おときた駿都議は、このように予測しているようです。

舛添知事が描いているのは「都議会解散後、みずから辞職」による都議選・都知事選のダブル選挙では?

オイラも、舛添都知事が都議会を解散するのではと思っております。

理由は、不信任を突きつけられて、議会を解散をした知事はいないので(不信任→失職→再選したのは、やっしー=田中康夫w)、あとは歴史に名を残すために、解散をするんでしょう。

悪名でも歴史に名を残したいって『銀河英雄伝説』か?w


舛添氏が東大教養学部を辞めたときの事情は、名誉教授のKさんから伺っており、同僚や教え子にめちゃくちゃ迷惑をかけたそうです。しかし、それでも平気だったので、今回もなるべく多くの人に迷惑をかけて辞めると思います。

大学には、「大学の自治」ということで、委員会が設置され、ある程度の地位にある人は役職に就かないといけません。しかし、舛添氏は、助教授でありながら、役職に就くとテレビに出られなくなるので、渋っていたそうです。しかし、そういうワガママも大概にしろ!と強く要請したら、突然、大学を辞めてしまいました。

しかも、自分のゼミの学生を放置し、後任も決まらないうちに辞めたので、残された同僚や教え子はえらく迷惑を被ったのです。まず、舛添氏の辞職を教授会に諮らなければならないので、夏休み返上の教授会が開かれました。ゼミ生の中には論文提出が迫っている学生や院生もおり、その人たちの「引き取り手」を捜さなければならず、舛添氏の恩師であるS名誉教授の教え子たちで引き取ったそうです。そして、舛添氏の行為を、彼ら全員で学部の全教員に謝罪したそうです。

そもそも舛添氏が東大で職に就けたのは、S名誉教授が「寵愛」していたからで、がん闘病中の恩師の顔に泥を塗ることになりました。S名誉教授は、昨年秋に長寿を全うしたので、現在の舛添氏の醜態を見ることはなかったようです。

舛添氏は、自分勝手な理由で辞めたのに、「大学は研究を続けるのに相応しくない」とマスコミに語っていた人なので、恩師が亡くなっても平気だったのではないでしょうか。


オイラ的には、舛添氏を最初にテレビに出した田原総一朗氏がいちばんの元兇だと思うんですけどね。テレビで舛添氏を批判してたけど、オマエがいちばん悪いだろ!と…。



舛添、知事辞めたってよ。

ええっ…。w

2016.06.15 | ├ 政治ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












管理者にだけ表示

トラックバックURL↓
http://kitsunekonkon.blog38.fc2.com/tb.php/7172-ccc1078f