天皇が生前退位を希望している報道について、「楽なログ」にこんな記事が載った。

 ところが、戦後まもなくのころ、日本が新しく出直すという転換の意味で生前退位すると良いとの意見は出ていたのだ。天皇が退位して皇太子に譲れば、新憲法と若い天皇というのがよく合うということだ。

 また、それとは別に、心機一転するということで代替わりしたらよいという主張もあり、のちに総理になる中曽根康弘もその意見だったらしい。


 これは実現しなかったが、この論議があったとき、皇族の中で本音をズバズバ言うことで注目されてきたあの「髭の殿下」が、「天皇が退位できるようにしたら、みんな辞めてしまう」と指摘した。

天皇が退位できたらみな辞める

「髭の殿下」こと、三笠宮寛仁親王は、昭和21(1946)年生まれなので、このような論議に参加できないだろう。昭和天皇に退位を求めたのは、パパの三笠宮崇仁親王である。

終戦と「昭和天皇退位工作」(3ページ目)

崇仁親王といえば、1915年生まれなので、100歳である。3人の子息もすでに亡くなっており(2人の娘は生きている。女性は強いw)、この方が皇位を継いでいたら、もっと早く生前退位の議論が起きただろう。

崇仁親王は、古代オリエントの研究家としても有名であり、左翼の歴史学者とも仲がよかった。そのため、右翼から「皇族を辞めろ」と圧力がかかり、その手の研究会にも出られなくなったらしい。ちなみに、昭和天皇に退位を求めたのは、左翼だったからではなく、退位論を唱えていた近衛文麿と親しかった兄・高松宮宣仁親王の意を受けてのことらしい(上記記事)。

髭の殿下の発言は、麻生太郎元首相の妹・信子親王妃との結婚を望んだとき、反対意見が多く(相手が高校生だったので)、皇族を辞めたいと発言していた。その際のものではないのだろうか。

2016.07.18 | 時事ネタらしきもの | トラックバック(0) | コメント(0) |












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