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さっき、NHK「特報首都圏」で「いのちの被災地図 ~東京大空襲 69年の真実~」をやっていた。

NHK 特報首都圏 | 放送予定 【 毎週金曜日 午後7時30分放送 [総合テレビ 首都圏ローカル]】

約10万人の命を奪った東京大空襲。69年がたったことし、研究者グループの長年にわたる取り組みにより、ある一枚の地図が完成します。

あの日、人々がどのように逃げ、どこで力尽きたのか・・・。被災した人々の足取りを記録した地図です。最も犠牲者の多かった3月10日の空襲を始め、そのほかの時期の空襲も記録されました。

番組では、こうした新資料を読み解き、知られざる空襲の被害の実態を掘り起こすとともに、一般の市民も巻き添えにする戦争の悲惨さについてお伝えします。

出演者:早乙女勝元さん(作家)

ゲストの早乙女勝元さんといえば、『東京大空襲 ―昭和20年3月10日の記録』(岩波新書、1971年)の著者でもある。いま蔵書を調べたけど、なかったので、建て替えの引越しのとき、紛失してしまったようだ。


東京大空襲での死者の年齢を調べると、子ども(0~9歳、10~19歳)と、40代が多い。

まず、子どもだが、当時の人口ピラミッドだと、たしかに子どもが多いはず。でも、疎開していたのでは? じつは、疎開にもお金がかかるので、貧しくて疎開できなかった子どもがいたそうだ。あと、早乙女さんの話だと、大空襲があった3月10日は、土曜日で、休日(陸軍記念日)だった。翌日が日曜日で2連休なので、わざわざ疎開から戻って焼死した子どももいたらしい。

40代の死者多くは男性で、20代・30代が兵隊として召集されていたため、消防の任務を任されていた。当時、消防を担っていたのは、隣組(となりぐみ)で、食糧配給も行っていた。消防をしないと、食糧がもらえなかったので、半強制的に駆り出されて、焼死した人が多かったそうだ。


さて、いっしょに見ていた母親が、実家の隣に住んでいたYさん(故人)のイトコにあたるミヨコちゃんという乳児の話を始めた。

ミヨコちゃんは、両親と兄がいて、東京の下町に住んでいた。父は兵隊に取られ、東京大空襲のとき、母と兄が死に、近所の人に預けられていたミヨコちゃんだけが助かった。その後、実家の隣に連れて来られたが、粉ミルクが手に入らなかったので、栄養失調で死んだそうだ。

母は、先の大戦で死んだ親族がいないので、戦争犠牲者というと、顔が土気色になり、しなびた果実みたいになったミヨコちゃんだけなんだそうだ。


テレビに出て証言をしていた女性が、もっと知って欲しいと言っていた。しかし、オイラが最初に早乙女さんの本を読んだ30年前は、全国中学校長会がこの本を生徒が読むと好ましくない本に指定してたんだよね。親米右翼は、米軍の犯罪(逃げ惑う人々に機銃掃射とか、ガソリンをかけたって話が出てくるので)を国民にひろく知られたくなかったんだろうな。

いっしょに指定されていた日高六郎(著)『戦後思想を考える』(岩波新書、1980年)は、ちゃんと残ってるんだけどね。(爆)

2014.02.28 | ├ テレビと映画 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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