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「99.9 -刑事専門弁護士-」というドラマを見た。ドラマ自体はけっこうオモシロかったけど、「0.1%に“事実”が隠されてる事もある」という松潤の台詞をめぐって、mixでミニ論争があった。ここは“真実”でないとダメなんじゃないのか?と…。

「事実」と「真実」の分節が問題で、

   ・事実…現実に起こり、または存在する事柄。
   ・真実…嘘偽りのないこと。そのさま。

と分節する。

「ほんとうのこと」という意味では同じだが、「事実」は価値や意味を排除し、「真実」はそれをともなう。「事実」は、現実的・実在的なものとして想像・幻覚・可能性などに対し、また経験的に与えられている現象として理想・当為・価値に対する。これに対して、「真実」は、“まこと”の事実なので、理想・当為・価値が入り込んでいるのだ。

「真実はいつもひとつ! たったひとつの真実見抜く、見かけはアイドル、頭脳は大人、その名は名探偵まどか!」←あれっ、なんかちがうな。w 見抜くべき価値や意味のある「事実」なので「真実」がふさわしい。

「相棒」の杉下右京の台詞「我々がすべき事は“真実”の探求…」。←「すべき」と当為であることが明示されているので、「真実」がふさわしい。

「事実はひとつ。真実はひとの数だけある」。←現実に起きたこと=事実は一つだが、そのことに人が抱く意味や価値=真実はその人の数だけあるので、この言説も正しい。

さて、問題の台詞なんだけど、隠された「事実」は、捜し出すだけの価値と意味がある!と松潤演じる弁護士は考えている。だから、それを捜し出そうと試行錯誤を繰り返し、榮倉奈々や、大和田常務じゃなくて香川照之を巻き込んでいく。だから、ここは「真実」でないとダメでしょう。

ウィトゲンシュタインは、言葉について「意味を考えるな。使用を見よ」と言ったそうだ。言葉は、社会的なものなので、社会の規則に従って用いられる。個人の言葉の使用(パロール)は、社会の言葉の規則(ラング)に従わないと、意味の了解ができなくなる。だから、「私的言語」は存在しえない。

この台詞、「私的言語」の臭いがする。w

2016.04.19 | ├ TVネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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