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「不安奇異夜話ラジヲ変」2011年5月21日放送分で、雲谷斎さんが「泣ける怪談」というテーマで語った話

雲谷斎さんの不思議な話「タマ」

に「動物には“死”という概念はない!」「死ぬ前にネコが姿を消すのは、じっくり休める静かな場所を探すためだ!」とツッコミを入れ、ボロクソに叩かれた人がいました。→そこだけ聴きたい


まず、死を前にネコが姿を消す理由ですが、叩かれてる人が書いているとおりのようです。
Q.昔から「猫は死期が迫ると姿を消す」と言います。愛猫はまだ若くて元気ですが、死ぬときに目の前からいなくなるなんて、考えただけで哀しすぎます。これは迷信ではなく事実なのですか?

A.死ぬところを見られたくなくて姿を消すわけではなく、猫は具合が悪いときは、じっくり休める静かな場所を探すために移動するようです。

猫でも人でも体調がすぐれないときは、にぎやかなところにいるよりも、静かな場所で落ち着いて休みたいものです。ましてや、猫が野生で単独生活を送っていたときは、具合が悪くなったら、他の動物に襲われないように、静かな物陰に潜んで回復を待つしかありませんでした。人と暮らすようになってからも、静かな縁の下などに潜り込んでそのまま死んでしまうことがあったので、そう言われるようになったのでしょう。家の中でも、具合が悪いときは部屋の片隅やソファの下などに潜り込んでしまうこともあります。死ぬところを見られたくなくて、姿を消すわけではないようです。

「猫は死期が迫ると姿を消す」というのは本当?

他のサイトでも、ほぼ同じ答えです。

猫の嘘ホント『猫は死ぬ前に姿を消す』
「猫は死期を悟るといなくなる」って言うけど本当なの?

部活の帰りにネコが迎えに来る話が出てきますが、これも、日が落ちると鳥などを狩りに行く習性とか、聴力が異常に良いので飼い主の足音を聞き分けるとか(玄関まで迎えに来るのはコレが原因らしい)、ネコの習性で説明できちゃいそうです。


つぎに「動物には“死”という概念はない」ですが、丸山圭三郎さんはないって書いてますね。

    鳥は生を名づけない
    鳥はただ動いているだけだ
    鳥は死を名づけない
    鳥は動かなくなるだけだ

谷川俊太郎「鳥」



  ホモ・モルタリスは「死すべきヒト」と訳される。ヒトに限らず、生きとし生けるものは死に、ありとしあらゆるものは亡びる。しかし、これを自覚し、怯え、かつ陶酔する動物はヒトだけであろう。人間の死とは〈死の意識〉にほかならない。

丸山圭三郎・著『ホモ・モルタリス』

丸山さんは、生や死を名づけない動物たちを人間より劣った存在だと言っているわけではなく、生や死を名づける人間が自然から隔絶された存在になってしまったと言っているわけです。世界を身体で分節(身分け)する動物と、言語で分節(言分け)する人間とは、根本的に異なってしまったというわけです。

ペットは、野生動物とは異なり、身分け=本能が壊れてしまったとも言えそうです。たとえば、ペットは人間を恐れません。イヌやネコが人間に慣れているのはアタリマエだと思いがちですが、もともとはオオカミとヤマネコなのです。人間と共生できるように馴化(慣ら)された動物が家畜とペットなのです。しかし、いくら慣らされても、言語を使えるわけではないので、人間と同じような〈死の意識〉をもっているとは思えません。人類も、ネアンデルタール人くらいまで進化しないと、仲間の死を悼むような〈死の意識〉はもてなかったのですから。


家畜は、乳を搾られたり、卵を産まされたり、肉を食べられたり、皮を剥がされたりして、人間に利用されています。ペットも同じじゃないかと…。イヌやネコは、最初は、侵入者を知らせたり、狩りで獲物のいる場所を教えたり、大切な食糧や書物をネズミの被害から守ったりするために、飼われていました。現代では、もっぱら愛玩用、つまり人間に愛されることで生かされています。人間に愛されなくなったら、捨てられたり、殺処分されたりします。

「俺はそんなことはしない!」って飼い主は言うでしょう。でも、日本国内で2011年度に、イヌは約4.4万頭、ネコは約13.1万頭も殺処分されてます(1974年度と比べると、イヌは26分の1に減少、ネコは2倍に増加)。人間に自らの生命を預けているのは事実です。

「動物には“死”という概念はない!」ってツッコミを入れる人を叩くより、こーゆー現実に怒って欲しいって感じですねえ。

2014.10.24 | 心霊 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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