V. 社会主義経済の変容


1.ソ連経済の矛盾


  1928年以降、ソ連では、土地や重要産業は国有化され、数回にわたる5か年計画が実施された。電化と鉄鋼生産を重視して重工業を中心に急速な経済成長を遂げた。

  第二次世界大戦後の東西冷戦の時代には、軍需産業に重点が置かれ、国民の生活と直結する軽工業は軽視されてきた。そのため、国民の不満も生じ、企業の運営面でもノルマの達成だけを考え、自発的に効率をあげる試みは放棄され、労働者の勤労意欲も低下した。また、生活水準の向上による消費の多様化に計画経済による生産が対応できず、資源の適正な配分に失敗するなどの欠陥が表面化してきた。

  このような欠陥に対して、企業ごとの独立採算制を導入したり、ノルマ以上の成果をあげた企業・労働者に報奨を与えて、労働意欲を高めて経済効率の向上をはかる利潤導入(リーベルマン)方式(リーベルマンは考案した経済学者)の新経済政策がとられたが、効果はみられなかった。


2.ソ連の解体と経済改革


  1985年に登場したゴルバチョフは、市場メカニズムを取り入れることで経済の再建をめざすペレストロイカをすすめた。しかし、経済・政治のいきづまりから、1991年にソ連は解体した。ロシア連邦をはじめとして、旧ソ連から独立した15の共和国は、資本主義経済を採用することになった。

  ロシアでは、1991年の憲法改正により私有財産制が認められ、国営企業を株式会社に改編することも徐々に進められ、証券取引所も開設された。そして、各企業は、原材料の入手、製品の販売先の選定や価格の形成も、市場原理にしたがうことになった。

  しかし、資本調達のための市場は整備されておらず、外国資本の導入が遅滞しており、企業に資金を供給するための銀行は多数設立されたものの、その原資はもっぱら中央銀行の無制限な融資に頼っているため、激しいインフレが起こるなどの混乱が生じた。1998年には通貨ルーブルが暴落するルーブル危機に直面した。

  2000年代に入ると、中国・インド・ブラジルなど発展途上国が経済成長し、エネルギー需要が高まった。ロシアは、産油国であり、石油価格の高騰を背景に、経済を回復させ、さらに成長へと変化した。

2016.05.04 | ├経済の基本 | トラックバック(0) | コメント(0) |












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