
昭和31年(1956).10.24〔父親が妻の不倫に怒って子供殺害〕→無期懲役求刑(一審)
昭和33年(1958).1.25〔継母が誘拐装い小2娘殺害〕→懲役12年
昭和34年(1959).2.9〔17歳ら2人による少女怪死事件〕→懲役3年(地裁は懲役3年、執行猶予4年)
昭和46年(1971).1.23〔25歳モデルが不倫の赤ちゃん殺して石膏詰め〕→懲役3年、執行猶予4年

だいたい懲役3年が多いよね。いちばん重くて無期懲役だが、これは求刑だし、4人殺して無期懲役はやはり軽い。ただし、これで確定したかどうかは分からない。

懲役30年も、人権重視でならいいけれど、世間が重罪を求めているからじゃ、クソ判決だな。

2013.03.27 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/4839-935b1f9f