《山岳事故→自己責任、少年事件→重罰化しろ、自分と違う意見→バカ、氏ね》これらも省エネ化のせいかね。w

 今日、何度「まじ」と言っただろうか。「なるほど」と相づちを打っただろうか。食べ物の感動を「おいしい」と表現しただろうか。

 効率化重視の世の中だ。これに伴って、言葉も「省エネ化」していることを懸念しているのが、『声に出して読みたい日本語』で有名な教育学者・齋藤 孝氏の著書『語彙力こそが教養である(角川新書)』(齋藤 孝/KADOKAWA)だ。

 本書では、省エネ化された言葉がいくつか挙げられている。ポジティブな場面でもネガティブな場面も使える「やばい」、感嘆詞にも強調にも使える「まじ」、本気とも冗談ともつかない「うざい」、小さいものも愛らしいものもひっくるめた「かわいい」。いずれも複数の事柄をひとつの言葉で表現できる便利な例だが、これらに頼りっぱなしになると「ボキャ貧」、つまり「語彙力がない」「言葉を知らない人」という烙印を押される。

     (中略)

 本書によると、「言葉を知らない人」と烙印を押されることで、想像以上の代償を支払っている。「語彙力がある」人は、単に持っている言葉の総量が多いだけではない。本はもちろん、テレビやインターネット、映画ほか、さまざまなメディアや媒体に通じている傾向がある。好奇心が強く、教養が高い。対して、「語彙力がない」人は、「知性が乏しい」と評される。自分が気づかないところで、高度な内容の会話から外されている恐れがある、というのだ。

     (中略)

 著者は、語彙力が知的好奇心に比例することを、繰り返し述べている。教養高い人間になるのは果てない道のりだが、だからこそさまざまな情報に触れつつ、語彙力が豊かになる楽しさを味わいながら自分の世界を広げていってほしい、と締めくくっている。

「まじ」「やばい」「なるほど」を多用する…語彙力不足の代償とは

やっぱり、バカ、氏ね!は知性が乏しいようだな。w


この子たちが中学3年生のころから知っているが、こんなことしてても





知性が乏しいと思ったことはないんだな。w


ところで、「知能指数」って《精神年齢÷実年齢×100》で求めるらしいのだが、ものすごく知能指数低いだろってヤツも何人か知っている。w

2016.02.12 | 日記らしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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