マツコ・デラックスが過去に一瞬でも小池百合子を評価したことに後悔しているという「リテラ」の記事。w

 コラムではまず「政界渡り鳥」の異名をもち、次から次へと権力をもつ男に擦り寄っては離れていった彼女の政治人生を揶揄する。

〈ここに来て、小泉純一郎の悪行に従順な国民が気付いてしまったんで、とんと話題に上る機会も減ってしまったけど、小池百合子なんて、まさに男どもにひらひらと飛び移っているタイプじゃない。

 当時日本新党の細川護煕、民主党(当時新進党)の小沢一郎、そして、自民党の小泉純一郎と、よくもまあこれだけ三者三様な男どもに合わせて来られたと感心する〉


 そしてマツコは、小池百合子が隠そうともしない「権力欲」を皮肉るのだが、一方で、女性が独力でのし上がっていくことが難しい状況であることを理解し、だったら、男たちを利用して成り上がってやるという選択を認める発言もしていた。

〈まず第一に、彼女は権力志向よね。きっと、日本初の女性首相になることを望んでるんでしょうが、そのチャンスが訪れるであろうその日まで、それが彼女の本意か不本意かは別にして、いわゆる男どものホステスをすることが最終目的に繋がるのであれば、そのしたたかさは間違いではないわ〉

 そのうえで、マツコがひとつの手本として持ち出したのが、マドンナだった。

〈アタシはそんな時、必ずマドンナの顔が浮かぶんだけど、男性のセックスシンボルだった彼女が、男性の為のセックスではなく、自分自身の為のセックスであることを表現し、結果として、女性の権利、女性の自由を表現したのは、部外者であるオカマのアタシでも身震いしたほどよ〉

 マドンナが下積み時代、ポルノまがいの映画に出演したり、ヌードモデルなどの仕事までして名前を売ろうと躍起になっていたのは有名な話だ。ただ、それは、男たちの下衆な欲望を自分の成功のための踏み台に利用しただけだった。そしてスターダムにのし上がるとマドンナは、一転して「強い女性」「自立した女性」のイメージを世界中に広め、マツコの言う通り世界を変えた。

     (中略)

 当時のマツコは、小池百合子の「政界渡り鳥」っぷりには微妙なものを感じながらも、それは単なる「ステップ」であり、いずれマドンナのような存在になってくれればそれでいい。そう思っていた部分もあったのかもしれない。前述のコラムは半分留保しつつもこのように締めくくられている。

〈小池百合子がそうだとは言わないけど、きっと日本にも、そんなしたたかな、しなやかな女性が、女性政治家が現れてくれるんじゃないかって、そう信じて見続けてみるわ……〉

 しかし、その小池百合子が都知事という権力を手に入れた今、マツコは冷たく共演拒否を言い放った。

 その理由はおそらく、小池百合子の方向性がマドンナのそれとは180度真逆のものであることがわかったからだろう。小池にとっては、地位や権力を手に入れることだけが最終目的であり、女性の自由や人権なんてつゆほども考えていない。むしろ、本サイトで度々指摘している通り、権力奪取のためには、改憲や核武装を叫び、在特会のようなヘイト勢力と平気でつるむただの「保守オヤジ」でしかない。そのことを完全に理解したのではないか。

マツコ・デラックスが小池百合子に共演NG宣言した理由…7年前のコラムで小池のことを「権力志向のホステス」

保守オヤジは、差別主義者で、権力を握れば、性的少数者なんてあっという間に踏み躙られる。それがわかっているから、小池を嫌ってるんだろうな。

しかし、マツコといったら、やっぱりコレでしょ。w

2016.08.05 | ├ 政治ネタ | トラックバック(0) | コメント(0) |












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