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精神分析について調べていたら、おもしろいサイトを見つけた。

私家版・精神医学用語辞典

管理人はどんな人かといえば、

ま、簡単に言えば精神医学と、SF中心の読書と、映画と、黄色い救急車と、あといろいろについてのページです。メインコンテンツは日記。ページ製作者の名前は風野春樹。1969年生まれ東京在住の精神科医。以後よろしく。

…とあるように、ちゃんとした精神科医の人です。しかも、

精神分析 psychoanalysis
精神分析 その2 psychoanalysis

にあるように、精神分析を疑似科学だと思って、嫌っている。w

で、ここでのオススメがコレ!

押しかけ厨 Oshikake-Chu

こんな人たちがいるだなんて知らなかったよ。w

ちなみに「押しかけ厨」とは、「同人イベント前日などに、友人でもない人(同人女性が多い)の家に突然押しかけ(メールなどで事前予告がある場合も多い)、拒絶されると突然豹変して暴れ出し、ときとして警察沙汰にまで発展する、という人々(女性が多い)のこと」だそうだ。
で、なぜ、このような人たちは、そのようなことをするのか、なんだけど…。笑えるのは、ここの管理人さん、精神分析はウソくさいと言いながら、精神分析をつかって説明しているところ。「押しかけ厨」とは…。

  要するに社会的常識の欠如と自己中心性が彼らの大きな特徴である。フロイトっぽい言い方をすれば、超自我の形成不全と自己愛段階での固着、ということになりますか。これまでも多くの人に指摘されてきたとおり、それは「自己愛」の問題なのだ。

     (中略)

  自己愛段階の幼児にとって、価値判断はといえば快か不快か。快なものは自分に属していて、不快なものは自分以外、そして自分以外のもの=敵。赤ん坊にとって、お母さんのおっぱいが自分のものなのと同じですね。彼らにとっては「自分に快を与えるものは自分のもの」なわけだ。もうこれは無敵ですよ。だって、好きなものは全部自分に属することになるわけだから。彼らの誇大的な全能感はここから来てます。すなわち、彼らにとって、自分に快を与えてくれた同人誌の書き手=自分のもの、ということになる。

  相手は自己の延長だから、別にその人のものを自分のものにしたって当然だし、夜中にも泊めてくれて当然。断られることなんて想像の外。怒るなんてどうかしている、ということになるわけだ。これが、彼らが宿泊を求め、モノを盗む理由だろう。

  例えば、彼らのこうした台詞。
「あたしの方が(○○というキャラを)愛してるのに、そっちが持ってるのはおかしい」
「私が一緒に住むというのがどうして迷惑なの? Aさんの考えてることの方が分からない。私と住めるのよ、喜んでくれて当然でしょ?」


  自分はこんなに愛しているのだから、それに答えてくれないのはおかしい、という発想ですね。自分が愛しているからといって、相手が愛し返してくれるとはかぎらない、というのが成熟した大人の発想なのだけれど、自己愛段階の幼児はそうは思わない。自分が愛しているものは自分のものなのだ。

  そして対象者があくまで拒絶すると、それは自己の延長じゃなくなる。
「失礼なのはAさんの方。私に対してあんな態度をとって。信じられない。あなたは自分の立場をよく分かってないんでしょう?」

  さっきまで快を与えてくれていたことなんて関係ない。自分の思い通りにはならないもの、自己に属しないものはすなわち彼らにとっては憎むべき敵なわけだ。

スゲー論理。ところで、すごく気になったのが、つぎの部分。

  この自己愛者の他者への執着を、精神分析っぽい用語でいうと「他者への自己愛的リビドーの投入」ってことになる。フロイトは、こうした執着を、健全な対象愛とは区別して「ほれこみ」Verliebtheitと呼んだ。

 「ほれこみ」ってのはつまり、他者を自己愛の対象にすること。まず、(1)相手を過大評価・理想化して、(2)次にその相手を自分がこうありたいと思っている理想自我と同一視し、(3)自己愛的なリビドーを大量投入する、これが「ほれこみ」である。つまり、「ほれこみ」の対象は理想自我の代役であって、対象自身を愛しているわけでは全然ないのだ。

ってところ。なんかある人たちと共通しているような気が…。

ある人たちっていうのは、某ファンサイトでいろいろと危機を煽るあの人たちのこと…。オマエらが愛しているのは、“あゆ”ではなくて、“あゆ”を愛してやまないオマエら自身なんだろって思ってたんだよね。

彼らの一部がCDの売上を異常に気にして、思ったほど売れなかった場合、異常に騒ぐのは、あゆと自分を同一視していて、自己愛の対象である“あゆ”のCDが売れない=自分が傷つけられている、と感じるからなんじゃないの。たぶん、バーニング系メディアうんぬんの人たちも同じ論理だと思われ…。

オイラ、アンチの一部にもそーゆー香具師がいるんじゃないかと思っている。さっきまで快を与えてくれていた“あゆ”が、自分の思い通りにはならない。そーなると、自己に属しない“あゆ”は、彼らにとっては憎むべき敵なわけだ。そうなりゃ、「押しかけ厨」の連中が暴れるように、暴れるでしょうね。ネットで…。

マサを叩いてる連中はもっと屈折していて、自分の思い通りにならない“あゆ”。でも、“あゆ”を憎むことはできない。だから、「君側の奸」を憎む。でも、彼らの憎悪の対象は、リアルに「君側」にいる“マグ”(一部情報によると、マグはすでに君側にはいないらしいが)とか、“番長”とかじゃなくて、“あゆ”が絶対的に信頼している(と思われている)マサなんだよね。

さて、これまで「押しかけ厨」と自己愛について長々と書き連ねてきたのだけれど、そういうお前はどうなんだ、お前は成熟した自己愛とやらがちゃんと発達しているのか、と聞かれれば、うーん、自信ないなあ、と答えるほかない。

オイラも人のこと言えないか。w

2006.07.26 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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