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「パッション」がらみで、キリスト教、とくにカトリックの儀式と、当時、地中海で広く行われていた犠牲儀式との関係について書いておこう。なお、その内容は下記の本にもとづいている。

谷泰(たに・ゆたか) 著『カトリックの文化誌~神・人間・自然をめぐって』日本放送出版協会、1997年
キリスト教が成立した紀元1世紀ころ、地中海世界では広く犠牲儀式が行われていた。この儀式を要約すると、(1)まえもっての犠牲獣への按手、(2)犠牲獣の殺害、(3)犠牲獣の血や肉を2つに配分し、聖界の神と俗界の参加者がその1つの犠牲獣の血や肉を媒介として接触したことを象徴する、血や肉の聖俗両方への司祭による配分、という3つの手続きからなっていた。こうすることによって、病魔、罪人の罪、掟を犯した者のけがれが、俗界から追い払われる。また、血を通じて、聖界の生命力が注ぎこまれ、祝福を受けることができる。

じつはカトリックのミサでもこれと同じことが行われている。

1.ミサのはじまりを告げる聖歌がうたわれる。司祭が祭壇の下で準備の祈りを唱えてから祭壇にあがり、祭壇に接吻して香炉を振る。信者は、聖水盤で十字を切って身を浄め、入場する。

2.神への礼拝と祈願を求める賛美歌が唱えられ、聖書の書簡や福音書が朗読される。信者が献物を神に捧げ(現在では司祭の側でそれを用意する)、司祭がパンとぶどう酒に撒香して浄め、聖体拝領のパンとぶどう酒のために準備する。
  (1)司祭は信者を代表してパンとぶどう酒に按手する。
  (2)司祭はキリストの身体の象徴であるパンを裂く。
  (3)司祭は、裂かれたパンをぶどう酒の入った銀の聖杯の中に浸す。そして、その一片を聖杯の中に残し、司祭がまずパンである聖体を拝領する。ついで、祭壇の前に歩み出ている信者の口の中にその一片一片を入れてゆく。
  すべての信者の聖体拝領が終ると、司祭は指を洗う。聖体拝領終了の祈りとともに儀礼は終る。

3.信者は神に感謝し、司祭は祭壇を去る前に祈り、信者に祝福を与える。信者は、教会を出るにあたって、聖水盤に指を浸し、ひざまずいて十字を切る。

ここには、前記の(1)まえもっての犠牲獣への按手、(2)犠牲獣の殺害、(3)犠牲獣の血や肉の聖俗両方への司祭による配分、という3つの手続きがある。神の子キリストの犠牲が他の犠牲と異なる点は、キリストの一回の犠牲で他のあらゆる犠牲が不要になる点である。しかし、この点を除けば、カトリックのミサは他の犠牲儀式と驚くほど似ているのである。

聖書にあるイエスの処刑は、キリストの死があらゆる罪人の罪のあがないとなる点で、贖罪の犠牲という性格をになっている。裏切り者、つまり罪ある者の象徴ユダは、キリストの血と肉を食べる最後の晩餐のまえと、キリストが刑場に連行され十字架上で殺されるまえの2度にわたってキリストに接触する。神の子が殺されるまえに罪人ユダによって接触される物語を、犠牲獣の死に先行する、罪人の按手に対比されるものと考え、犠牲儀式の形式と同型のパターンを実現しようとする工夫であった考えてもよいのではないだろうか。

2006.07.08 | | トラックバック(0) | コメント(0) |












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