IV. 資本主義の修正


1.恐慌と政府の経済介入


(1)世界恐慌


  1929年10月、アメリカのニューヨーク、ウォール街の株式取引所の株価大暴落から始まった世界恐慌は、史上空前の経済混乱を各国に及ぼした。とりわけ、繁栄を誇っていたアメリカ経済は、大不況のどん底に落ちこんだ。物価は暴落して企業の倒産が続出し、失業率は25%、失業者は1,400万人にものぼり、国民所得も半分に減った。

(2)ニューディール政策


  1933年に就任したF.ローズヴェルト大統領は、思いきった不況回復策を実施し、ニューディール政策とよばれた。これは、それまでの自由放任主義とは異なり、政府が大規模な公共事業をおこして失業者の救済をはかったり、生産調整によって消費とのバランスをとることで農産物の価格水準の回復をはかるなど、政府が積極的に経済に介入した。

  (1)全国産業復興法(NIRA)…1933年、産業組合による生産の制限で価格水準の回復をはかり、失業救済事業を行った。1935年、違憲の判決をうけ、無効となった。

  (2)農業調整法(AAA)…1933年、農産物の作付制限と政府補償金の支払いによって、農産物価格の回復をはかった。

  (3)テネシー川流域開発公社(TVA)…1933年、テネシー川流域の総合開発などの大規模な公共事業を行い、失業者の吸収と有効需要の増加をはかった。

  (4)ワグナー法…1935年に制定された「全国労働関係法」の通称。上院議員ワグナーが提案し、労働者の団結権、労使交渉の対等性を保障した。

  (5)社会保障法…1935年に制定。社会保険、公的扶助、社会福祉の3つを骨格とし、管轄機関として社会保障局が設置された。


2.資本主義の修正


(1)修正資本主義


  ニューディール政策は、アダム=スミス以来の伝統的な自由放任政策からの大きな転換を意味した。つまり、民間の自由な活動だけでなく、政府の経済介入によって資本主義を維持しようとするもので、こうした変化を修正資本主義ともよぶ。

(2)混合経済


  第二次大戦後、先進資本主義各国はいずれも政府による経済への介入を強め、景気の安定化や完全雇用の維持、所得の平等化や福祉国家の実現をはかるようになった。また、重要な産業分野については、民間企業とならんで公社や公団などの公共部門を拡大し、いわゆる混合経済が成立するようになった。これは、現代資本主義の一つの大きな特徴である。


3.ケインズ革命


  イギリスのケインズは、『雇用、利子および貨幣の一般理論』で、第一次世界大戦後の不況と失業をみて、従来の経済学が失業のない状態を前提としていることを批判した。そして、伝統的な自由放任主義から転換することを主張し、政府が積極的に経済に介入して、景気の回復や完全雇用を実現するよう説いた(ケインズ革命)。

  有効需要とは、購買力をともなった需要のことで、投資と消費からなる。ケインズによれば、経済発展につれて所得は増えるが、貯蓄性向(所得のうち貯蓄にまわる割合)が高まって消費性向(所得のうち消費にまわる割合)は下がる。したがって、生産の拡大ほどには消費は伸びず、生産と消費のギャップが生じて不況が発生する。そこで、低金利政策によって民間の投資を促進したり、公共事業で消費を拡大するなど、国家の手によって有効需要を作り出していく必要があるとした(有効需要創出政策)。


4.新自由主義の台頭


  1970年代に入り、ドル=ショック(ニクソン=ショック)と2つの石油危機(オイル=ショック)が起こった。資本主義経済は、不況とインフレーション(物価上昇、インフレ)が同時に起こるスタグフレーションに苦しんだ。しかし、ケインズの裁量的財政政策は、インフレを助長し、財政赤字を増大させた。

  アメリカのフリードマンは、政府は経済成長率に合わせて通貨供給量を増減させる以外は、市場経済に介入すべきではないと主張した。これをマネタリズムという。

  イギリスのサッチャー政権とアメリカのレーガン政権は、規制緩和による経済の自由化を進め、小さな政府をめざした。これを新自由主義という。しかし、経済格差が拡大し、アメリカでは財政赤字と貿易赤字の「双子の赤字」を増大させてしまった。このため、1990年代になると、アメリカのクリントン政権は、まず財政出動による経済再建を行い、つづいて増税による財政再建に成功した。

2016.05.04 | ├経済の基本 | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/7084-9594bfa7