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本日(2/7)の「真田丸」は第5回「窮地」ということで、本能寺の変で翻弄される真田家&家康という話だった。

本能寺の変。安土城下の信繁(堺雅人)は京に向かうが、その隙に松(木村佳乃)を混乱した兵たちに奪われてしまう。一方、徳川家康(内野聖陽)と本多忠勝(藤岡弘、)は明智の軍勢から逃れるため、険しい伊賀山中を抜けての脱出を決断。野盗の群れが次々と襲うが、そのときある人物が現れる…。信州で事件を知った昌幸(草刈正雄)は激しく動揺する。再び主を失った真田家を守るため、越後の上杉景勝(遠藤憲一)を頼ろうとするが…。

第5回「窮地」

「真田丸」を見てて思うこと、それは戦国時代には「どこでもドア」が存在したらしいということだ。w

家康の「伊賀越え」って、6/2未明に本能寺の変が起き、6/4には岡崎に帰り着いているから、200km以上の道のりを3日もかからず、移動したことになる。豊臣秀吉の「中国大返し」だって200kmを7日かかっているわけだから(武装していたから?)、それ以上のスピードで移動したわけだ。徒歩じゃムリだろ。


さらに不可解なのが、本能寺の変の情報が、京都から45kmの安土(旧中山道の武佐宿で代替)にいる信繁よりも先に、360kmの信濃(同じく塩名田宿で代替)にいる昌幸の元に届いたこと。忍びをつかったってムリでしょ。

で、滝川一益に呼び出されて、昌幸が厩橋(前橋)まで行ったけど、一益は信長の死を知らなかったみたい(忍者出身説もあるのにw)。こっちの方がフツーだよな。


信繁が、安土から京都に向かう途中、安土に向かう明智勢とすれ違ったり、京都で焼けた本能寺を見たりしてたけど、あれはムリなんだよね。なぜなら、瀬田橋を守っていた瀬田城主・山岡景隆が、光秀から味方するように誘われたが、それを拒否して橋を落とし、甲賀に逃げてしまったから。橋の復旧は6/4までかかり、この間、光秀は坂本城に3日間足止めされ、安土入城は6/5になってしまった。

だから、陸路で、信繁が京都に入るのも不可能だし、逆に明智勢が安土に行くこともできなかった。この間に、安土の留守を預かっていた蒲生賢秀(氏郷の父)が、信長の家族を連れて、日野城に立てこもった。人質をどうしたかは『信長公記』には書いてないけど、安土城を焼いて財宝を奪うのを拒否したくらいマジメな人だから、捨てていったとは思えない。

なんか信繁が、姉だけでなく、他の人質たちも救出をしたかのように描かれていたけど、アレって、主人公による“手柄横取り”だよね。山崎豊子の小説で、主人公を目立たせるために、他人の功績も主人公の功績にしてしまう、アレね。w

ここで蒲生氏郷と協力して人質救出に当るって方が、ドラマとしてステキだし、史実と矛盾しない。まあ、「過剰な人間関係」が嫌いなオイラは、信繁が安土まで行ってること自体がアレだと思ってるんだけどね。w

2016.02.08 | ├ 歴史ネタ | トラックバック(0) | コメント(2) |

時系列が???と思って観てたけど、
やっぱりおかしかったんですね(´・ω・`)
あんな、あっけない最期の信長は初めて観ました。
いつも見せ場の一つなのに。

2016.02.08 21:41 URL | cha-cha #- [ 編集 ]

時系列が変というより、時空を超えた情報伝達とか、通れないはずなのに通ってしまうとか、「どこでもドア」の存在が感じられるような話でした。

和泉元彌さんのダブルブッキング問題が話題になったとき、“あの”お母様が、「どうして同時に2つの仕事ができるんだ」と詰問され、「和泉元彌は時空を超えた存在」って答えてたのを思い出しました。w

あの信長は、あっけないというより、老けすぎてましたね。吉田鋼太郎さんって、57歳でオイラとそんなに違わない年齢なのに、どうしてあんなにジジイなんでしょうか? 昔の人は今の人より老けて見えるはずなのに、どうしても49歳の信長に見えない。w

2016.02.08 22:44 URL | 王子のきつね #NVCdQGYY [ 編集 ]












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